第59話 地元へ
「おー。ここが瀬凪さんの地元なんですねぇ」
バスから降りた乃愛が、興味深そうに周囲を見渡す。
間違いなく都会ではなく、かといって隣の家に向かうまで十分以上歩く程でもない。
普通の田舎、という風景が目の前に広がっていた。
「そんなに見渡しても何もないって。ほら、行こうか」
「はい!」
にこにことご機嫌な乃愛と共に、キャリーバッグを引きながら歩く。
田舎なだけあって、バスから降りればすぐ家に着くなんて事はない。
「にしても、今日まで凄かったなぁ……」
「いやー、盛り上がっちゃいましたねぇ」
お互いに乾いた笑いを漏らす。
乃愛の誕生日から、俺の地元に向かうまでの約一週間。
元々インドア派の俺達だったが、俺はバイトに行く以外で、乃愛は買い物に出掛ける以外で外に出なかった。
そして一線を越えた恋人達が家の中で何をするかなど、推理するまでもなく分かるだろう。
ぶっちゃけ相当酷く、それでいて幸福な生活だった。
「ま、あの生活は一旦おあずけだ。彩乃さんとの約束は守らないとな」
「はーい。分かってますよ」
乃愛とこの約一週間を振り返りつつ歩いていると、至って普通の一軒家に辿り着いた。
深呼吸をして、緊張に弾む心臓の鼓動を落ち着かせる。
すると、蒼と黄金の瞳が心配そうに俺の顔を見つめた。
「大丈夫ですか、瀬凪さん? 無理しないでも――」
「いや、ここは無理をさせてくれ。どのみち、もう訂正出来ないしな」
実家に帰ると両親に連絡した際、恋人と一緒に来る事を伝えた。
しかし、それ以外は一切詳細を話さなかった。つまり、両親は俺の恋人が中学生とは知らない。
両親が頭の固い人達だとは思わないが、俺が危険な橋を渡っているのだ。
何を言われるか分からず、どうしても緊張してしまう。
(でも、俺は乃愛の彼氏だからな)
赤の他人相手なら、乃愛と兄妹や親戚のように振舞っても構わない。
けれど、血の繋がった家族相手にそんな事はしたくなかった。
乃愛の恋人になったからこそ、ここだけは譲れない。
無理矢理笑みを作って心を奮い立たせ、玄関のチャイムを鳴らした。
「はーい」
人の良さそうな女性の声が耳に届き、すぐに玄関の扉が開かれる。
久しぶりに見た母さん――水樹
相変わらず元気そうだが、少し顔に
「ただいま、母さん」
「お、お帰りなさい、瀬凪。その子が……?」
俺の隣を見て、おっかなびっくりという風な声を発した母さん。
息子が連れてきた人が、小学生に見える程に小柄なのだ。驚くのも無理はない。
「そうだよ。詳しい話は中に入ってしたいんだけど、いいかな?」
「いい、けど。えと、こんにちは……?」
どんな態度を取ればいいか分からないようで、母さんが困惑しつつ乃愛に声を掛けた。
乃愛はというと、いきなり挨拶されたからか、慌てながら口を開く。
「杠乃愛です! よろしくお願いします!」
「あらあら、礼儀正しい子ねぇ」
思い切り頭を下げる乃愛の姿に和んだらしい。母さんが朗らかに笑った。
「
「ありがとうございます! お世話になります!」
俺の親相手だからと声を張る乃愛に微笑みつつ、母さんが身を翻す。
その後を追い掛けてリビングに辿り着くと、母さんと同じく顔に皺が、頭に白髪が見える男性――父さんの水樹教仁が座っていた。
一見すれば堅物そうだが、父さんは俺を見ると思い切り顔を綻ばせた。
「お帰り、瀬凪。元気そうだな」
「ただいま。父さんも元気そうだね」
「勿論。まだまだ老いには負けん。……それで、その子が瀬凪の恋人か?」
俺の後を追ってリビングに入ってきた乃愛に、父さんが僅かに目を見開いた。
母さんと似たような反応に苦笑しつつ口を開く。
「そうだよ。……乃愛」
「ゆ、杠乃愛です! 瀬凪さんとは――」
「ちょっと待った。立ち話も何だし、座って話そう」
「は、はい、すみません……」
一気に話そうとする乃愛に父さんが苦笑し、一旦落ち着こうと促した。
恥ずかしかったのか頬を薔薇色に染めた乃愛と共に、リビングの椅子に座る。
どくどくと緊張に弾む心臓を抑えつけ、目の前に座った父さんと母さんへ視線を向けた。
「改めてだけど、俺の彼女の杠乃愛だよ。中学生二年生だ」
「……中学生か」
「あら、そうなの?」
「はい! えと、瀬凪さんとはお付き合いさせていただいてます! 中学生なので、お二人からすれば子供だと思います。でも私は瀬凪さんとの関係を真剣に考えてます! 一時の感情に振り回されてるつもりはありません! だから瀬凪さんを怒らないで下さい!」
矢継ぎ早に話した乃愛が、リビングのテーブルにぶつけそうな程に深く頭を下げた。
あっという間に言いたい事を口にされ、締まらないなと思いつつも口を開く。
「俺もだよ。父さん、母さん。世間的に見れば、俺達の関係は間違ってる。それでも、だからこそ、乃愛との関係は真剣だ」
年齢という大きな壁を自覚している恋人が、精一杯言葉を尽くしたのだ。
ここで俺が両親から顔を背けてはならない。そうしてしまえば、乃愛の隣に居る資格が無くなってしまう。
真っ直ぐに、決して目を逸らさず両親を見つめる。
「二人でちゃんと考えて、その上で付き合ってる。若気の至りとかそんな世間の言い分に負ける程、簡単なものじゃない」
言うべき事は言ったと、父さんの反応を待つ。
「…………ふむ。そうか」
顎に手を当て、瞳を閉じる父さん。
母さんを見れば、ジッと無言で成り行きを見守っていた。
恐らく、父さんの意見に全てを委ねるつもりなのだろう。
リビングを静寂が満たす中、ようやく父さんの口が開いた。
「なら、好きにしなさい。杠さん――いや、乃愛さん。息子をよろしく頼むよ」
「ふふ。こんなに可愛い娘が出来るなんて、今日は良い日だわ」
「いい、のか? もっとあれこれ言われると思ったんだけど」
驚く程あっさりと乃愛を受け入れられたせいで、喜びよりも困惑が心を満たす。
もう一度確認を取れば、二人が柔和な笑みを作った。
「瀬凪は世間の常識が自分に牙を向く辛さを分かってるだろう? なのに付き合ったのなら、相応の覚悟があるという事だ。
「私も教仁さんも、世間の常識の無情さを分かってる。頭ごなしに否定なんてしないわ」
「……ありがとう、父さん、母さん」
普通であれば怒って心配して、俺達を別れさせる。
けれど二人は、過去の経験もあって納得してくれた。
鼻がつんとしたが、根性で平静を取り繕う。乃愛の前でみっともない姿を見せたくない。
「いいさ。さて、晩飯まで時間があるし、この一年何があったか、ゆっくり聞かせてくれ」
「あー、えっと」
俺が実家に帰ってきたのはちょうど一年ぶりだ。親不孝だと思いつつも、年末はバイトに精を出して帰っていない。
だから一年間の出来事を話すとなると、元恋人の事も話さなければいけない。
ちらりと隣を見れば、乃愛が微笑を浮かべて頷いた。
「それじゃあどこから話そうかな……」
ゆっくりと、一年を振り返りつつ話し始めるのだった。
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