第36話 変化する学校生活

 顔を洗って髪を整え、目の前の鏡をジッと見つめる。

 そこには、色違いの瞳がしっかりと見える女子中学生が居た。


「……よし」


 今更髪を元の長さには戻せないし、戻すつもりもない。

 内心ではこれからのややこしい事態にほんの少しだけ怯えているが、既に昨日勇気は貰った。

 制服に着替えて身だしなみを整え、家を出る。

 瀬凪さんはまだ寝てるんだろうなと思いながら、胸に沸き上がる寂しさを抱えつつ彼の家の扉を通り過ぎようとした。

 しかし、その扉が開いて中から男性が出て来る。

 まさか朝から会えるとは思っておらず、驚きに足を止めた。


「せ、瀬凪さん!?」

「おはよう、乃愛」

「おはよう、ございます。どうしたんですか?」


 眠たげではあるが、いつも通りの優しい笑みに心が軽くなる。

 それはそれとして疑問をぶつけると、瀬凪さんは気まずそうに頬を掻いた。


「あー、偶々いつもより早く起きたら、乃愛が家を出る音が聞こえたからさ。顔を見たいなと思って」

「ふ、ふふっ。そうですか」


 どう考えても瀬凪さんは私を心配して様子を見に来ている。

 昨日は堂々と私を褒めたり慰めたりしたのに、こういう時は誤魔化すのが可愛い。

 大学生に抱く感情ではない気がするが、急いでいたのか髪に寝ぐせがついているので余計にそう思ってしまう。


「朝から瀬凪さんの顔が見れて、元気いっぱいになりました。もう大丈夫です」

「……ならいいんだ。気を付けて」


 私に考えを見透かされたと分かったのだろう。瀬凪さんが苦笑を漏らした。

 そんな姿も愛おしくて胸がどくりと高鳴る。


「はい」

「本当に嫌になったら、学校に行かなくてもいいんだからな」

「分かってますよ」


 私を心の底から心配してくれるお母さんに瀬凪さん。

 最初から対等の存在として見てくれた莉緒さんに成瀬さん。

 私にはこんなにも良い人達が居る。

 その事実を改めて実感し、決して逃げないという意味を込めて頷いた。


「行ってらっしゃい」

「行ってきます!!」


 送り出される言葉を受け取るのは、いつぶりだろうか。

 それは心に染み渡り、私の怯えをあっさりと拭い去る。

 瀬凪さんに笑顔を返し、歩き出した。





 学校に近付くにつれて、人が多くなるのは当たり前だ。

 しかし今日はそれなりに多くの視線が向けられている。

 理由の分かり切っているそれらを無視し、教室に辿り着いた。

 中に入ると、扉付近に居た男子生徒が私を胡乱うろんな目で見て、その後表情を驚愕きょうがくに染める。


「え、だ、誰?」

「……杠です。おはようございます」


 声を掛けられれば答えない訳にはいかない。

 名前を告げると共に挨拶を返し、自分の机に歩いていく。

 ざわざわといつも以上に騒がしい教室だが、そんな事はどうでもいい。

 机に辿り着いて教科書等を机に仕舞っていると、普段私に「根暗」と言っている女子達が近付いてきた。


「今日は随分と雰囲気が違うけど、どうしたのぉー?」

「なーんか張り切っちゃってるけど、まさか中学デビューとか?」

「えー! この時期にぃ?」


 面と向かって悪口は言わないが、かと言って仲良くしようとも思っていない馬鹿にするような態度。

 その裏に「調子に乗るなよ」という牽制が見えたので、こちらもそれなりの対応をさせてもらう。


「今更中学デビューするつもりなんてありませんし、クラスメイトにどう思われようと、どうでもいいです」

「はぁ? じゃあ何よその目は? カラコンとかしちゃってさ」

「これは自前のものです。証明書も学校に提出してますよ」

「あー、そう言えば小学生の頃、オッドアイの子が居たとか友達が言ってたっけ? それアンタなんだ」


 どうやら小学生の頃の私を覚えている人が居たらしい。

 前髪を伸ばしてからは目立たないようにしていたので、てっきり忘れられたと思っていた。

 とはいえ、瀬凪さん以外の人に私の事を覚えられていても、何の感情も抱かない。


「多分そうだと思いますよ。それが?」

「髪を切ったからか知らないけど、いつもと態度が違うじゃない。アンタ――」

「散々悪口を言われてるんです。仲良くなんて出来ないと思いますが」

「「「っ!?」」」


 忘れたとは言わせないという意思を込めて睨むと、彼女達がびくりと身を竦ませた。


「この際ハッキリ言いますけど、私がこの瞳を見せるようになったのは好きな人に近付く為です。人気を得たいからじゃありません」


 私達の様子を見ていた女子の一人が、緊迫した空気を壊すように「きゃー!」と黄色い声を上げた。

 更に、その女子が続きを期待するように見つめてくる。

 彼女の望みに応えたい訳じゃないが、このタイミングで言えるだけ言ってしまった方がいいだろう。


「ついでに言いますと、私の好きな人はこの学校に居ません」


 私の言葉に「えー」と言いたげに眉を下げる女子。

 話を聞いていた男子はというと、テンションが下がっていた。一緒に日直をした男子も落ち込んでいる。

 現金なものだと肩を竦め、突っかかってきた女子達へと視線を向けた。


「なので、貴女達が気になっている男子にはどうぞ全力でアピールしてください。私にとってはどうでもいいですから」


 色恋で敵対する気はないが、仲良くする気もない。

 改めて意思表示をして席に座ると、彼女達は何も言えなくなったのか退散していった。

 最初から飛ばし過ぎたかも、と内心で反省していると、私の発言に大げさなリアクションをしていた女子が近付いてくる。


「さっきのすっごくかっこよかったよ、杠さん。正直あいつらの女子への態度は酷かったから、スッキリした」

「私も。そりゃあクラスで一番顔が良い人達だけどさ。だからって威張ってたら、むかつくに決まってるよ」

「はえっ!? いつの間に!?」


 気が付けば、私の近くにもう一人女子が居た。

 びくりと体を跳ねさせて女子を見ると、少しだけ申し訳なさそうに苦笑される。

 けれど次の瞬間、彼女に肩をがしりと掴まれた。


「というか、オッドアイなんて初めて見た! 綺麗だね!」

「それ私も思った! うわぁ! 凄いなぁ! というか杠さん滅茶苦茶可愛い! ……ぶっちゃけ、あいつらよりも」

「だよねだよね! こんな逸材が埋もれてたなんて!」

「逸材? あの、私はさっき言った通り――」

「好きな人の為に前髪を切ったんでしょ? 分かってるって」


 このままでは勘違いさせてしまう。そう思ってもう一度意思表示をしようとしたら、生温かい笑顔と共に頷かれた。

 瞳に興味の光が――それも異常なくらい強いものが――宿っているのは気のせいだろうか。


「あ、あの、杠さん。少しでいいから、その話を聞かせて欲しいんだけど……」

「狡い! 私も私も!」

「はあ!? 私が先に聞こうとしたんですけどー!?」

「ち、ちょっと!?」


 あっという間に数人の女子に囲まれ、次々と質問される。

 彼女達にどういう対応をすれば良いか分からず、目を白黒させるのだった。

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