第七話 【ボディーガードは命懸け】
ヒロと二人で、林の中の小道を歩いていた。中学校の制服であるジャンパースカートを着たヒロは、髪を三つ編みにしている。スイカバーをサクサクかじりながら、満面の笑みで私を見ている。私は温かく幸せな気持ちに満たされて、ヒロの空いている方の手を取った。握り返してくれる。小さい子どもみたいに、繋いだ手をぶんぶん回した。
木漏れ日がきらきら輝いている。近くに湖があるのか、水のにおいがする。優しく、けれどどこか寂しい風景の中、私たちは世界で一番近い二人になって、心を重ね合う。
「私、ルイのことが大好きだよ。これからもずっと一緒にいようね」
ヒロの言葉に、私は泣いてしまう。
「うん、ずっとだよ」
アイスごとヒロを抱きしめようとしたとき、
目が覚めた。
いつもと何も変わらない自室の分厚いカーテンのすき間から、早朝のおぼろげな光が漏れている。顔に触れると、指先が濡れた。夢を見ながら泣いていたらしい。
幸せな気分の名残と、自分の欲望に呆れる気持ちが混じり合う。現実のヒロは、私を置いて行ってしまった。それを責めることはできない。ヒロは自分で選択しながら、自分の人生を生きようとしている。彼女を縛る枷になんてなりたくない。大好きだからこそ、彼女の生き方を尊重しなければならない。
でも。それなら、なぜ私は、自由に生きることを許されないのだろう。この町のことは好きだ。癒しの神である××様に愛されていることも、幸せだと思う。けれどそれ以上に、自分が哀れだと感じてしまう。私は、ただの傀儡だ。動物園の幸せなゾウだ。
ヒロさえいてくれれば、私はその運命を呪わずにいられたのに。
同じクラスだったときは一緒に登校していたけれど、文系クラスは始業開始時刻が少し遅いので、もうずっと別々の電車に乗っている。
家を出てとぼとぼと歩いていると、ふとカーブミラーに自分の姿が映った。
「は?」
ぎょっとして左右に首を振り、いつの間にか私を囲んでいたミズキさんとチャグさんの姿を確かめる。幻ではなさそうだ。
「な、なんなんですか!」
ミズキさんが、申し訳なさそうにへらーっと笑う。
「今、君は狙われてるんだ。一人にはさせられない」
チャグさんが、私の肩に軽く腕を回す。
「私は格闘技の経験があるから、安心して!」
そう言って、ぽんと肩を叩くと腕を戻した。第一印象は最悪だったけれど、姉御という感じで頼りがいのある人だとは思う。
「……あのー、もしかして学校までついてくるつもりですか?」
「もちろん」
二人の声が重なった。
「授業中は校門の前で待って、一緒に帰るから」
そんなことをしていたら、間違いなく不審者だと思われる。警察に通報されたら、銃刀法違反で捕まる可能性すらある。
「いまいち状況がつかめてないんですけど……ミズキさんとチャグさんは大学のオカルト研究会の会員で、この土地に昔から伝わる××様の神話について調べていた、と。数ヶ月前にフィールドワークを兼ねて帰省したら私と一緒にいる××様が一瞬だけ見えて、仕えることした……って、××様はあんまり喜んでなさそう」
彼女はさっきからずっと、私の頭の上で熟れたザクロを食べ続けている。両隣にいる二人には目もくれていない。
ミズキさんが私の言葉を引き継ぐ。
「大坂には、死神である『彼女』を擁する古くから続く地下組織があるんだ。権力を持つ者からの依頼を受けて人を呪い殺すことを生業として来たけれど、最近そこのボスが変わった。その女は『彼女』の力を濫用して、私利私欲で人を殺め続けている。その女の今の標的が、ルイちゃんだ」
ミズキさんの言っていることは、真実であるかは分からないけれど、ある程度は正しいのだろう。私は何度も、その女の姿を見ている。実際に、大坂のビルで殺されそうにもなっている。
「でも、『彼女』より××様の方が強いから大丈夫じゃないですか?」
ビルから突き落とされたときは、××様が助けてくれた。植物の少ない都市で弱体化していても対抗できたのだから、『彼女』なんて目じゃないように思える。
「問題は、その組織が魔術的な力だけじゃなくて物理攻撃も使ってくるってこと。武装している暗殺集団なのさ」
はあ、と思わずため息をついてしまう。そんな非現実的な話、正直なところどう受け止めて良いのか分からない。漫画の中の話、それも連載雑誌ですぐ打ち切られてしまうような陳腐な設定だ。
「ミズキさんって昔から変な人だと思ってましたけど、まさか変な薬に手を出したりしてないですよね?」
「してない、してない!」
ミズキさんがあわあわと両手をひらひらさせたとき、突然、背後にあったブロック塀が崩れた。
間一髪で彼女は体をねじらせ、頭の上に落ちてきたブロックを避けた。しかし、肩にぶつかって嫌な音が鳴る。数個のブロックが地面に落ち、重い音と砂ぼこりが立った。
「ミズキ!」
チャグさんの叫び声で、私は我に返った。うずくまり肩を押さえているミズキさんの指のすき間から、血にまみれた黄色い骨が突き出ている。開放骨折――
足元がふらついた。遠くなりそうな気をなんとか引き寄せて、足を踏ん張る。苦しそうに歯を食いしばって唸っている彼女の肩に、私は手を伸ばした。指先が触れる。そのとたん、バキバキと嫌な音を立てながら傷が修復されてゆく。
ミズキさんが、意識を失って倒れた。破れたシャツのすき間からのぞくその肩にはもう、傷一つない。
ぴりっ、と体に電流が走った。『彼女』がどこかから見ているに違いない。周囲を見回す。しかし、そこにはただのどかな秋の風景だけが広がっていて、曇一つないのだった。
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