第47話 二十歳になったから
「もうそろそろですね」
「ああ」
乃愛とのんびり過ごし、あと少しで日付が変わる時間になった。
彩乃さんが買ってきて冷蔵庫に入れていた酒を取り出し、一度片付けたおかずも用意する。
一緒に飲むと言っていた彩乃さんはというと、結局あれから起きていない。
「多分もう起きないし、ソファに運んどくか?」
「そうしましょうか。すみませんが、お願い出来ますか?」
「任せとけ」
乃愛が彩乃さんを運ぶのは体格的に無理だ。となれば俺が運ぶしかない。
唯一の不安要素だった許可も恋人から出たので、心置きなく運べる。
まずは体を寄せて彩乃さんの腕を俺の肩に回そうと近付く。
その瞬間、部屋に大音量の電子音が鳴り響いた。
「な、何だ!?」
「これ、お母さんのアラームです! スマホがどこかにありませんか!?」
「スマホか!? 多分、彩乃さんが持ってるだろ!」
「ぅん? ふわぁ……」
俺と乃愛が慌てている間に、彩乃さんが目を覚ました。
ズボンのポケットに入れていたらしいスマホを取り出し、アラームを切る。
「よく寝たぁ。タイミングばっちりかしらぁ?」
「タイミングって……。もしかして、起きれるように事前にアラーム掛けてたんですか?」
「そうよぉ。念には念を入れて、ね♪」
用意周到と言うべきか、執念と言うべきか。
俺と酒を飲みたかったというのがよく分かり、してやったりという風な彩乃さんに苦笑しか返せない。
「そこまでしなくても、これから一緒に酒を飲めるじゃないですか」
「だーめ。瀬凪くんの初めては私が貰うんだから!」
「お母さん、そういう言い方は良くない」
勘違いしてもおかしくないセリフに、乃愛が突っ込みを入れた。
それをさらりと流し、彩乃さんが顎に手を当てて考え始める。
「うーん、まだ時間は残ってるわよね。ちょっとシャワー浴びてくるわ」
「お酒飲んだ後なんだから、お風呂に入ったら危ないよ」
「大丈夫大丈夫、シャワーだけだから。心配だったら偶に様子を見に来てね」
「はぁ。分かったから、ちゃんと気を付けてシャワー浴びて。瀬凪さんの誕生日に遅れないでよ」
「はーい!」
どちらが母親なのか分からないやりとりをしつつ、彩乃さんが脱衣所に向かった。
ぱたりと扉が閉まり、乃愛と顔を合わせて力のない笑みを浮かべる。
「ホント、凄い人だなぁ……」
「自由過ぎますよねぇ。血が繋がってるのが不思議なくらいです」
そうして乃愛と話しながら待っていると、あっという間にシャワーを終えて彩乃さんが戻ってきた。
時間を確認すれば、あと数十秒で日付が変わる。
彩乃さんと一緒に酒を持ち、誕生日になった瞬間に缶を軽くぶつけ合わせた。
「誕生日おめでとう、瀬凪くん!」
「誕生日おめでとうございます。瀬凪さん」
「ありがとう、乃愛。彩乃さんも、こんな風に祝ってくれてありがとうございます」
「いいのいいの。さ、人生初めてのお酒をどうぞ!」
「はい、いただきます」
琥珀色の液体を喉に流し込む。
炭酸飲料は偶に飲むが、それにはない苦みが口の中に広がった。
慣れない味に思わず眉根を寄せる。
「……何というか、これだけだと意外と美味しくないんですね」
「ふふ、ビールは最初そう思うわよねぇ。慣れてくると意外と良いものよ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ。まあ、どうしても苦手ならチューハイとかも買ってきてたはずだから、そっちを飲んだ方がいいわ」
「了解です。どうしても駄目だったら変えますね」
無理して飲む物ではないと彩乃さんが言うが、自分で缶を開けたのだ。最後まで飲み切るのが開けた人の責任だろう。
そう思いつつ、つまみに手を出すべく箸を握ろうとした。
