第四話 ある日森の中、猫さんに

 勘当を言い渡されてから二日。


 荷物をまとめた。と、言っても、剣二本と地図。それにナイフとランプとロープをかばんに詰め込んだ。ずっと屋敷に住んでいた僕だ。何を持っていけば良いのかわからない。


 ――さあ、出ていくか。


 「見送り……。はは。誰もいないや」


 屋敷の門をくぐり、歩き始めると、後ろから声が聞こえる。


「ライカ坊っちゃん! ライカ坊っちゃん」

「料理長さん」

「さみしくなります。これ、道中にお召し上がりください」


 お弁当だ。皆が僕に対して冷たく接し始めても、料理長さんだけは優しかったな。


「ありがとう。またどこかで会えたら。さようなら」

「どうか、お元気で……」


 料理長さんは、僕の姿が見えなくなるまで、屋敷の門で僕を見送ってくれた。


「えーっと、別荘はどこにあるんだ? 北東の森を抜けた先かぁ」


 別荘随分と遠い場所にある。しかも、森には最近まで、出現することがなかった魔獣もよく出ると聞く。

 

 「馬車くらい、貰ってくればよかったな。でも僕、馬の手綱、操れないしな」


 ――まさか、魔物が出ると知って、僕をわざわざ森の先にある別荘に……。


「ガルルルルルルルル」


 ――わ、早速、魔獣がいるじゃないか……見つからないように進もう。


 取り敢えず、双剣を鞘から抜き、気配を消しながら進む。

 熊のような形をした魔獣は赤いたてがみを生やしている。何かに夢中になっているようだ。よくみると、前足が小さな虎柄の白猫を押さえつけている。


 ――かわいそうに……。でも、不意打ちなら、あの魔獣を倒せるかもしれない。


 背後から、魔獣の弱いところを狙えば……。いや、魔法剣でないと魔獣の皮膚は貫けない。


「弱点を……どこだろう……あの魔獣の弱点」

「キィィィィィン」


 二本の剣が七色の光をまとい、浮かび上がる。

 次の瞬間、剣が魔獣に向かって、飛んでいく。そのスピードはまるで雷のような、流れ星のような、光の尾をつける。


 一瞬の出来事だった。二本の剣は熊のような魔獣の脇腹から、あばら骨を綺麗に避け、心臓に深々と突き刺さった。


「な! なんだ! 僕は何をしたんだ……」


 何が起こったのかはわからないが、白猫を助けることはできたかもしれない。僕は、白猫に近づく。


「ひどい、傷だ……大丈夫?」


 力なく、ぐったりしている白猫を僕は抱きかかえる。

 

 魔獣の爪で引き裂かれた傷からは、血が流れている。気を失いかけている白猫を、僕は優しく撫でる。


「……タ……ビ」

「ん? 変な鳴き声だな」


「マタ……タビ……」

「マタタビ? コイツ、喋っているのか?」


 空耳ではない。はっきりと『マタタビ』って言ったぞ。


「マタタビってなんだ? おい! 猫」

「人間……マタタビをよこせ」


 やっぱり、人語を話している。だけど、マタタビってなんなんだろう。聞いたこともない。


 僕は、そっと白猫を地面に下ろし、とりあえず、魔獣の心臓に突き刺さった二本の剣を抜く。


「マタタビかぁ。なんだろう。マタタビ……マタタビ」


 キィィィィィンという音とともに、剣が七色の光を放つ。次の瞬間、剣は僕の手を離れ、森の草木に向かって飛んでいった。


「あ! どこに行くんだよ! 僕の剣」

 

 剣を追いかけ、飛んでいった方向に走っていく。僕のスキルは、暴走しているのだろか。さっきも勝手に魔獣に向かって飛んでいったし。


 でも、すごい威力だったな。あの分厚い毛皮を貫いて、心臓を一突き、いや、二突きだったもんな。


「おーい! 僕の剣〜! どこ行っちゃったんだよ〜」


 一体どこまで飛んでいったのだろう。方向は間違っていないと思うのだけど、なかなか剣が見つからない。


 更に、一〇分ほど歩いただろうか。

 やっと、地面に深々と刺さった二本の剣を見つけた。


「あった! って、どんだけ深く刺さってるんだよ」


 剣を抜こうにも、こんなに深く刺さっていたら簡単には抜けない。


 「ダメだ……僕の力じゃ抜けないや。あ……」


 昔、料理長さんに教わったっけ、『トラッカーズヒッチ』だっけな。ロープの結び方で、滑車と同じ原理で重たいものも簡単に持ち上げられるのがあったな。


 僕は、鞄からロープを出し、木の幹と剣のつばにくくりつける。教わった通りの結び方をすると、地面に深々と突き刺さった剣が抜けていき、終いにはボコッと土ごと掘り返された。


「よし! 良かった。抜けた」


 ――ん? なんだこれ?


 掘り返された土と一緒に、掘り返された緑色の鉱石らしきものが、地面に転がっている。


「綺麗だな。持って帰ろう。売れるかもしれないし」


 剣を回収した僕は、白猫のもとに戻る。あの傷だ。もしかしたらもう死んでいるかもしれないな……。もうちょっと早く助けてあげられたら良かったんだけど。


 そんなことを考えながら、来た道を戻っていく。


「おーい、白猫〜。まだ生きてるかー?」


 近寄ると、小刻みに震えながら、地面に横たわる白猫がいる。

 その瞬間、僕の背後の草木がガサガサと音を立てる。


 慌てて振り返ると、先程の魔獣の倍以上の大きさの、大熊のような魔獣が現れたのだ。

 僕は、驚き、思わず尻もちをついてしまう。その反動で、手に持っていた剣と、緑色の鉱石を落としてしまった。


 ――やばい、でかい……殺される……。


 僕は、自分の命を諦めて、目を瞑ってしまった。


 先ほど、僕の手から落ちた緑色の鉱石は、横たわる白猫の鼻先にある。


「クンクン!! マタタビにゃ♥」


 その鉱石の臭いを嗅いだ白猫は、ガリガリとがっつくようにかじりついた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 白猫の身体からは、蒸気のような、煙のようなものが吹き出しはじめ、辺りを包み込む。


 煙のせいで、良く見えないが、薄っすらと大きな影が現れるのであった。

 一体、何が起こっているのか。


 煙が晴れた、次の瞬間、そこには熊の魔獣より更に大きい、白虎が姿を表した。

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