第53話 中学生の甘やかし
アイスを食べながら杠家に帰り、それからは乃愛の部屋で日中と同じくのんびりと過ごした。
良い時間になったので、寝る準備を済ませて再び彼女の部屋に戻ってくる。
「今更ですけど、昨日の私のようにベッドにダイブしますか?」
「しないって言っただろ? 乃愛が俺のベッドでやるのはいいけど、俺がそれやると気持ち悪いって」
「そうですか? 私は本当に構わないんですけど……」
「俺が構うの。というか、そういう変態にはなりたくない」
中学生に手を出すと決めた時点で俺は変態だ。何も否定出来ない。
けれど、変態には変態なりのプライドがある。ベッドにダイブするのは違うのだ。
意地でも拒否すれば、乃愛が残念そうに肩を落とす。
「……分かりました。取り敢えず、ベッドにどうぞ」
「お邪魔します」
今日のうち殆どをこのベッドの上で過ごしたのだ。
そのお陰で、緊張せずにベッドに潜り込む事が出来た。
けれど乃愛特有の甘い匂いが濃すぎて、心臓が拍動のペースを速めてしまう。
「ふふ。私の匂いがいっぱいしますか?」
「ああ。嬉しいけど、落ち着かないな」
「じゃあそんな瀬凪さんを落ち着かせてあげましょう。どうぞ」
俺と同じように横になった乃愛が、何故か両手を広げた。
その行動が何を意味するのか分かってしまい、頬を引き攣らせる。
「乃愛にはバイト終わりに膝枕して貰ってるから、どの口がではあるけどさ。流石にそれは駄目じゃないか?」
恋人なのだから、一方的に甘えたくないという乃愛の気持ちは良く分かっている。
彼女が俺を想って抱き締めようとしてくれている事も。
それでも、やんわりと断らずにはいられなかった。
怒ると思ったのだが、どうやら俺の反応を予測していたらしい。乃愛が淡い微笑を浮かべて小さく首を振る。
「全然駄目じゃないです。ほら、瀬凪さん」
「いや――」
「せーなさん」
「……分かったよ」
乃愛の押しと、俺の心の中の欲望に負けて彼女の腕に包まれた。
頭を撫でる細い指先の感覚と、顔に触れている柔らかい感触が堪らない。
「よーしよし、良い子ですねー」
「いや待て乃愛! それはマズい!」
抱き締められて、頭を撫でられるだけならまだ良い。本当は良くないが。
しかし、子供のように甘やかされるのは話が違う。
このままでは中学生にぐずぐずに溶かされる大学生が完成してしまうかもしれない。
それは変態を超えた何かだ。絶対に抵抗しなければ。
そう思って乃愛の腕の中から脱出しようとするが、がっちり頭を抱えられてしまっていた。
「もう、暴れないで下さい。そんな悪い瀬凪さんにはぎゅーです」
「むぐー!?」
強引に乃愛の柔らかい場所へ顔を押し付けられる。
彼女の背中に回していた手で離して欲しいとアピールするが、全く離れる気配がなかった。
「どうですか? 苦しいですか? 瀬凪さんが抵抗するのがいけないんですよ?」
「…………」
俺が離れようとすると乃愛が押さえつけるだけなので、正直なところ多少苦しい程度だ。息が出来ない訳じゃない。
しかし、この状況の全てが俺の理性をぐらつかせる。
風呂場で解消して貰ったはずの熱が、体に灯ってしまった。
流石にそれは節操がなさ過ぎるので、理性で欲望を縛り付けて謝罪する。
「……ごめん」
「分かればいいんです。それじゃあ、大人しく甘やかされて下さいね」
「うっす」
どうやら素直に従っても解放されないらしい。
全てを諦め、心地良い感覚に身を委ねる。
「にしても、いきなりどうして俺を抱き締めようとしたんだ?」
「昨日、瀬凪さんに抱き締めて貰いながら寝ましたが、すっごく幸せだったんです。だから、瀬凪さんにも幸せになって欲しいなって」
「成程なぁ。正直に言ってくれたら――」
「瀬凪さんはさっきみたいに素直に受け入れなかったでしょうね。だから強硬手段を取りました」
「……理解ある彼女で嬉しいよ」
ただでさえ、最近の乃愛は俺を手玉に取るようになっているのだ。
今以上に俺を理解してしまうと、乃愛の手の平の中から逃げ出せなくなる。
それでも構わないと思える程に、今の状況が素晴らしいのが危険だ。
「私は瀬凪さんの彼女ですからね。それで、彼女の甘やかしの感想は?」
「……最高過ぎ。このまま駄目になりたい」
「ふふっ。どうぞ遠慮なく駄目になってください」
再び乃愛が頭を撫でる。
どうせ逃げられないのだ。溺れ切ってもいいかもしれない。
そう思って体の力を抜くと、くすくすと軽やかな笑い声が耳に届いた。
「瀬凪さんはなーんにも考えなくていいんです。気持ち良い。それだけでいっぱいになっちゃいましょうねー」
「もう、なってるんだが」
「もっとですよ。もっと、もっと、私でいっぱいになってください」
あんなに興奮していたはずなのに、どんどん瞼が重くなってきた。
鈴を転がすような、甘さに満ちた声が俺の頭に染み渡る。
乃愛から離れたくなくて、華奢な体を抱き締めた。
「たくさん、たくさん、甘えて下さいね?」
乃愛の本気の甘やかしは危険過ぎる。
そう思いながらも、眠るまで離れる事が出来なかった。
「……寝ちゃった」
短い黒髪から手を離し、ぽつりと呟く。
あんまり撫で過ぎると
撫でる代わりに瀬凪さんの頭を抱き締め、はあと息を吐き出す。
「瀬凪さんを甘やかす事にすら、私には理由が必要なんだよね……」
最近では年齢差を自らネタにしたり利用している。瀬凪さんもそれを分かった上で乗ってきている。
それでも、恋人になっても、時折どうしようもない壁を感じるのだ。
私だけがお酒を飲めなかったり、夜道でしか恋人繋ぎが出来なかったり、瀬凪さんが私に甘やかされるのを抵抗したり。
この不満を瀬凪さんにぶつけるのは間違っている。お互いに納得の上で付き合っているのだから。
だから、代わりに瀬凪さんをどろどろに甘やかした。
「甘えて下さい。頼って下さい。私から離れられなくなって下さい。依存してくれたら、それはそれで嬉しいんです」
重い考えだと理解はしている。けれど、この考えを改めるつもりはない。
私には瀬凪さんの温もりが必要なのだ。瀬凪さんの存在が必要なのだ。
だから、瀬凪さんも私と同じようになってくれたら嬉しい。
そうしたら、私の心に潜む恐怖が無くなると思うから。
「だから、私を置いて行かないで下さい」
瀬凪さんだって、私が離れて行く恐怖を完全に克服した訳じゃない。
それでも、世間的に間違っていると理解しても、恋人になってくれたのだ。
ならば私も置いて行かれる恐怖を抱えながら、それでも前を向きたい。
その為に必要な勇気は愛情として毎日貰っているし、もう少しで瀬凪さんから特大の愛情を貰えるはずだ。
「誕生日プレゼント。ちゃんといただきますからね。……いただかれるのは、私なんですけど」
舌で唇を濡らし、数日後に想いを
頭の中でその時の光景を妄想し、にへらと頬を緩ませるのだった。
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