こぼれ話④それは───こうして始まった


※※※



 部屋に光が差し込んだのを感知して、ノルンがスリープ状態から起動状態へ移行すると────隣で眠っていた、ノルンの主の一人であるリゼラが起き上がって、ノルンに向かって微笑んだ。


「おはよう、ノルン」

「おはようございます、マスターリゼラ」


 リゼラが自分を見て、自分に微笑んで、言葉をかけてくれるこの瞬間が────ノルンは、何よりも大好きだ。


 リゼラは、お風呂場に設置された【除去クリアランス】で身綺麗にしてきてから、【換装エクスチェンジ】で自分の着替えをさっさと済ませると、ノルンに向き直った。


「さてと、ノルンも着替えようか」


 リゼラが【遠隔リモート・管理コントロール】で、木造りの小さいハンガーラックを取り寄せる。


 ハンガーラックには、子供服が幾つもかけられていた。


「今日は、どれを着る?エプロンドレスも捨てがたいけど…、こっちの“セーラーカラー”のワンピースも可愛いよね」


 ノルンの服は、すべて───ルガレドとリゼラの配下であるラナが作ってくれたものだ。


 ノルンは、ラナも大好きだ。


 実体で初めて会ったとき、ラナは、ノルンを「可愛い」と言って抱き締めてくれて、その場で服を作ってくれた。


 それ以来、ラナは次々にノルンの服を作ってくれて、ノルンの服は着々と増えつつある。


「どれがいい?ノルン」

マスターリゼラが選んでください」

「いいの?」


 ノルンが頷くと、リゼラは微笑んで、“セーラーカラー”とやらのワンピースを手に取った。


「昨日はエプロンドレスだったから、今日はこっちのワンピースはどう?」

「はい、そうします!」


 ノルンは、【換装エクスチェンジ】を真似て、リゼラの手に取られたワンピースに替える。今まで着ていた寝間着代わりのワンピースは、リゼラ専用の【異次元収納庫】へと送る。


 少しずつ増え始めたノルンの持ち物は、リゼラの【異次元収納庫】に入れさせてもらっているのだ。


 リゼラは、そのうちノルン専用の収納庫を創ろうと言ってくれているけれど───ノルンは、リゼラがこうやって構ってくれるなら、今の状態でも良いと思っている。



「ふふ、思った通り可愛い。ラナ姉さんに作ってもらった甲斐があったな」


 リゼラがそう言って笑みを零したので、ノルンも嬉しくなった。


「髪型はどうしようか?ツインテール…、ポニーテールでもいいな。三つ編みも捨てがたい…」

マスターリゼラと同じがいいです!」

「ふふ…、それじゃ、お揃いにしようか?」

「はい!」


 リゼラの今日の髪型は、それぞれ左右の耳の上の一房を編んで、その2本の三つ編みを後ろでまとめてバレッタで留めた───ハーフアップだ。


 リゼラは、慣れた様子でノルンの艶やかな銀髪を編み、ワンピースと共布で作られたリボンを取り寄せて───まとめた三つ編みに器用に結んだ。


「時間が空いたら、ノルンにも髪飾りを作ってあげるね。どんなのがいい?」

マスターリゼラとお揃いのものがいいです」

「解った。じゃあ、まずは私とお揃いのバレッタを作るね」

「はい!」


 リゼラの言葉が凄く嬉しくて────ノルンは、満面の笑みを浮かべて頷いた。



◇◇◇



 ルガレドとリゼラは、現在、拠点スペースに収めてあるルガレドの邸で寝起きしている。


 新しいお邸は、主寝室が夫婦の部屋になっており───その両脇に夫、妻、それぞれ専用の小さな部屋が設けられていた。


 ルガレドとリゼラは、婚約の段階であるため、そちらを使わず、ルガレドの邸で生活しているのだ。



 リゼラは、まだ新しいお邸へは跳ばず、お弁当を作るために厨房へと赴いた。勿論、ノルンもそのまま、リゼラについて行った。


「今日は、何にしようかな」


 考え込んでいるリゼラの横顔を、ノルンは楽しい気分で眺める。


 以前、もう一人の主であるルガレドが、リゼラが一心に考える顔は綺麗だと言っていたが────ノルンもそう思う。


「おはよう、リゼ」


 そこへ、当のルガレドがやって来た。朝が苦手なルガレドは、大抵、リゼラより少し遅れてくる。今日は、早い方だ。


「おはようございます、レド様」


 微笑んで挨拶をしたリゼラに、ルガレドは相好を崩す。


 ノルンと同じく────リゼラが自分を見て、自分に微笑んで、自分に言葉をかけてくれることが嬉しいのだろう。


 リゼラとルガレドの配下であるカデアが、こういうのを“デレデレしている”というのだと教えてくれた。その言葉は、ルガレドだけを表し、ノルンの場合は当てはまらないのだそうだ。


 二人を観察していると、ルガレドがノルンの存在にやっと気づいた。


「ノルン────もしかして、昨日もリゼと一緒に寝たのか?」

「はい、マスタールガレド。私は、昨日もマスターリゼラのベッドで───マスターリゼラと一緒に眠りました」


「ノルン、新しい邸にお前の部屋も設けただろう?ちゃんと、そっちで寝ろ」

「いやです!私は、マスターリゼラと一緒に眠りたいんです!」


 最近───ルガレドは、ノルンがリゼラと一緒に眠ることに難色を示すようになった。ノルンは、そろそろルガレドを敵認定してもいいのではないかと考えている。


「レド様、ノルンはまだ幼いですし、誰かが一緒に寝てあげないと」

「だったら、カデアのところへ行け」

マスターリゼラがいいんです!」


 ノルンは、リゼラの腰にしがみつき、ルガレドに向かって叫ぶ。


「駄目だ。リゼは、もう少ししたら、俺と寝室を共にするようになる。今から、ちゃんと自室で寝るように習慣づけろ」


 ルガレドの言葉に、リゼラは顔を真っ赤に染めて絶句する。


 このままではマズいと悟ったノルンは、しがみつく手に力を入れて、リゼラを見上げた。


マスターリゼラ───マスタールガレドと一緒に眠るときは、自分の部屋で眠ります。だから…、それ以外の夜は一緒に寝てもいいでしょう…?」


 ノルンが目を潤ませて訴えると、リゼラは一瞬、うっ、と言葉を詰まらせてから────ルガレドへと視線を向けた。


「レド様…、ノルンもこう言っていますし───レド様と、その…、寝室を共にしない日は、ノルンが私と一緒に眠ることを許してはいただけませんか?」


「リゼまで────何を言っている。寝室を共にしない日なんてあるわけがないだろう」

「はい?」


「結婚したら、毎日、寝室を共にするに決まっているだろう」

「え、ええっ?いえ、だって────王侯貴族の場合、そ、その…、夫婦の営みがあるときだけ夫婦の寝室で────それ以外の日は、それぞれの寝室で眠るって────」

「他人のことはどうでもいい。俺はそうするつもりはない。結婚したら、毎日、一緒の寝室で眠る」

「え、そんな────毎日って」


 リゼラは再び顔を真っ赤にして、狼狽える。


マスタールガレド、我が儘を言わないでください!マスターリゼラを独り占めしようなんて、ズルいです!」

「リゼは俺のだ。独占するのは当たり前だ」

「そんなことないです!」

「ちょ───二人とも」


 こうして、ノルンとルガレドのしょうもない戦いの火蓋は切って落とされ───レナスに呼ばれたカデアにより一時中断したものの───それは長期に渡って何度も勃発したのだった…。

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