第60話 親の心配、息子の意地

「はぁ……」


 俺が話し終わると、父さんが思いきり溜息を吐いた。

 その理由が分かるからこそ、頬を引きらせてしまう。


「このバカモンが。金が無いならどうして儂らを頼らなかったんだ」

「……もう大学生なんだ。入学費以外で親の脛をかじりたくなかったんだよ」


 結局の所、俺の生活が苦しくなったのは単なる見栄。それでも、俺にとっては譲れないものだった。

 視線を逸らしながら告げれば、再び溜息を吐かれる。


「そのせいで大学生活を謳歌おうか出来なくてどうする。儂らはお前を苦しませる為に大学に入学させた訳じゃない」

「……それは」

「親はいつになっても子供に頼られたら嬉しいものだ。だから、生活が苦しくなったら頼れ。まあ、もう必要無いとは思うがな」


 呆れ気味に、けれど微笑を浮かべて父さんが乃愛へ視線を移した。

 もう俺がマンションでどんな生活を送っているかも話したからか、楽しそうな顔で乃愛が口を開く。


「私のお母さんが瀬凪さんのご飯代も出してくれますからね」

「そういう事だな。いつか、乃愛さんのお母さんに挨拶とお礼をしなければな」

「元々は私が一人になるのをお母さんが心配しての提案だったので、お礼は大丈夫だと思いますよ。むしろ私やお母さんの方がお礼をしたいくらいです」

「ふふ、乃愛さんはしっかり者なのねぇ」


 母さんが乃愛の大人びた姿に柔らかく笑う。

 照れ臭いのか、彼女は僅かに頬を染めてはにかんだ。


「あ、ありがとうございます」

「にしても、バイトが忙しくて乃愛さんの前の恋人に振られたとはな。辛かったなら電話でいいから愚痴ぐらい言わんか」

「流石にそれは情けなくないかな?」

「そんな訳あるか。全く……。お前は昔っから抱え込み過ぎる。そうなった理由は――」

「父さん、それは違うって何度も言っただろ」


 父さんの言葉を遮り、きっぱりと告げた。

 しわのある顔が、くしゃりと歪む。


「……そうか」

「えっと、何かあったんですか?」

「もう終わった事だよ。乃愛には機会があったら話そうかな」


 両親の前で話すのは気恥ずかしいので、遠回しに話したくないと告げた。

 それが不満だったらしく、乃愛がぷくりと頬を膨らませる。

 

「絶対、いつか話して下さいね?」

「ホントに機会があったらな」

「むー」

「ごめんごめん」


 頭を撫でてご機嫌を取るが、乃愛は納得がいかないらしい。蒼と黄金の瞳がじとりと俺を睨んだ。

 どうしたものかと悩みながらも頭を撫で続けると、母さんがくすりと小さく笑う。


「仲が良いのねぇ。付き合ってから一ヶ月ちょっととは思えないわ」

「そうだな。大事にするんだぞ、瀬凪」

「分かってるよ」


 機嫌を損ねてしまったが、乃愛の事は何よりも大切だ。

 大きく頷けば、父さんが満足そうに笑う。


「ならいい。一応忠告しておくが、まだ子供は作るなよ?」

「そうよぉ。乃愛さんはまだ中学生なんだからね?」

「高校生でもだからな? 学生での妊娠は後が大変過ぎるぞ?」

「作らないって!! 二人に彩乃さんと同じ事言われると思わなかったよ!!」


 俺と乃愛の関係を受け入れてくれたのは、息子として本当に嬉しい。

 けれど両親からまさかの忠告をされ、声を張り上げた。

 隣を見れば、頬を真っ赤に染めた乃愛が顔を俯けている。

 彩乃さんとの約束は守っていたが、昨日までの乱れた生活に釘を刺されたようなものだ。

 忠告されたのが俺の父さんという事もあり、羞恥が襲って来ているのだろう。


「親としては心配なのだ。せめて手を出すくらいにしておけ。勿論、乃愛さんの許可を取ってからな」

「そうよぉ。女の子は大切にね?」

「普通は手を出すなって言う所だからな?」


 乃愛にはとっくに手を出してるので、俺が常識を説くのは間違っている。

 けれど寛容過ぎる両親の発言に、立場が逆転してしまった。

 俺の突っ込みに、両親が呆れ気味に苦笑する。


「そんなものは不可能だろう。それに学生なんだから、多少の火遊びはすべきだ」

「勿論、警察に捕まっちゃ駄目よ?」

「……それは気を付けてるって」


 両親に理解があり過ぎて、嬉しくはあるが素直に喜べない。

 曖昧な笑みを浮かべると、両親にからからと笑われた。


「そうかそうか。もう手を出したのか」

「ふふ。こんな息子でごめんなさいね、乃愛さん。嫌だったら引っ叩いていいわよ」

「い、いえ! その、して欲しくて、私から瀬凪さんに迫った感じなので……」


 黒髪の隙間から見える耳すら真っ赤に染めた乃愛が、唇の端を緩めながら説明した。

 その幸せが溢れたような顔を見て、両親が嬉しそうに破顔する。


「あら、そうなの? 本当に仲が良いわねぇ」

「……瀬凪。もし妊娠させてどうしようもなくなったら、儂らに言うんだぞ」

「そんな事にはならないから!」


 どう考えても普通ではない会話に、悲鳴のような声を出すのだった。

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