しかし俺の箸は隣に居る恋人に奪い取られる。
「乃愛?」
「二人だけ狡いです。なので、私は瀬凪さんに食べさせます」
「……そっか。よろしくな」
恋人を放り出してその母親と酒で盛り上がったのだ。
唇を尖らせて拗ねるのも仕方がない。
恋人の母親の前で食べさせて貰うのは恥ずかしいが、仲間外れにしたくなかったので受け入れる。
すると、すぐにおかずが目の前に差し出された。
「はい瀬凪さん。あーん」
「あーん。……ん。美味しいな」
「惣菜ですけどね。今度瀬凪さんがお酒を飲む時は、ちゃんと作りますよ」
「期待して待ってる」
「目の前でいちゃつくとはやるわねー。というか乃愛、私のおかずも作ってー!」
「今日はお母さんが手抜きで良いって言ったんでしょ? ……今度帰って来る時は、ちゃんと作るから」
作らないとは決して言わない乃愛の言葉に、彩乃さんが満面の笑みを浮かべる。
「ありがとー、乃愛ー!」
「はいはい。あ、瀬凪さん、もう一つどうぞ。あーん」
「あーん。……これ、結構恥ずかしいな」
彩乃さんが流し気味に茶化しているから、まだ多少恥ずかしいだけで済んでいる。
これを外でやると、周囲から仲の良い兄妹に見られたとしても今以上の羞恥に襲われそうだ。
乃愛はというと、楽しそうに破顔していた。
「こういうの、恋人っぽくていいですね」
「確かにそうだな。じゃあ、機会があったら乃愛にもするよ」
「……お手柔らかにお願いします」
逆の立場を想像したら、思っていた以上に恥ずかしかったらしい。
頬を朱に染める乃愛に笑みを浮かべつつ酒を飲む。
慣れない苦みが、美味しく感じたのだった。
「それじゃあお休み、瀬凪くん」
「はい。お休みなさい」
彩乃さんは晩飯の時にかなり飲んでおり、俺に付き合わせるのは悪いので程々でお開きとなった。
それでも彩乃さんに勧められて、二缶は飲んだのだが。
「明日はそっちでゆっくりしていていいわよ。起きたら勝手に出発するから」
「そういう訳にはいきません。見送りくらいさせてください」
「そうだよ。いつもみたいに見送るからね」
乃愛の母親というだけではない。俺の誕生日を祝ってくれた人なのだ。絶対に一人で行かせたくない。
恋人と一緒に決意をぶつければ、彩乃さんが嬉しそうにはにかんだ。
「分かったわ。私は昼前に出るから、見送ってね」
「勿論です」
「うん。お休み、お母さん」
彩乃さんと別れ、水樹家へと戻ってくる。
我慢の限界だったので、ソファに思い切り腰を落とした。
「ふぅ……」
「瀬凪さん、お疲れ様だったんですか? 無理してお酒を飲まずに、寝ても良かったんですよ?」
「ああ、違う違う。単純に酔ったんだ」
眉を寄せている乃愛に、心配はないと示す為にへらりと笑い返す。
ふわふわとした感覚が心地良い。この感覚に浸っていると、彩乃さんのように変なテンションになってしまいそうだ。
それはそれで彩乃さんが喜んでくれそうだが、一人娘の彼氏としてしっかりした姿を見せたかった。
「あ、酔ったんですね。瀬凪さん、いつもと変わらなかったので分からなかったです」
「見栄を張ってただけだよ。でも、まあ、もういいかなって」
「ふふ、いいと思いますよ。いっそ、お母さんのように抱き着いても構いませんからね」
隣に座った乃愛が、蒼と黄金の瞳に期待を秘めて俺を見つめた。
普段ならば、あれこれと言い訳をしたのかもしれない。
けれど、今日くらいはいいだろう。
酔っ払いを誘惑したのだ。その責任は取って貰わなければ。
「いいのか? じゃあ遠慮なく」
「……ふぇ?」
小さな身体を抱き締めると、腕の中で呆けたような声が上がった。
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