第31話 アドバイスを得て
乃愛の学校でのテストが終わって少し経った。
今日は休日で、予定していたデートの日だ。
しかし俺と乃愛は、杠家のテーブルで向かい合っている。
「それで、大事な話って?」
「えと、ですね。今日のデートで行きたい場所があるんです」
「乃愛が行きたい場所ならどこにでも一緒に行くけど……」
昨日まで乃愛と意見を
なので、取り敢えず人は多そうだがショッピングモールに行くつもりだったのだ。
勿論、当日になって行きたい場所があるのなら、そっちに行先を変更してもいい。
それにしても、行先を俺に告げるだけなのに妙に緊張している気がする。
「ありがとうございます。その行きたい場所なんですが、美容室なんです」
「美容室?」
「はい。……この前髪を、切ろうと思いまして」
今はヘアピンで抑えている黒髪を、乃愛がそっと触る。
それは彼女の平穏を守る為の、大切な物のはずだ。
まっすぐに俺を見る乃愛の顔は真剣で、簡単に口にした訳じゃないらしい。だからこそ理由が気になる。
「もしかして、莉緒に相談した時に何か言われたか?」
「莉緒さんにはアドバイスを貰っただけですよ。強制された訳じゃないですので、心配しないで下さい」
「だったら、どうして……」
「瀬凪さんに、変わった私を見て欲しいからです」
胸に手を当て、乃愛が
その後、再び見えるようになった蒼と黄金の瞳は、強い決意で輝いていた。
「こう言うのは何ですが、前髪を切ったら私は学校でまた注目を集めます。……もしかしたら、告白されるかもしれません」
「乃愛は顔が整ってるし、その上でオッドアイだからなぁ。こんなに可愛い子なら放っておかないだろ」
乃愛はかなりの美少女だ。顔がそれなりに良いらしい俺とは釣り合わないくらいに。
彼女の想いを知った上で保留にしているので、流石に口にはしないが。
代わりに真正面から褒めると、白磁の頬に朱が咲いた。
「あ、ありがとうございます。自画自賛してすみません……」
「自画自賛してもいいくらい魅力的なんだから、胸を張っていいんだぞ?」
「そんな事出来ませんよぅ……」
もじもじと体を揺らす乃愛だが、こほんと咳払いをして姿勢を正した。
「なので、ですね。男子に告白されても
「毎日顔を合わせてるんだし、乃愛が嘘を言うとは思ってない。でもなぁ……」
俺と一緒に過ごしながら他の男に想いを寄せるとなれば、どこかで必ず綻びが出る。
なので乃愛の言葉を疑うつもりはないが、簡単には頷けない。
「俺の心が弱いから不安が消えないだけなんだ。その為に乃愛が無理をする必要なんか――」
「無理なんかしてません。私がやりたいからやるんです」
俺の為ではある。けれど、その責任を俺に押し付けるつもりはない。
そう乃愛は言っているのに、真っ直ぐで眩し過ぎる言葉は俺の胸を刺す。
僅かに顔を
「私自身、どこかで前髪を切らなければと思っていたんですよ。お母さんとお父さんから受け取ったものを誇れるように」
「それが、今だって事か?」
「はい。なので私が前に進む為に、瀬凪さんを利用させてください」
利用という悪いイメージとは反対に、乃愛の顔には俺に対する悪意が見えない。
澄んだ蒼と黄金の瞳はいつにも増して輝いている。
「私は、平穏な学校生活よりも大切なものを見つけました。この両目を隠したくないという気持ちが、前よりも大きくなりました。だから、もう学校でのトラブルから逃げません」
未だに不安を抱えたままの俺に、ここまで決意を固めた乃愛を止める権利などない。
だからこそ、苦い笑みを落とす事しか出来なかった。
「…………本当に、いいのか? 男子からの告白だけじゃない。きっと女子からは目の敵にされるぞ?」
「大丈夫ですよ。瀬凪さんには申し訳ありませんが、学校では『学校の外に好きな人が居る』とバラすつもりですし。あ、勿論私達の関係は口にしませんので、いいですか?」
