第61話 常識という名の悪意
瀬凪さんの両親である教仁さんや陽子さんとの会話が弾み過ぎて、晩ご飯を摂る時まで続いた。
料理には時間があったのに「お客さんに作らせる訳にはいかないわ」と陽子さんに断られたからでもある。
そして一番風呂をいただき、瀬凪さんの番になったので教仁さんと陽子さんへと話を切り出す。
「あの、聞きたい事があるんですけど……」
「瀬凪が誤魔化した事だろう?」
「はい。何というか、瀬凪さんは多分話してくれないだろうなって思ったんです」
私に瀬凪さんの過去を知る権利は無いのだろうか。
付き合った今でも、心の中では頼りないと思っているのだろうか。
そんな不安が顔に出ていたのか、教仁さんが柔らかく笑んだ。
「儂もそう思うが、それは乃愛さんのせいじゃない。そんなに気に病むな」
「だったら、何で……」
「あの子、話すのが恥ずかしくて言いたくないだけなのよ。私達にとっては嬉しい事なんだけどねぇ」
「嬉しい事、なんですか?」
どうやら、水樹家の人達にとって苦しい事じゃないらしい。
しかも瀬凪さんは単に恥ずかしかっただけとなれば、興味の芽が出てしまう。
「その、迷惑じゃなければ――」
「構わんよ。後で瀬凪を
「ありがとうございます!」
陽子さんは初めから優しそうな人だと思ったが、教仁さんは気難しい人だと思った。しかしその印象はとっくに変わっている。
むしろとても話しやすく、私に名前呼びを求めてくれた。
教仁さんが悪い笑顔を見せてくれたのもあって、その気安さに水樹家の一員になれた気がして頬が緩む。
「儂らの外見から察せるかもしれんが、儂らは子供が出来難い体質だった。瀬凪が生まれてくれたのも相当遅かったのだ」
「はい。瀬凪さんからも聞いてます」
懐かしむような、慈しむような笑みから、瀬凪さんがどれだけ大切に育てられたか分かる。
生まれてきたではなく、生まれてくれたと教仁さんが口にした事からもそれは明らかだ。
「そうか。……それで、だ。子供とはある意味残酷なものでな。瀬凪が小学生の時に、儂らが年寄りな事を馬鹿にされたんだそうだ」
「今でも思い出すわ。授業参観の時に、変な目で見られたわねぇ」
「そんなのおかしいです! 瀬凪さんも教仁さんも、陽子さんだって、誰も悪くないじゃないですか!!」
ただ周りよりも親子の年齢が離れているだけ。なのに、瀬凪さんのクラスメイトは二人を変なものとして扱った。
それが私の瞳と同じく、周りと違っているというだけで行われた事に、思わず怒鳴ってしまった。
なのに、二人は嬉しそうに、誇らしげに笑う。
「瀬凪もそう言ってくれたよ。『父さんと母さんを馬鹿にする奴らとなんか、仲良くするもんか!』ともな。そのせいで、瀬凪は虐められた」
「じゃあ、瀬凪さんって――」
「ずっと一人ぼっちだったの。中学校も高校もね。ここは田舎だから学校の数が少なくて、進学しても同じ人と会ってしまうのよ」
「もしかして、瀬凪さんは高校までずっと虐められたりしたんですか?」
「流石に虐めは小学生くらいまでだったよ。まあ虐めが無くなった後も、瀬凪はこの件に関わった人を絶対に許さなかったがな」
「だから流石に大学くらいは楽しく過ごして欲しいと思って。遠くに行かせたの」
自分達を大切に想ってくれる息子が、大学生活の為に家から出るのだ。
二人共、内心では辛かっただろう。それでも、二人は私の目の前で満足気に笑っている。
家族の温かさに頬を緩めていると、教仁さんが何故か不満そうな顔になった。
「だというのに、瀬凪は見栄を張って色々と儂らに黙っていた。子供の頃のように、心配を掛けたくなかったのは分かるが……」
「小学生の頃からの抱え込み癖は今も治ってないのよねぇ……」
「あー、確かに。瀬凪さんってそういう所ありますよね」
最近はそうでもないが、会ったばかりの頃は本当の気持ちを隠していた。
元恋人に振られて辛かった事。親しい人が離れて行くかもしれないという恐怖。
それらを口にしなかったのは、私が子供だからだと思っていた。
しかし、もしかすると私と瀬凪さんが同年代でも言ってくれなかった可能性がある。
苦笑と共に同意すると、二人が呆れた風な溜息をついた。
「乃愛さん。あんな息子だが、これからもよろしく頼む」
「きっと、あの子には乃愛さんが必要だと思うの。でも、色恋に何があるか分からないし、無理強いはしないわ」
「安心してください。絶対に離れたりなんかしません」
深く頭を頭を下げる二人に、満面の笑みを返す。
ようやく安心出来たようで、安堵の溜息を吐かれた。
そして話が一段落したこのタイミングで、瀬凪さんがお風呂から上がってくる。
私達が仲良く話していたのを不審に思ったのか、瀬凪さんが首を傾げた。
「何か滅茶苦茶仲良くなってないか?」
「はい。瀬凪さんの事ですっごく盛り上がったんですよ♪」
「……まさかとは思うが、昔の俺の事を聞いてないだろうな?」
瀬凪さんに察させる為に普段よりも良い笑顔を浮かべた事で、彼の頬が引き攣った。
普段であれば大人っぽいのに、こういう時の顔は可愛らしい。
沸き上がる悪戯心に従って、唇の端を釣り上げつつ瀬凪さんに近付く。
「ふふ、『父さんと母さんを馬鹿にする奴らとなんか、仲良くするもんか!』でしたっけ。すっごくかっこいいですね」
「父さん! 母さん! 話したな!」
「下らん見栄を張って黙っていようと思うからだ」
「ふふ、私達にとっては良い思い出だから黙っていられなかったわぁ」
「うおぉぉぉ…………」
教仁さんと陽子さんにまともに取り合って貰えず、瀬凪さんが呻き声を漏らして地に伏した。
耳が風呂上りの火照りとは思えないくらい真っ赤に染まっている。
そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに、と思いつつ瀬凪さんの耳元で囁く。
「瀬凪さんは昔から優しかったんですね。流石私の恋人です」
「頼む。頼むから今は放っておいてくれ……」
「だめでーす。さ、瀬凪さんの髪を乾かしましょうねー♪」
瀬凪さんの後ろに回り込み、強引に髪を乾かし始める。
私の髪を瀬凪さんが乾かした時も、教仁さん達に生温かい目で見られていた。しかし今はその視線が二割増しで強い。
だからだろう。瀬凪さんは髪を乾かす間、ずっと手で顔を覆っていた。
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