第12話 一緒に買い物

 乃愛ちゃんと一緒に晩飯を摂るようになってから数日が経った。

 今日は以前約束した、一緒にアニメを見る日だ。

 しかしその前にしなければいけない事があるので、水樹家で乃愛ちゃんからの連絡を待っている。


「……ん。準備出来たか」


 スマホをポーチに入れ、玄関の扉を開ける。

 すると、丁度隣の家から乃愛ちゃんが出てきた。

 最近は常に前髪をヘアピンで纏めていたので、両目が見えない今の状態が久しぶりに思える。


「こんにちは、瀬凪さん。付き合っていただいてありがとうございます」

「こんにちは、乃愛ちゃん。いつも料理を作って貰ってるからね。荷物持ちくらい喜んでだよ」

「ふふ、ありがとうございます。お詫びと言っては何ですが、今日のお昼と夜はいつも以上に頑張りますので!」


 ぐっと体の前で両拳を握る乃愛ちゃん。

 今は蒼と黄金の瞳が見えないが、きっと決意に満ちているのだろう。


「期待してるね。今日は俺も時間があるし、手伝って欲しい事は遠慮なく言ってくれると嬉しいな」

「いつも通りで大丈夫ですよ」

「そっか。じゃあ取り敢えず行こうか。あんまりゆっくりしてると、昼時のスーパーは込みそうだ」


 口元に柔らかい笑みを浮かべているので、いつも通りあまり手伝えないようだ。

 強引に手伝うのも乃愛ちゃんに悪いと思い、「はい!」という元気な返事を受けるだけに留めておく。

 それからは特に会話もなく、けれど気まずい空気にもならず、スーパーに到着した。


「今日の昼と夜のメニューは決まってるの?」

「今から食材を見て決めますね。瀬凪さんが食べたい物があれば優先しますけど」

「……乃愛ちゃんには悪いけど、特に無いなぁ」


 完全に任せるのは、任せられた側からすると大変なはずだ。

 なので眉を顰めながら告げれば、くすりと小さく笑われた。


「気にしないで下さい。瀬凪さんは何でも美味しそうに食べてくれるので、作りがいがあります」

「そう言ってくれると助かるよ。実際、乃愛ちゃんのご飯は美味しいし」


 献立に本気で悩んでいるようなら案を捻り出そうと思っていたが、心配は無用のようだ。

 俺の言葉に嬉しそうにはにかむ乃愛ちゃんと一緒に、スーパーを物色する。

 とはいえそれも長くなく、次々と食材を俺の持っている籠に放り込み始めた。


「ホント、手慣れてるね」

「もう当たり前になっちゃいましたからねぇ」

「……この量を毎日買うのが当たり前なの?」


 俺の籠の中身は既に結構な量になっている。

 自分では男性の平均の筋力はあると思っているが、そんな俺でも重さを感じるくらいだ。

 顔を引き攣らせて尋ねれば、乃愛ちゃんがわざとらしく顔を逸らす。


「い、いえ、流石にここまでは買いませんよ。重いですし」

「なら何で今日だけ?」

「えっと、それは、ですね。……瀬凪さんなら、明日の分の食材まで持っても大丈夫そうだな、と」


 今日は俺が荷物持ちだからと、多めに買っているらしい。

 正直に、けれどおずおずと話す様子からすると罪悪感を抱いているようだ。

 確かに重くはあるが、この程度で目くじらを立てるつもりはない。


「そういう事か。ならドンドン食材を入れてね」

「いいん、ですか?」

「元々俺の役割は荷物持ちだからね。その荷物が一日中分の食材か、それとも二日分の食材かなんて些細な事でしょ」


 肩を竦めながら応えれば、乃愛ちゃんの口元が嬉しそうに緩んだ。


「ありがとうございます。じゃあ甘えちゃいますね」

「そうしてくれると嬉しいよ。というか、やっぱり普段から俺が買い物に付き合った方が楽だよね?」


 これまで食材の買い出しは乃愛ちゃんに任せていた。

 勿論、何も言わなかった訳ではない。

 けれど「慣れてますので任せて下さい」と言われて、引き下がるしかなかったのだ。

 再びの提案は断られるかもしれないと思ったのだが、乃愛ちゃんは顎に手を当てて考えだす。


「うーん。実際、二日分のご飯を一度に買えるのは、楽ではあるんですよね。しかも二人分……」

「そりゃあそうだよね」

「でも、瀬凪さんの迷惑になりませんか? バイトが無い日はゆっくりしたいと思うんですけど」

「買い物くらいどうって事ないよ。というか、一度断った理由ってそれもあったの?」

「えと、はい。お疲れでしょうし、休んで欲しいなって」


 毎日スーパーに通うのは極端な疲労こそしないものの、楽だとも言えないはずだ。

 なのに、乃愛ちゃんは俺の事を考えていた。

 優し過ぎる少女を労いたくて、空いている手を頭へと伸ばす。

 普段からお礼として撫でており、今回もいつもと同じく無抵抗で俺の手を受け入れた。


「ありがとう、乃愛ちゃん。でも、気にしないで遠慮なく頼ってね」

「で、でしたらタイミングが良い時は買い物に付き合ってくれませんか?」


 可愛らしいおねだりを断る理由など、当然無い。


「勿論」

「ふふ、ありがとうございます」


 手を頭から離すが、それでも楽し気に笑いながら買い物を続ける乃愛ちゃん。

 上機嫌だからか、周囲の声が耳に入っていないらしい。


「あらあら、微笑ましいわねぇ。兄妹かしら」

「荷物持ちをしてくれるお兄ちゃんと、料理をする妹って感じ? いいわぁ」


 俺と乃愛ちゃんが黒髪で、かつ結構な身長差があるからか、兄妹と思われているらしい。

 もし乃愛ちゃんの瞳や整った顔立ちを見れば、血の繋がりが無いのは一発でバレるだろう。

 そうならなかった事に安堵しつつも、やりすぎだったと反省する。


「瀬凪さん? 何か買いたい物があるんですか?」

「いや、無いよ。ごめんね」


 周囲の言葉に反応した俺を、乃愛ちゃんが見上げる。

 首を振って応えつつ、荷物持ちを頑張るのだった。

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