「それならある程度はトラブルが減るかもしれないな。バラす事に関しては問題ないぞ」
「ふふ、ありがとうございます」
乃愛に想い人が居るとなれば、男子から告白される回数が減るだろう。
女子は学校での恋愛に乃愛が絡まないと知り、安心するはずだ。
しかし、これまでのような平穏な学校生活が崩れるのは間違いない。
それでも心配事が減って嬉しいのか、乃愛が安堵に表情を綻ばせた。
「ま、仮に私達の関係がバレたとしても、瀬凪さんはお母さんから私の様子を見るように言われてますからね。一緒に居るのに何も問題はありませんよ」
「俺と彩乃さんとの間での取り決めだからな」
「はい。そして、私が一方的に瀬凪さんへ想いを寄せてアピールしている。それだけの事です」
周囲にはバレたらそういう事にしておこう、という乃愛の建前に突っ込み所はない。
俺と乃愛の現状すら利用する強かな少女に肩を竦める。
「分かったよ。それじゃあ、まず美容室に行こうか」
「ありがとうございます!」
「でも約束してくれ。学校で辛い事があったら必ず言う事。それと、だな。良いなと思った人が居たら――」
「居ませんよ。瀬凪さん以外に、そんな人は居ません」
言い辛くはあったが口にしなければと思った言葉は、静かな言葉で遮られた。
中学生とは思えない大人びた笑みを向けられ、どくりと心臓が跳ねる。
「なので、これからの私を見ていてくださいね、瀬凪さん」
「勿論だ。絶対に目を逸らしたりなんかしない」
「よし、これでお話は終わりです! デートに行きましょう!」
真面目な雰囲気を弾んだ声で吹き飛ばし、乃愛が立ち上がった。
小さくはあるが頼もしい姿に、俺は何をしてあげられるだろうか。
その答えは出ず、自分の情けなさに苦笑を零す。
「ああ」
玄関に向かう乃愛を追い掛け、一緒に外に出る。
鍵を閉めてさあ出発という所で、彼女の姿を改めて眺めた。
「ホントは会った時に言うべきだったんだけど、その服似合ってるぞ。滅茶苦茶可愛い」
もう夏と言っても良い季節だからか、乃愛は白のノースリーブに薄水色の夏用のカーディガンを羽織っている。
それらが美しい黒髪に映え、清楚と可愛らしさが絶妙な割合で混ざっていた。
背が小さく
こんな魅力的な姿を見せてくれてありがとう、という感謝の気持ちを込めて褒めると、乃愛の顔が羞恥に染まった。
「が、頑張ったので、そう言ってくれると嬉しいです……」
「そっか。頑張ってくれてありがとな」
「いえ……。それと、瀬凪さんも、かっこいいですよ」
未だに頬を羞恥に満たされつつも、乃愛が俺の服を褒めてくれた。
潤んだ蒼と黄金の瞳に上目遣いで見つめられ、その色っぽさに俺の頬にも羞恥が宿る。
「あ、ありがとな。それじゃあ、行くか」
「はい、行きましょう。折角のデートですから、こうしてもいいですか?」
そう言って乃愛が俺の腕を掴み、胸に引き寄せた。
薄い服越しに伝わるそれなりに大きい物の柔らかさに、心臓が拍動のペースを速める。
初めて膝枕された時に気付き、なるべく意識しないようにしていたのだが、やはり年齢と体格に不釣り合いな大きさだ。
「……流石にこれは駄目じゃないか?」
「年上の男性への一方的なアピールですよ。妹か、若しくは年が離れすぎて恋愛対象外の女の子にじゃれつかれたと思っていただければと」
「そういうの、嫌なんじゃなかったっけ?」
「今回は私の容姿と年齢を最大限活用させてもらいます。年下なりの悪知恵ってやつですよ」
「意外と
どうやら開き直って今の立場を利用する事にしたらしい。
鋭い突っ込みを入れるが、乃愛は小悪魔のような笑みを浮かべるだけだ。
「そうですよー。ほらほら、行きましょう?」
「……当たってるんだが」
「当ててるんですよ♪」
何だかんだで恥ずかしいらしく、そう口にした乃愛の頬は真っ赤だった。
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