こぼれ話②レシピと硝子ペン
「リゼ、ここにいたのか」
図書室で作業に没頭していた私は、レド様に声をかけられて我に返った。
「レド様」
今日は、レド様とは別行動をしていた。
私の方が早くお邸に帰ってきたので、レド様が帰って来るまでちょっとした作業をやろうと図書室に籠っていたのだけど────
「すみません、レド様。お帰りになったことに気づかなくて────お出迎えしようと思っていたのに…」
「いや、それだけ集中していたのだろう?ところで、何をしていたんだ?」
レド様は私の傍まで来ると、私の手元を覗き込んだ。
「これは────料理の手順…、か?」
「ええ、料理の材料と分量、作り方の手順です」
ロイドによれば、書類作成をする上で大事なのは書式と読み易い文字とのことなので────文字を書く練習を兼ねて、B4サイズの羊皮紙と硝子ペンを使用して、前世の料理やお菓子のエルディアナ語版レシピを作っているのだ。
「書きためたら製本して、レド様やカデアも閲覧できるように、厨房に置いておくつもりですので───私がいないときに作りたくなったら、活用してください」
「それは、ありがたいな。それがあれば────俺がリゼに作ってあげることもできる」
レド様は嬉しそうに頷く。レド様のそのお気持ちに、私も嬉しくなって笑みを零した。
「ところで───こっちは何だ?これは…、本か?それに、これは───筆記帖なのか…?」
レド様は、“原本”を見て驚愕の表情を浮かべた。
“原本”───【
前世でよく作っていた料理はともかく、偶に作っただけのお菓子などは、さすがに細々とした材料や分量は覚えていなかったので、毎回【
そこで、前世の私が愛用していた“お菓子のレシピ本”を再現したのだ。
「ええ。私の前世の世界のものです」
「…これは、すごいな。どちらも紙が滑らかで書き易そうだし、この───本の文字も、絵も…、どうしたらこんなに綺麗に描けるんだ?」
「いえ、それは手描きではないんです」
「では、どうやって描かれているんだ?」
…ええっと、どう説明したものかな。
結局───“印刷技術”のことは、上手く説明することができなかった。
“活版印刷”ならともかく、前世の私が生きていたあの時代の技術は、正直、利用してはいても理解していたわけじゃない。
「…今度、記憶を探っておきます」
「そんなに気張らずに────気が向いたらでいいからな」
レド様は口元に小さく笑みを浮かべて、項垂れる私の頭を優しく撫でた。
「こっちのは、手書きか?」
レド様は、レシピ本からレシピノートへと視線を移す。B5サイズのバインダーだ。
「ええ、前世の私が書きためたものです」
祖母や大叔母に習った和食のレシピや、兄が教えてくれた洋食のレシピなどだ。後は自分で調べたもの。
“スマホ”を持つ前は、図書館でレシピ本を借りてきて、写したりしてたっけ。“スマホ”を持ってからは、“ネット”を使ってレシピや“動画”で調べて、メモを取ったりしてたな。
だけど、やっぱり一番作っていたのは、祖母に習った和食だ。
「リゼは、生まれ変わる前から、努力家だったんだな」
「凝り性なだけですよ」
レド様からそんな風に褒められると、何だか面映ゆい。
「それにしても…、この本や筆記帖を見ただけでも、リゼの前世の世界というのが凄いところだと判るな…。本当に、“違う世界”だ」
「“私の前世の世界”というよりは───“前世の私が生きていた時代”が、ですね。少し時を遡れば、そこまで変わらない気がします」
「そうなのか」
「ええ。ただ…、もしかしたら───古代魔術帝国時代の方が、私の前世の世界よりも、技術は発達していたかもしれません」
そう言うと、レド様は軽く目を見開いた。
「あ───悪い。リゼの作業の邪魔をしてしまっているな」
レド様が、すまなそうな声音で言う。
「いえ、いいんです。どの道、レド様が戻られるまでだけにしようと思っていましたから。続きは、寝る前にやります」
「本当に?」
「ふふ、本当ですよ」
私は笑ってそう返しながら、広げたものを片付け始める。
「それ────使ってくれているんだな…」
レド様が、ぽつりと呟いた。レド様の目線を辿ると────そこには、硝子ペンがあった。
それは、自室のライティングデスクと共に造り付けられた棚に収められていた────セアラ様の形見の品だ。
「ええ、使わせていただいています。これ────お気に入りなんです」
セアラ様の硝子ペンは3本ある。
だけど、私はこれが一番気に入っていて────いつもこれを使っている。
透明感がありながら、前世の“桜”の花びらのように淡く“桜色”に色づいているのも────繊細で複雑につけられた模様も、いつまでも眺めていたい美しさだ。
「そうか…。それは────嬉しい。その硝子ペンは…、俺が母上に贈ったものなんだ」
レド様が喜びを滲ませて、柔らかく微笑む。
「え───そ、そんな大事なものだったんですか…!?ど、どうしよう───私、これ、【
多分、私の手に合わせて、微妙に形が変わってしまっているはずだ。
「そんなこと気にするな。使ってくれた方が、母上もきっと喜ぶ。俺も、リゼが使ってくれる方が────嬉しい…」
「レド様…」
「それに────贈ったといっても、幼い頃のことだからな。爺様が、邸に商人を呼んでくれて────俺は、選んだだけなんだ。支払いも爺様がしてくれた」
レド様は、そのときのことを思い出しているのか───懐かしそうに語る。
「でも────レド様が、お母様のことを想って…、選んだものでしょう?」
私がそう返すと、レド様は優しい眼差しで私を見る。
「ああ。だから…、リゼが気に入ってくれて────使ってくれるのが、嬉しいんだ」
レド様のその言葉に───想いに、胸が熱くなった。
「きっと────大事に使います」
後で、きっちり【
レド様は、嬉しそうに笑みを浮かべると、身を屈ませて私に顔を寄せる。私は、そっと瞼を閉じた────
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