第54話 乃愛の誕生日
「ん……」
ゆっくりと目を開ければ、腕の中で愛しい恋人が寝息を立てていた。
昨日盛り上がって疲れたからか、今日は俺の方が早く起きたらしい。
なるべく起こさないように、艶やかな黒髪をゆっくりと撫でる。
外見は幼いし実際に中学生だが、安らかな寝顔は乃愛を一段と幼く見せる。
こんなにも可愛い少女が俺の恋人なのだから、人生とは不思議なものだ。
「……んぅ? せな、さん?」
頭を撫で続けていると、長い睫毛がふるりと震えた。
とろみを帯びた蒼と黄金の瞳が俺を見つめる。
乃愛と一緒に寝るようになって数日が経ったが、何度見ても見惚れてしまう程に美しい。
「ごめん。起こしちゃったか」
「いいですよぉ。おはようございます。瀬凪さん」
へらっと緩んだ笑みを見せる乃愛が、俺へと顔を近付ける。
何をしたいのか分かったので、俺からも顔を寄せた。
「おはよう、乃愛。……ん」
「……ふ」
唇と唇を合わせ、柔らかな感触を楽しむ。
起きて一番にこうする事はある程度慣れたが、それでも心臓が弾んだ。
「えへへ、幸せです。瀬凪さーん」
頬をゆるゆるにさせて、乃愛が俺に抱き着いてきた。
昨日は起きた時に俺を甘やかしたのだが、今日は違う気分らしい。
「おっと。今日は甘えたがりだな」
「そういう気分なんです。それに今日は――」
「乃愛の誕生日だもんな。昨日、日付が変わった時にも言ったけど、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます! これで瀬凪さんに少し追い付きました!」
乃愛が俺の胸に顎を置きつつ、弾けるような笑顔を浮かべた。
最近は年齢で落ち込む事が少なくなったが、やはり気にしているのだろう。
どんな言葉を掛けても乃愛を傷付ける気がして、慰めるように頭を撫でるだけに留めた。
「もう少ししたら、出る準備するか」
「はーい。ふふ、久しぶりなので楽しみです」
ベッドの上で、恋人と身を寄せ合う。
怠惰で幸福な一時を二人で楽しむのだった。
「にしても、本当に良かったのか?」
外行きの服に着替え、目的地に向かう途中。
シンプルながらも可愛らしいブラウスに身を包む乃愛に尋ねてみた。
「はい。お二人に会いたかったですし、一緒に外で遊んでもみたかったんです。瀬凪さんは嫌ですか?」
「嫌じゃないけど、折角乃愛の誕生日なんだ。集まるのは別の日でも良かったんじゃないか?」
「今日が良かったんです。今まで友達と外で遊ぶ事なんて無かったので」
「成程なぁ。そう考えたら、確かに今日の方が良いな」
学校では多少話す程度に仲の良い人は出来たらしいが、それでも乃愛はクラスメイトと遊びに行かない。
なので、これから行う事は乃愛にとって誕生日にふさわしいイベントになるようだ。
「はい。瀬凪さんと二人きりのデートも楽しいですけど、今日はすみません。それと、晩ご飯まで四人で良いですか?」
「今日は乃愛の誕生日なんだ。乃愛がしたいようにしてくれたら、それが俺にとって一番嬉しいよ」
俺の誕生日の時は、一日ゆっくり過ごすという俺の望みを乃愛が叶えてくれたのだ。
ならば乃愛の誕生日に好きにさせるのは、彼氏として当然だろう。
俺と二人きりになるのを優先しなかったからか、不安を顔に宿す乃愛に笑ってみせる。
すると可愛らしい顔が歓喜に彩られ、いつも以上に強く腕に抱き着かれた。
「ありがとうございます、瀬凪さん。……でも、夜はちゃんと二人きりですからね?」
きちんと恋人としての時間は取る。
そう宣言しつつ、乃愛は一瞬で妖艶な雰囲気を醸し出した。
凄まじい変わりようと色気に、ごくりと喉が鳴る。
「……おう」
「誕生日プレゼント、凄く楽しみにしてますよ。一応言っておきますけど、瀬凪さんの時は願いを汲んでキスにしたんですからね? 実は高い物を買ってたはナシですよ?」
「分かってるよ。普通は高い物を欲しがるんだけどなぁ」
「瀬凪さんと同じで、物欲は無いですからねぇ。私が欲しいのは一つだけですよ。分かってますよね?」
どんなに高価な物であっても、欲しい物でなければ誕生日プレゼントとして要らない。
となれば、やはり予定していたものしかプレゼントにならないだろう。
むしろ、乃愛はそれが欲しいからこうして念を押している。
「分かってるさ。彼氏の甲斐性の見せどころってな」
「ふふ、ありがとうございます」
お互いに期待を弾ませつつ歩き、目的地に着いた。
駅前は学生が夏休み真っ盛りというのもあって、かなり人が多い。
そんな多くの人の中に、唯一と言っていい友人達を見つけた。
「すまん、遅れたか?」
「いーや、時間ばっちりだ。よう瀬凪、杠」
「二人共、こんにちはー!」
「こんにちは、成瀬さん、莉緒さん」
軽い見た目の翼に、今時の女子高校生らしいカジュアルな服の莉緒。
二人は挨拶を交わすと、きちんと挨拶した後すぐに俺の腕に抱き着いている乃愛へ視線を移した。
二人共優しい目をしているが、そこには年下の人に向ける微笑ましさが無い。
「瀬凪から聞いてたけど、改めておめでとう」
「ホントにおめでとう、乃愛!」
「あ、ありがとうございます……」
面と向かって祝福されると、羞恥が沸き上がってきたのだろう。
乃愛が頬を薔薇色に染めてはにかんだ。
その愛らしい姿に莉緒が悶え、俺から乃愛を引き剥がして抱き締める。
「やーん、可愛いー! オッドアイ綺麗ー!」
「あ、ちょ、莉緒さん……」
「乃愛めっちゃいい匂いするー! ……それに意外と大きい」
「何言ってるんですか!?」
莉緒のスキンシップに戸惑っていた乃愛だが、とんでもない発言には流石に突っ込みを入れた。
幸い周囲には聞こえていなかったらしいが、美少女二人の仲睦まじい姿は視線を惹き付けてしまう。
「莉緒、そこまでにしとけ。杠が困ってるだろ」
「はーい。満足したー!」
「うぅ……。ありがとうございます、成瀬さん」
「彼女の暴走を止めるのは彼氏の役目だからな、気にすんな。それと杠」
「はい? ……ふふっ」
翼がジッと乃愛を見つめ、それから快活な笑顔を浮かべた。
恋人以外の容姿を褒めないようにしつつ、けれど前に進んだ乃愛を祝福する。
それを理解した乃愛が、顔に歓喜を彩らせた。
話が一段落したので、手の平を叩いて乾いた音を響かせる。
「さてと。立ち話も何だし、早速行くか!」
「おうよ! 夜は杠の飯だし、くたくたになるまで遊んで腹を空かせるしかねえ!」
「だよねー! いっぱい遊ぼうね、乃愛!」
「はい! 瀬凪さんも、楽しみましょうね!」
「勿論だ!」
大学生二人に高校生一人、そして中学生一人のダブルデートが始まるのだった。
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