第51話 一緒にお風呂

 乃愛の部屋で過ごす際、漫画に夢中になって読みふける俺とは違い、彼女は自由気ままだった。

 俺の胡坐にすっぽりと収まったり、膝に頭を乗せたり、そのまま寝たり。

 ずっと会話する訳でもないし、常にべったりくっついている訳でもない。しかし気まずくはなく、とても過ごしやすかった。

 そして夕方になって乃愛と買い物に行き、どうしてもという事でスーパーで買った誕生日のケーキを含む晩飯を摂り終えた。


「さてと。それじゃあいよいよですね」


 ご機嫌な笑顔の乃愛が話を切り出したが、白磁の頬に朱が刺している。

 普段なら俺のバイトが無い日は交互に風呂に入り、お互いの髪を乾かし合う。けれど、今日は違うのだ。


「……おう。もう覚悟はしたぞ」

「りょーかいです。なら行きましょう!」


 着替えを持って脱衣所へ向かう。

 中学生と一緒に風呂に入る大学生など、世界にどれだけ居るだろうか。

 ましてや、それが恋人同士など普通は有り得ない。

 自分の状況の異常さを嫌でも実感し、様々な感情が胸を満たす。心臓の鼓動はとっくに早まっていた。


「えと、流石に服を脱ぐ所は見ないでくださいね?」

「じゃあお互いに背中を向けながら脱ぐか」

「はい」


 乃愛も喜びより羞恥の感情が大きくなったらしい。

 先程よりも頬が赤く、湯気が出てしまいそうな程だ。

 それでも「やっぱりナシ」と言う事なく、お互いに服を脱ぎ始める。

 背中から聞こえてくる衣擦れの音が妙に艶めかしい。


「準備、出来ました。す、すみません、先に入りますね!」

「お、おう」


 脱衣所で面と向かうのに耐えられなかったらしく、乃愛が先に風呂場に入った。

 残念という感情よりも、今の俺の状態を見られずに済んだという安堵の方が大きい。

 はあ、と大きく息を吐き出して体と頭の熱を冷ます。

 改めて欲望を理性で固く縛り、曇り硝子を軽く叩いた。


「乃愛、入るぞ」

「ひゃい!」


 上ずった声での返事を聞き、扉を開けて風呂場に入る。

 乃愛はというと、椅子に座って体の大切な部分を腕で隠していた。


「「…………」」


 お互いがお互いの体を見て無言になる。

 雪のように白い肌に、折れそうな程に細い肢体。

 小学生と間違えそうな程に小柄なはずなのに、腰にはきちんとくびれがあった。

 禁断の魅力を放つ乃愛の姿に、ごくりと勝手に喉が鳴る。

 頭を振って煩悩を散らしつつ乃愛と視線を合わせようとすれば、彼女は俺の体の一点を見つめていた。


「ふふっ」


 小さく、妖艶な笑みを浮かべた乃愛。

 その笑みに、頬が一気に熱を持ち始める。


「反応、してくれるんですね。嬉しいです」

「仕方ないだろ。恋人がそんな姿してるんだから」

「子供っぽくないですか?」

「否定はしない。けど出てる所は出てるし、十分魅力的だぞ。……これ見たら、分かるだろ」


 上から覗き込む際は直に見て、デートの時には押し付けられたそれは、片腕で多少隠されていても分かる大きさだ。

 改めて見ると本当に年齢と外見不相応で、だからこそ魅力となるのだから、本当に狡い女性だと思う。


「そうですね。じゃあ瀬凪さんも、いっぱい見て下さいね」


 そう言って乃愛は腕を大切な場所から退けた。

 視界に映る乃愛の上も下もあまりに刺激が強過ぎて、このままでは縛ったはずの欲望が暴走してしまう。


「め、滅茶苦茶嬉しいけど、取り敢えず体を綺麗にするか! 折角だし、乃愛の髪を洗っていいか!?」


 慌てて乃愛の背後に回り込み、シャンプーを出そうとする。

 俺の態度が不満だったのか、乃愛が唇を尖らせて振り向いた。


「それはいいですけど、魅力的と言った割には全然体を見てくれませんね」

「……あのなぁ、乃愛」


 散々俺の欲望を刺激する悪い恋人には、少しお仕置きすべきだろう。

 溜息をつきつつ、乃愛の耳に顔を寄せた。


「見過ぎると暴走しそうなんだよ。あんまり誘惑すると、ホントに暴走するからな?」

「っ!? い、今すぐ体を洗います! 瀬凪さんに触れられる前に、汚れを落とさないと!」

「あ、え、そっちなのか……」


 早く体を洗って欲しかったが、理由が普通とはズレている。

 よくよく考えると、乃愛は俺に手を出して欲しいのだ。暴走すると言っても脅しにはならない。

 失敗したと悟りつつ、シャンプーを手の平に馴染ませた。


「勢いで言ったけど、ホントに俺が髪を洗っていいのか?」

「はい。というか、瀬凪さんが言わなかったら私からお願いしてました。大変だと思いますけど、いいですか?」

「おう。任せとけ」


 シミ一つない背中には興奮するが、今は置いておく。

 髪を任されたのだから、しっかりと洗わなければ。

 乃愛からアドバイスを聞きつつ、美しい黒髪を洗う。

 俺の手際が悪いのと乃愛の髪が長い事で、髪を洗い終える頃には彼女も体を洗い終えていた。


「ありがとうございます、瀬凪さん。それじゃあ交代ですね」

「ああ。頼んだ」


