第34話 中学生、お怒りです

 デートを再開した俺と乃愛は、雑談しつつショッピングモールをうろつく。


「瀬凪さんは何かアクセサリーとか身に着けないんですか?」

「昔から鬱陶うっとうしくて着けないんだよなぁ。着けた方が良かったりするか?」

「瀬凪さんは今のままでも格好良いので無理して着ける必要はないですよ。でも、これじゃあお返しが出来ません」

「プレゼントなんだし、お返しをするようなものじゃないって」


 律儀な乃愛にくすりと笑みを落とす。

 お返しなら必要ないし、ある意味では既に貰った。


「ヘアクリップを滅茶苦茶喜んでくれたんだ。送った側からすれば最高のお返しだよ」

「でも……」

「それに、プレゼントを自分の手で乃愛に着けられた。そんなの、男冥利に尽きるだろ」

「うぅ……。そういう返し、狡いです……」


 何も反論出来なくなったのか、乃愛がぐりぐりと顔を腕に押し付けてくる。

 そんな乃愛の髪を軽く撫でるに留めて散策していると、再び乃愛が立ち止まった。


「夏服ってあんまり持ってないんですよね……」

「じゃあ入るか?」


 目の前の店は女性用だけでなく男性用の服も扱っている。

 なので、一緒に入る事に抵抗はない。


「入りましょう! 折角なので、瀬凪さんが私の服を選んでください!」

「乃愛がそれでいいなら。でも、あんまり俺のセンスに期待するなよ?」

「大丈夫です! 瀬凪さんが選んでくれた服ならどんなものでも着ます!」

「それはそれで問題だからな?」


 乃愛が本気で何でも着そうな程にはしゃいでいるので、突っ込みを入れつつ店内に入った。

 女性用のエリアは落ち着かないが、それでも平静を取り繕って服を選ぶ。

 乃愛ならば何でも似合いそうなので、逆に選ぶのが大変だ。

 ああでもないこうでもないと悩んでいると、乃愛が形の良い眉を歪ませた。


「……デート中に言うのは駄目だと思うんですけど、質問していいですか?」

「うん? 俺に答えられる範囲ならいいぞ」

「プレゼントしてくれた時もそうなんですが、デートに手慣れてません? もしかして、元カノさんが家にあんまり来ない分、こういうデートを一杯してたんですか?」

「あー、何だ、その、だな……」


 鋭い突っ込みに思わず顔を顰め、そっぽを向く。

 乃愛とのデートなのだからとなるべく思い出さないようにしていたが、経験が無くなった訳ではない。

 とはいえ口にし辛いので答えにならない声を上げていると、それだけで乃愛は分かってしまったらしい。

 むっと唇を尖らせ、露骨に不機嫌アピールをする。


「やっぱりそうなんですね」

「そうだけど、乃愛とあいつを比べてどうだとか、そんな事は思ってないからな」

「そんな事してたら流石に怒ってますよ。でも、そうなんですよね。瀬凪さんのデート、私が初めてじゃないんですよね……」


 人によってはデートは経験に基づいてリードして欲しい人と、初めてであって欲しい人に分かれる。どうやら乃愛は後者のようだ。

 肩を落としてしゅんと落ち込む姿に、どんな声を掛ければいいか分からない。

 途方に暮れていると、乃愛が自分で復活した。


「よし! 細かい事は気にしないようにします! でも絶対気にするので、元カノさんとした事を全部しましょう!」

「うん? 何でそうなったんだ?」

「同じ事をして私で全部上書きするんです! さあ瀬凪さん、服を選んでください! 選んだ事あるんですよね!?」

「いやまあ、あるけど。……分かったよ。今日全部やるのは無理だから、少しずつやっていこうな」


 こうなった場合の頑固さというか押しの強さは、彩乃さんそっくりだ。

 がしがしと髪を掻き、肩を竦めて降参の意を示す。

 けれど、元恋人を乃愛で上書きするという発言に胸が温かくなったのも確かだ。

 何度もデートしようという遠回しなお誘いに気付いたようで、乃愛が嬉しそうにはにかむ。


「はい。またデートしましょう」

「だな。それじゃあ、乃愛の服を選ばせて貰うぞ」

「よろしくお願いします」


 それからは気合を入れて乃愛の服を選び、いくつか見繕えた。

 当然ながら見繕うだけでは終わらず、試着をして着心地を確かめなければいけない。

 男女共用なので試着室で待つのに気まずさはないが、カーテンの向こうの衣擦れの音が妙に耳に届く。

 そわそわしていると逆に変だと思うので平静を取り繕って待っていると、カーテンが開かれた。


「どうですか? 今日の服と同じ系統ですけど」

「うん、可愛いな。やっぱり乃愛はこういう服が似合う」


 まず着てもらったのは水色のワンピースだ。

 清楚さと可愛らしさを追求する方向で選んでみたが、大正解だった。

 真っ直ぐに褒めると、乃愛はふにゃっと緩んだ笑みを見せる。


「やっぱり、面と向かって褒められると照れますね……。それじゃあ、次にいきます」

「おう。次も楽しみにしてるぞ」


 再びカーテンが引かれ、試着が行われる。

 次に乃愛が見せてくれたのは、ショートパンツにラフなシャツと、ボーイッシュな格好だ。

 前髪を切ったのもあり、蒼と黄金の瞳が活発な服装によく合っている。


「おぉー。こういうのもいいな」

「そう、ですか……? この系統の服を着るのは初めてなので、自信無いんですけど」

「滅茶苦茶似合ってるから自信持っていいぞ」

「うぅ……。今後の参考にさせて貰いますぅ……」


 初めての服装に戸惑っている乃愛の可愛さに笑みを深めつつ、試着を再開する。

 結局、俺が予想していた通り、乃愛の容姿が整い過ぎていてどれが一番か決められなかった。


「うーん。これはもう全部買った方がいいんじゃ……?」

「それって瀬凪さんが払う前提ですよね!?」

「バレたか」

「バレますよ! 今回は絶対自分で買いますから駄目です! なので、どれが一番か選んでください!」

「わ、分かったよ。……これに決めた」


 俺が選んだのは最初に試着した水色のワンピースだ。

 最初に見たからか、この服が一番合っている気がする。


「ありがとうございました。ではこれを買いますね」

「おう。……因みに、一着なんだし俺が――」

「ダ、メ、で、す!」


 大量に服を買う訳じゃないし、元恋人とのデートの際には俺が服のお金を払っていた。

 なので乃愛には悪いと思いつつもその経験を活かしたのだが、失敗したようだ。

 蒼と黄金の瞳に睨まれるだけでなく、腰に手を当ててお冠だとアピールされた。


「あれもこれも買おうとするの、よくないです! 私を駄目人間にするつもりですか!」

「す、すまん」


 中学生に怒られる大学生という存在は、世界にどれだけ居るのだろうか。

 情けなさに頭を下げつつ周囲を見ると、微笑ましい笑みを向けられていた。

 引かれてはいないようだが、これはこれで恥ずかしい。


「という訳で、瀬凪さんは店の外に出ていてください!」

「そこまでしなくてもいいんじゃないか?」

「そこまでしないと、レジで急に払いだすとかしそうです」

「……はいはい。分かったよ」


 頭の片隅で考えていた事を見抜かれ、白旗を上げた。

 くるりと身をひるがえすと、俺の背に乃愛の小さな声が届く。


「それと、追加でもう一着買ってきます。……後で見せますので、期待してくださいね」

「りょーかいだ」


 どうやら、俺に今すぐ見せたくない服があるらしい。

 期待に胸を膨らませつつ、店外に退散するのだった。

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