第45話 酔っ払い爆誕
「さてさて、積もる話というか聞きたい事は一杯あるけど、取り敢えずご飯にしましょうか!」
女性二人が話を弾ませ過ぎていたが、落ち着きを取り戻した彩乃さんが場を仕切り直した。
確かに良い時間なので、晩飯を摂りながらの方が話が弾むだろう。
流石にさっきみたいな会話はしないと思うし、しないで欲しい。
「作るのは私だけどね。それで、手抜きで良かったの?」
「いいわよぉ。あ、お酒は私がちゃーんと買ってきて、話の前に冷蔵庫に入れておいたから大丈夫!」
彩乃さんが帰って来る前に食材は買ってきており、内容はほぼ彩乃さんのリクエストだ。
唯一俺達が買えない酒も、俺の予想通り既に冷やしていた。
「大丈夫なのはお母さんだけでしょ……? すみません瀬凪さん、ちょっと待っててくださいね」
「三人分なんだし、俺も――」
「私は本当に大丈夫ですよ」
呆れた顔をしつつも優し気な雰囲気を醸し出している乃愛が、いつも通り俺の手伝いを断った。
断られるだろうなと思っていたので引き下がらず、晩飯が出来るのを待つ。
すると、彩乃さんが穏やかな笑みを浮かべて俺を見た。
「私の目に狂いは無かったわね」
「そうなんですかね? というか疑問だったんですけど、彩乃さんはどうして最初から俺を信用してたんですか?」
どうやら、今は真面目モードらしい。
前々から気になっていた事を口にすれば、彩乃さんが悲し気に瞳を伏せた。
「乃愛に似てると思ったのよ。何か辛い事を抱えても、それでも前を向こうとしてる所が」
「ああ、彩乃さんに会ったのって、元カノの事を引き
振られたダメージを負いつつも、生きる為に必死だったあの頃。
ある意味無気力で、ある意味必死だったが、あれも懐かしい思い出だ。
微笑を浮かべて振り返ると、彩乃さんがぱちくりと瞬きした。
「あら、瀬凪くんって乃愛が初めてじゃなかったのね。乃愛は知ってるの?」
「知ってますよ。乃愛のお陰で完全に吹っ切れる事が出来ましたから」
貴女の最愛の娘は俺の自慢の恋人だと胸を張る。
すると、乃愛によく似た蒼色の瞳が嬉しそうに細まった。
「……そう。あの子は、そんなに強くなったのね」
「そうですよ。その結果は、彩乃さんにも分かったと思います」
「ええ。顔を見た瞬間に分かったわ。先に話を済ませないと、と思ってまだ言えてないけど」
「それに関してはすみません。後で沢山褒めてあげてください」
「勿論よ。乃愛の事、よろしく頼むわね」
「はい。任せてください」
乃愛と付き合う際に決めた、心が離れないように努力し続けるという誓い。
それを改めて誓いつつ頷けば、彩乃さんが朗らかに笑った。
その後彩乃さんは何故か立ち上がり、キッチンに向かっていく。
まさか料理中の乃愛に絡みに行くのかと慌てたが、冷蔵庫を開けてすぐに戻ってきた。
両腕で酒を抱えているが、何故一つではなく二つなのだろうか。
「さあ瀬凪くん。今日は飲むわよー!」
「いや、未成年ですって」
「今日まででしょう? 後数時間のフライングくらい大丈夫よぉ」
「確かに今日までですけど、大人がフライングに誘っちゃ駄目だと思いますよ!?」
彩乃さんの言う通り、あと数時間で酒を飲める年齢になる。
しかし待ちきれない十九歳が言うならまだしも、娘を持つ母親が言ってはいけない。
思わず突っ込みを入れると、彩乃さんが不満そうに唇を尖らせた。
その姿が乃愛にそっくりで、彼女の母親なんだと強く実感する。
「もう、瀬凪くんは真面目ねぇ。フライングして飲む人なんて、ぶっちゃけいくらでも居るでしょうに」
「それはそうですけど、駄目なものは駄目です」
「むー」
「……日付が変わる時に、彩乃さんが起きてたら一杯やりましょう」
娘を持つ女性とは思えない駄々の捏ね方に、俺の方が折れてしまった。
勿論折れた理由の大半は、俺と酒を飲みたいからこそ拗ねていると分かったからだ。
