第35話 一人で買った服は
空が茜色に染まる中、乃愛と一緒にゆっくりと歩く。
俺と彼女はお互いに一つずつ袋を持っていた。
「瀬凪さんの服を選べて大満足でした。ありがとうございます」
「お礼を言うのは俺の方だよ。今日は凄く楽しかった」
乃愛の服を選んだ後、彼女が今度は逆の立場になりたいと言い出した。
折角なので選んで貰おうと思ったのだが、何故か乃愛が熱中してしまったのだ。
なので満足するまで服選びに付き合った結果、かなり時間が経ってしまった。
それでも、俺の胸は充実感で満たされている。
隣を見れば、満面の笑みが咲いていた。
「私もです。デートがこんなに楽しいとは思いませんでした」
「また行こう。今度はそうだな……。甘い物でも食べに行くとか、どうだ?」
「いいですね! ふふ」
ご機嫌な乃愛が、ゆらゆらと服を入れた袋を揺らす。
夕焼けに照らされた蒼と黄金の瞳の輝きがあまりに美し過ぎて、視線が吸い寄せられた。
「折角ですし、このままスーパーに寄りたいんですけど、いいですか?」
「勿論。まだ片手は空いてるし、荷物持ちにならせてもらうよ」
「でしたら、片手が空いている今のうちに出来る事をしちゃいます!」
お互い服を買ってからは荷物が邪魔になったので抱き着かれておらず、片手は空いたままだった。
そんな空いた手を、乃愛が袋を持っていない手で掴んだ。
柔らかい感触に心臓の鼓動が乱されつつも、しっかりと握り返す。
「どうですか? 瀬凪さんの腕を抱き締めた時よりかは触れてませんけど、どきどきしますか?」
「してるよ。乃愛の手は柔らかいな」
「瀬凪さんの手は骨ばってますね」
お互いがお互いの形を確かめるように、にぎにぎと軽く力を込める。
こんな些細な事なのに、心が満たされるのだから不思議だ。
「というか乃愛の手は小さ過ぎるな。心配になる」
「瀬凪さんの手が大き過ぎるだけですよ」
むっとわざとらしく唇を尖らせる乃愛。
そんな仕草も可愛らしくて、唇に弧を描かせるのだった。
「さてさて。ではお披露目させてもらいます」
晩飯と風呂を済ませ、乃愛が風呂から上がって来るのを待っていると、そんな声が聞こえた。
視線を向けると、乃愛が首だけを脱衣所から出している。
「お披露目? 何かあったか?」
「はい。私が自分で服を選んで買ったの、覚えてますか?」
「そうだったな。それを今から見せるって事は、パジャマか?」
「はい。……あの、私的には結構攻めてるので、笑わないでくれると嬉しいです」
どうやら、これまでの一般的なパジャマではないらしい。
あれはあれで可愛らしくて良かったのだが、攻めたと言われると期待に胸を弾ませてしまう。
「分かった。絶対笑わない」
「では今からそっちに行きますので、後ろを向いててください」
「りょーかい」
脱衣所とは反対の方を向いて待つ。
ぱたぱたと軽い足音が近付いてきて「もういいですよ」と言われたので振り向いた。
「……」
視界に飛び込んできた光景に、思考が停止してしまう。
淡い水色の布地は、ただ薄いだけならば夏用の普通の部屋着だっただろう。
けれど肩が
俺が肩に掛けられている紐に近い布地をずらしてしまえば、隠されている場所が見えてしまいそうだ。
それでいてフリルがついており、無垢さも醸し出している。
「あ、あの、感想をいただけると……」
「え、あ、ごめん!」
乃愛の声に我に返り、慌てて謝罪した。
彼女の顔を見ると俺がジッと眺めていたからか、頬が風呂上がりの火照りでは有り得ないくらい真っ赤になっている。
「可愛いというか、大胆というか……。すごく、いい」
流石にエロいという言葉は飲み込んだ。
どう考えても大学生が口にする中学生のパジャマ姿の感想ではない。
「キャミソールなんですけど、ご好評みたいですね」
「好評は好評なんだけど、もしかしてそれも莉緒の知恵か?」
「はい。思い切ってみました」
「思い切り過ぎだろ。下手したら色んな所が見えるぞ?」
「……分かってますよ。分かった上で着たんです」
羞恥に頬を染め、蒼と黄金の瞳を潤ませつつの発言は凄まじい破壊力だ。
ぐっと言葉を喉に詰まらせている間に乃愛が耳を寄せてくる。
上半身だけを俺に近付けたせいで、外見不相応のそれが見えそうになっていた。
慌てて視線を逸らすが、頭には先程の光景がしっかり刻まれている。
風呂上がりの甘い匂いが香るのと合わせて、頭がくらくらした。
「瀬凪さんなら、見てもいいですよ」
「~~っ! ほら、髪を乾かすから座った座った!」
「はぁい」
一瞬で熱くなった頬を誤魔化すように告げれば、乃愛がくすくすと軽やかに笑って俺の前に座った。
すぐに髪を乾かし始めるが、今までと違って真っ白な背中の上部分が見えてしまっている。
きめ細かな肌に手を伸ばしてしまいそうで、必死に髪を乾かすのに集中する。
そのせいで、髪を乾かし終えた頃にはいつもより疲れてしまった。
「ふぅ……」
「ふふ、お疲れ様です。ありがとうございました」
どうやら、何故俺が疲れているか見抜かれているらしい。
肩を竦めるだけに留めてソファで寛いでいると、髪の手入れを終えた乃愛が隣に座った。
すぐに俺の肩にぽすりと重さが加わる。
「……瀬凪さん。明日、頑張りますね」
「ああ。帰ってきたら一杯甘やかすよ」
明日からはいつも通りの平日だ。つまり、乃愛はクラスメイトに色違いの瞳を見せる事になる。
デートでは最初くらいしか周囲を気にしなかったが、クラスメイトと何も知らない他人は違う。
今日が順調だったからといって、乃愛の不安が消える訳がないのだ。
なのに、俺は帰ってきた乃愛を甘やかす事しか出来ない。
「期待、してます」
安堵の込められた呟きを零し、乃愛が頭を俺の肩に擦りつける。
彼女が満足するまで、その頭をゆっくりと撫で続けていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます