こぼれ話⑤お嬢様、お茶をどうぞ
「おはようございます、殿下、リゼラさん」
下級兵士用の調練場での鍛練、朝食、仲間たちとの鍛練───それらの日課を終えて、レド様と二人で、皆より一足先にエントランスホールへ跳ぶと、いつもの侍女服ではなく、ワンピース姿のセレナさんと出くわした。
「おはよう、セレナ」
「おはようございます、セレナさん」
セレナさんは、今日は侍女の仕事はお休みだ。
全員に、週に一度の休息日を設けているので───カデア、アーシャ、ラナ姉さん、セレナさんの4人は、重ならないように交代で休息をとるようにしている。今日は、セレナさんの番というわけだ。
「あの…、殿下───本日、図書室を利用してもよろしいでしょうか…?」
「ああ、勿論だ。好きに利用するといい。何なら、部屋に持ち帰って読んでもいいし、サンルームに持ち込んでも構わない」
「ありがとうございます…!」
セレナさんは、嬉しそうに破顔して、弾んだ声音でお礼を述べる。
レド様は、休息日に仲間たちが───拠点スペースに収めてある、レド様のお邸に設けられた図書室やサンルームで過ごすことを許可していた。
読書好きのセレナさんが図書室を利用するのは、これで2回目となる。
ふむ、セレナさんは───今日も、レド様のお邸で過ごすのか。
私は、セレナさんの今日の格好を見る。控えめにフリルを重ね、ローウェストで切り替えるタイプの───ふんわりとした白いワンピースだ。
清楚な印象を与える上、大変可愛らしく───セレナさんに、とても似合っている。さすが、元伯爵令嬢。お嬢様と呼ばれるに相応しい。
これは────いいタイミングだ。
懐中時計で時間を確かめる。出かけるにはまだ早い。
「レド様、申し訳ありませんが────30分だけお時間をいただいてもよろしいですか?」
「それは構わないが…」
突然の私の申し出に、レド様はちょっと目を見開いて歯切れ悪く応えた。
「ありがとうございます、レド様」
私は許可をくれたレド様に笑みで返すと────今度は、セレナさんに顔を向ける。
「セレナさん、少し付き合ってくれませんか?」
◇◇◇
サンルームの一角にある───小さな円いカフェテーブル。セレナさんをそこに座らせると、私は、まず着ているものを【
それから、【
続けて、程よく温かい紅茶が入ったポットと、ポットとお揃いのカップアンドソーサーも取り寄せる。
私は、ポットから紅茶を注ぐと───お皿の傍に、ソーサーに載せたカップを、静かに置いた。
うん───やっぱり絵になる。
セレナさんとテーブルを見て、私は一人頷く。
円いカフェテーブルに置いた“スコーン”と“紅茶”に、“可愛らしいお嬢様”であるセレナさんは、とてもよく似合っていた。
出来れば、給仕をするのは“メイド”よりも、ロルスかウォイドさん扮する“老執事”にやって欲しかったけど。
それに、カフェテーブルには、白いテーブルクロスをかけられたら、完璧だったのに。いや、それを言ったら────ポットやカップにも、もっと拘りたかった…。
まあ、今回は急だったし───仕方がない。私は溜息を吐いて、諦める。
「どうぞ───セレナお嬢様。本日のスウィーツは、“スコーン”でございます。こちらの“クロテッドクリーム”と苺ジャムを添えて、お召し上がりください」
私が侍女を装って、恭しく───できているかどうかは判らないが、そう勧めると、セレナさんは何故か顔を真っ赤にして、あたふたとしている。
「え───あ、そ、その…」
セレナさんのその狼狽える様子が可愛くて、私は思わず笑みを零した。
「ふふ…、ごめんなさい。これ、今朝作ったばかりのお菓子なんです。ぜひ、セレナさんにも食べて欲しくて」
「わ、私に?」
「ええ。前世の世界のお菓子なので、お口に合うか判らないですけど、よかったらどうぞ」
私がそう言うと、セレナさんは身に纏っているそのワンピースのような、ふんわりとした微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。とても────嬉しいです…」