「言質取ったわよー! 絶対潰れたりしないんだからー!」
「期待してますよ」
調子に乗って飲み過ぎたら、酒に弱い彩乃さんはすぐに潰れてしまうだろう。
それはそれで悲しいので、出来れば潰れないで欲しいと思うのだった。
「乃愛ー! 乃愛ー!」
「暑苦しい……」
晩飯を摂り始めてから暫く経ち、目の前には酔っ払いが爆誕していた。今は前髪を切った乃愛を褒めちぎっている。
流石に面倒だと思ったのか、乃愛が彩乃さんをぐいぐい押して離れようとしているが、離れられていない。
乃愛の露骨に不機嫌な顔は初めて見た気がする。顔が整っているので似合ってはいるが、少し怖い。
「ありがとう、乃愛ー!」
「はいはい。……今まで逃げてばっかりでごめんね、お母さん」
「そんな事、気にしないでいいのよぉ! 乃愛はやっぱり自慢の娘だわぁ!」
「くそぅ、言うんじゃなかった。瀬凪さーん、ヘルプでーす」
一人では無理だと悟ったようで、助けを求められた。
乃愛を逃がしたいとは思うが、それ以上に今は彩乃さんに好きにさせてあげたい。
娘が瞳を誇れるようになり、俺が思っている以上に感極まっているはずなのだから。
「すまん、乃愛。今日は耐えてくれ」
「まさかの裏切りですか!? 恨みますからね!?」
「そーいえば瀬凪くんの乃愛への口調も変わってるわねぇ。どうしたの?」
「もう乃愛は対等の存在ですからね。子供扱いはしません。……ま、乃愛にお願いされたからなんですけど」
「青春だわー。きゃー!」
「うるさい」
耳元で黄色い声を上げられたのが嫌で、乃愛の口から今まで聞いた事のない文句が出た。
もしかすると、乃愛は本当に不機嫌になると口が悪くなるのかもしれない。彼女を怒らせないようにしなければ。
「それでそれで、明日は瀬凪くんの誕生日でしょう? デートとかするのかしら?」
「何も考えてませんよ。俺の誕生日だからって、特別な事はしなくてもいいでしょう?」
「誕生日は祝うべきよ! 乃愛は何か考えてなかったの?」
「デートは一応考えてたけど、私は瀬凪さんとゆっくり出来ればそれでいいからナシにするつもり。どうせ夏休みの初日なんて、どこも人が多いし」
乃愛はかなりのインドア派だ。初めてのデートは楽しんでいたが、基本的に室内を好む。
そして夏休みの初日という現実的な理由と俺への気遣いが合わさり、何か特別な事をするつもりはないらしい。
俺の誕生日はそれで構わないが、問題は乃愛の誕生日だ。
「確かにそうだなぁ。……因みに、乃愛の誕生日はどうしようか?」
「私の誕生日も特別な事はいいですよ。というか最初は一緒にお祝いするはずだった気がします」
「そう言えばそうだったっけ。うーん……」
杠家へ初めて招待された時の事を思い出し、思考を巡らせる。
乃愛は満足するかもしれないが、二回連続で家に居るのは付き合ったばかりのカップルとして駄目じゃないだろうか。
「だったら明日はゆっくりしよう。それで、乃愛の誕生日の時はデートしようか」
「いいん、ですか?」
あっさり取り下げたが、やはりデートはしたかったようだ。
蒼と黄金の瞳が輝きを放ち俺を見つめる。
「勿論。後でどこに行くか決めような」
「はい!」
「楽しんでらっしゃいねー! 瀬凪くんと付き合えて良かったわね、乃愛!」
娘の誕生日が充実したものになると分かって、テンションが上がったのだろう。
彩乃さんが乃愛をきつく抱き締めた。
祝われるのは嬉しいが、それはそれとして過剰なスキンシップに乃愛が色違いの瞳をつり上げる。
「良かったけど、いい加減離して!」
「いー! やー! よー!」
彩乃さんがぐりぐりと乃愛に顔を押し付けた。
いくら酔っ払っても、乃愛が本気で怒るかどうかのラインは見極められるはずだ。多分、きっと。
内心ではらはらしつつ、親子のやりとりを見守るのだった。
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