第33話 瞳の色とプレゼント
美容室を出て向かったのは、元々行く予定だった駅前のショッピングモールだ。
休日の午後なので、予想通りかなり人が多い。
「大丈夫か、乃愛?」
「だ、だいじょぶ、です」
乃愛はインドア派というだけでなく、主に男子から自らに向けられる視線を嫌がっていた。
そんな彼女が前髪を切っていきなりショッピングモールはハードルが高過ぎる。
勿論俺は止めたのだが、乃愛が譲らなかった。
とはいえ平気ではないらしく、彼女は俺の腕にぴったりくっついて身を縮こまらせている。
「うぅ……。視線が、視線がぁ……」
「乃愛は可愛いし、瞳は綺麗だしで視線を集めるのは仕方ないさ」
「嬉しいですけど、今は素直に喜べませんよぉ」
「あと、そうやってくっつこうとして悪目立ちしてる」
「それは早く言ってください!」
乃愛が過剰にくっつくのを辞め、軽く腕を抱き締める程度にしてくれた。
それでも柔らかい感触はあるので、平静な態度を取り繕っているが内心は落ち着かない。
「よし、それじゃあ行くか。適当に、気になった店に入る感じで」
「ですね! 行きましょう!」
それなりの期間家で一緒に過ごしたが、外は買い物以外では初めてだ。
なので、今日のデートは特に目的を決めずぶらつく事にした。
暫く歩くとある程度視線に慣れたのか、乃愛の顔から緊張が取れる。
「瀬凪さんが居てくれるからですかね。視線に思ったよりも耐えられます」
「そんなに俺が役立ってるのか?」
「はい。頼りがいのある『お兄ちゃん』です♪」
「……あざとい『妹』を持つと大変だな。大歓迎だけど」
悪戯っぽい笑顔に苦笑を返し、ゆっくりとショッピングモールを散策する。
すると、乃愛が女性用の小物店で立ち止まった。
「ちょっとだけいいですか?」
「勿論」
乃愛と一緒に店に入り、彼女に着いていく。
彼女は一通り店内を見て、顎に手を当てて唸り声を上げた。
「もっとおしゃれした方がいいですかね?」
「今のままで十分というか、俺は今の乃愛の方が好きだな」
余計な小物を付けず、その容姿の良さを存分に引き出すスタイル。
元が可愛らしさと清楚さを絶妙に混ぜた容姿なので、変にアクセサリーを付けると良くない気がする。
言葉を濁すと不安になってしまうかもしれないので正直に告げると、白い頬が真っ赤に染まった。
「そ、そうですか。じゃあ買わないでおきます」
「でも折角のデートなんだし、何かプレゼントしたいな」
「瀬凪さんとデートするだけで私は嬉しいですし、そこまでしなくてもいいですよ?」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、日頃の感謝も込めてプレゼントさせてくれ」
料理を作ってくれるのは彩乃さんとの約束だからだ。
けれど、その乃愛の行動を当たり前だと思いたくない。
いい機会だからと少々強引に話を進めれば、乃愛が仕方ないなあという風に、けれど確かな嬉しさを滲ませて笑った。
「分かりました。プレゼントされちゃいます」
「おっけー」
今度は俺が主導で店内を見ていく。
先程ああ言った手前、ゴテゴテしたものは避けるべきだ。
そうして悩みながら良い物が無いかと探していると、ふとあるコーナーに視線が吸い寄せられた。
俺の視線の先を見て、乃愛がこてんと首を傾げる。
「ヘアクリップですか? もう前髪を切っちゃいましたけど……」
「前からヘアピンを付けてる姿は見てたから、単にアクセサリーとしてどうかなって思ったんだ。髪を短くしても着けられるしな」
「ふむ……。確かにいいかもです」
乃愛からも好評なようなので、改めてヘアピンを見ていく。
とはいえ乃愛は殆ど黙っており、俺に完全に任せるつもりらしい。
ああでもないこうでもないと頭を悩ませ、ようやく買いたい物を選べた。
「これはどうだ?」
「良いと思いますが、選んだ理由を聞いても?」
「あーっと……。恥ずかしいから、馬鹿にしないでくれると助かるんだが」
「瀬凪さんなりに理由があって選んでくれたんです。絶対にしません」
蒼と黄金の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめた。
その輝きに背中を押され、羞恥が沸き上がるのを自覚しつつ口を開く。
「分かった。……乃愛のオッドアイにぴったりだと思ったんだ」
「オッドアイ?」
「ああ。乃愛のオッドアイって蒼と金だろ? 蒼が青空――ちょっと強引だけど青空で輝く太陽。それと金が夜空に浮かぶ月。……どうだ?」
沸き上がってきた羞恥を抑えていられず、頬が熱を持っているのが分かる。
ありきたりと言えばありきたりだし、理由が理由だ。下手をすると却下されるかもしれない。
そんな恐怖は、歓喜に溢れた笑顔によって吹き飛ばされた。
「えへへ。なんかもう、言葉が出ないくらい嬉しいです」
「……よし。それじゃあこれに決定だな」
あまりに魅力的な笑顔に心臓を打ち抜かれ、見惚れてしまった。
我に返ってレジに向かい、支払いをする。
その際に乃愛がずっとご機嫌だからか、店内に生温かい目で見られた。
美容室でもほぼ同じ目をされたので、今日はこの視線に耐える日なのかもしれない。
「無事に買えたし、早速着けるか?」
「えと、着けるのは帰ってからにしたいです。ここだと、その」
未だに頬を緩めている乃愛が、おずおずと俺を見上げた。
慎重さも相まって上目遣いがおねだりをしているように見える。
「瀬凪さんに、着けてもらえないので」
「着けるくらいだったら、今でもいいぞ」
「ホントですか!? じゃあお願いします!」
蒼と黄金の瞳を輝かせた乃愛の姿に小さく笑み、休憩用にショッピングモール内のあちこちに設置している椅子の一つへと向かう。
乃愛を椅子に座らせ、包装されたばかりのヘアクリップを取り出した。
店員には申し訳ないが乃愛の方が優先なので、折角の包装を破ってそれを取り出す。
今から今かと期待で一杯の乃愛の髪に触れ、短くなった前髪に取り付けた。
「どうですか? 似合ってますか?」
「凄く似合ってる」
「えへへ。良かったです」
月並みな褒め言葉でも乃愛は顔を蕩けさせて喜んでくれた。
そんな乃愛が魅力的だからか、周囲の視線を集めている。
「あんなに喜んでくれる妹、欲しかったな……」
「クッソ羨ましい」
「兄妹かな? 仲良しだねー」
「目の色が違うし、親戚とかじゃない?」
「そうかも。にしても幸せそうだねぇ」
どうやら俺達の関係を
内心で安堵の溜息を零し、乃愛に手を差し出す。
「それじゃあ、デートを再開するか」
「はい!」
乃愛が立ち上がって俺の手を掴み、腕の中に引き込む。
未だに慣れない感触に、緩もうとする頬を押さえつけつつ歩き出すのだった。
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