スコーンは、セレナさんのお気に召したようだ。
セレナさんは、美味しい────と、その口元を綻ばせた。
スコーンを食べ終え、紅茶を飲みながら────セレナさんが、ふと私に訊ねた。
「あの…、ところで────リゼラさんは、どうして侍女の格好をしているのですか…?」
「ええと…、これはですね────何となくです」
お嬢様のような身なりをしたセレナさんに給仕してみたかったからとは言えず、私は言葉を濁す。
「何となくで────リゼラさんは、侍女までできてしまうのですか…。私より────いえ、ディルカリド伯爵家にいた侍女などよりも、よほど侍女らしかったです…」
セレナさんは、ちょっと落ち込んだように眉を下げた。
「私は以前、しばらく侍女の修行をしていたことがあるので、まったくの素人というわけではないんですよ」
「そうなんですか?」
私がそう言うと───セレナさんは下がっていた眉を上げたばかりか、目を丸くした。
その表情がとても可愛かったので、私はまた笑みを零しながら、紅茶のお替りを注ぐ。
「あ───そろそろ30分経ちますね。もう戻らないと…」
レド様にお待ちいただいている。
「セレナさんは慌てる必要ないですよ。ゆっくりお茶してください。ポットもカップもこのまま置いておいてくだされば、いいですからね。それでは───私はこれで」
私は空いたお皿だけを厨房へと転移させて、セレナさんに告げる。
「あ────あの、リゼラさん…!」
背を向けようとした私を、セレナさんが躊躇いがちに呼び止めた。
「ど、どうもごちそうさまでした…!」
セレナさんは立ち上がって、ぺこりとお辞儀をする。
「そ、それで───それでですね…、あの…、つ、次は───侍女なんかじゃなくて…、その、一緒に…」
頭を上げたセレナさんが顔を真っ赤にして、一生懸命に言葉を紡ぐ。その内容に嬉しくなって、私は口元を緩めた。
「ええ。次は、一緒にお茶をしましょう。そのときまでお菓子をたくさん作っておきますので、楽しみにしていてください」
「はい…!」
◇◇◇
セレナさんとお茶するときに出すお菓子は何を作ろうかな────などと考え込みながら、新しいお邸へと跳ぶ。
小さめのケーキを幾つも作って───あのお皿が三段になっているの、確か…、“ケーキスタンド”って言ったっけ────あれに並べてもいいな。
「お待たせしました、レド様」
「ああ、リゼ───っ?!」
「レド様?」
何故か、私を見たレド様とレナスが、眼を見開いて固まってしまったので────私は首を傾げる。
私の護衛をしてくれていたジグが後ろから姿を現し、私に告げる。
「リゼラ様───侍女服のままです」
「え?───あっ!」
服を替えるのを忘れてた…!
「待て────リゼ。そんな格好で、一体何をしていた…?」
慌てて【
「いえ、その…、セレナさんに今朝作ったお菓子をですね───食べてもらおうと、ちょっと給仕を…」
「何故、主であるリゼが侍女のセレナに給仕をする必要がある?」
「う、その…、今日作ったお菓子がですね、お嬢様のようなセレナさんに似合うというか────ただ出すだけでは勿体なかったというか…」
「へえ、そうか…。それで?それは────俺の分もあるんだよな?」
「も、勿論、あります」
「俺も────リゼに給仕をしてもらえるんだよな…?」
「………はい、させていただきます…」
レド様の重圧に私は頷くしかなかった。
その後───何故か、休息日には私がお茶の給仕をしてくれるという噂が、仲間たちの間に流れて────セレナさんに給仕した事実があるだけに、他の仲間たちにはやらないわけにいかず、レド様に渋られながらも、私は侍女服姿を仲間たち全員に曝す破目になってしまったのだった…。
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