 場所を入れ替わり乃愛が髪を、俺が体を洗っていく。

 とはいえ俺の髪は短く、あっという間に頭は洗い終わった。


「むぅ。このまま待ってるのも暇なので、私が瀬凪さんの体を洗ってもいいですか?」

「汚いから駄目」

「体を洗う前なんですし、汚れてるのは仕方ないですよ。むしろそんな瀬凪さんを綺麗にしたいです」

「ほう? じゃあさっき俺が乃愛の髪を洗わず、体を洗いたいって言ったらやらせてくれたのか?」


 俺だけ乃愛に体を洗われて、俺が乃愛の体を洗えないのは不公平だ。

 誰だって、汚い体に触れて欲しくはないだろう。乃愛もさっきそう言っていたし。

 これで引いてくれると思ったのだが、小さな手が俺の背中に触れた。

 それだけでなく、微かな吐息が耳に掛かる。


「瀬凪さんが、そうしたいって思うなら、いいですよ?」


 耳をくすぐるような羞恥混じりの声に、ぞくりと背中が震えた。

 引かなかったどころか許可が出てしまい、両手で顔を覆って降参する。


「……俺が悪かった。乃愛に洗われたら暴走するから、自分の手で綺麗にさせてくれ」

「はぁい。瀬凪さん、かわいいです」

「かわいい言うな」


 世の中には可愛いと言われて喜ぶ男も居るだろうが、俺は嬉しくない。

 突っ込みを入れつつ、体を洗うのを再開する。

 すると、再び背中に乃愛の手が触れた。


「背中くらいは洗ってもいいですか?」

「まあ、それくらいなら」


 何度か背中に触れられているし、洗われても問題ないだろう。

 そう思って許可したのが失敗だった。

 ボディーソープを付けた柔らかい手の平が背中を滑る感覚で、腰に電流が走る。


「~~っ!」


 もしかしたら何をしても失敗かもしれないと思い、急いで、けれどしっかり体を洗った。

 その後乃愛と一緒に湯船に浸かる。

 向き合って浸かるかと思ったが、乃愛は俺の太股の間に座った。

 濡れた黒髪はお団子に纏められており、普段見えない真っ白なうなじが眩しい。


「はふー。最高ですねぇ」

「そうだなぁ」


 二人して大きく息を吐き出し、体の力を抜く。

 夏場なので熱過ぎるくらいだが、それでも心地良い。

 問題は、乃愛を見下ろすとキャミソールが無いせいでばっちり肢体が見える事。

 そして、乃愛の臀部でんぶが俺の大切な場所に触れている事だ。

 しっかりと分かっているようで、蒼と黄金の瞳が悪戯っぽく俺を見上げる。


「瀬凪さんのここ、凄い事になってますよ?」

「分かってるなら言うんじゃない」

「…………ね、瀬凪さん」


 透明な声を漏らした乃愛が、くるりと身を反転させた。

 体を密着させた状態でそんな事をすれば、抱き合う形になってしまう。

 胸に当たる柔らかい感触が理性をぐらつかせる。

 視界を埋める蒼と黄金の瞳の奥に、どろどろとした熱が秘められている気がした。


「ど、どうした、乃愛?」

「提案があるんですが、練習しませんか?」

「練習って、まさか……」

「そのまさかですよ。だって瀬凪さんは今日、この場でるつもりがないでしょう?」

「そうだな。でも、一応タイミングは考えてるんだぞ?」


 乃愛さえ良ければ、という計画は頭の中にある。

 ここまでアピールされて、彩乃さんからの許可も出たのだ。

 犯罪と分かっていても、乃愛が中学校を卒業するまで待つつもりはない。

 意味もなく先延ばしにはしてないと告げれば、蒼と黄金の瞳が嬉しそうに細まった。


「そのタイミングって、私の予想が正しければあと数日ですかね?」

「……」

「ふふ、じゃあ当日を期待して待つとして、私って体が小さいじゃないですか。だから、瀬凪さんにホントにてもらう時に痛くて失敗とか、有り得ると思いませんか?」


 どうやら乃愛に手を出すタイミングはバレているらしい。

 しかし、ここで突っ込むつもりはないようだ。


「……それはまあ、確かに有り得そうだな。出来るだけ優しくするけど」


 成人男性の平均程度に背が高い俺と、どう見ても女子中学生の平均より小柄な乃愛。

 いざという時に、乃愛が痛がる可能性は十分にある。

 精一杯のフォローをすれば、彼女が嬉しそうにはにかんだ。


「ありがとうございます。でも、だからこその練習ですよ。私を瀬凪さんに慣れさせる。どうですか?」

「この場で、か?」

「勿論。そういうのが嫌なら引きますけど、そんな事ないでしょう?」


 乃愛が視線を下げて俺の体の一部を見る。

 その場所の反応を見れば、俺が嫌がっていないのが丸わかりだ。

 ここまでお膳立てをされて、逃げる訳にはいかない。


「そうだな。じゃあ、ちょっとだけ俺に慣れてくれ」

「ちょっとじゃなくて、たっぷり慣れさせて下さいね」


 顔だけでなく耳まで真っ赤に染めた乃愛が、妖艶な笑みを浮かべて俺を受け入れる。

 もう欲望を抑えていられず、柔らかな肌に指を這わせるのだった。

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