第二話 【私を見ている誰かと何か】

 幼馴染である私とヒロは、高校の最寄り駅から電車で二時間以上かかる田舎町に住んでいる。そのため教師たちの目が届かず、放課後に寄り道しても学校にバレることがない。セーラー服とくるぶし丈のロングスカートという昭和の不良みたいな制服のまま、毎日のように二人で遊びに行っている。

 鈍行列車のドアのそばで座席の背に並んでもたれかかった私たちは、それぞれスマホの画面をぼんやりとながめている。

 ようつべでボカロ動画を見ながら、ヒロが

「ねえ、今日はツタヤ寄らない?」

と呟いた。バラエティー番組の切り抜きを見ていた私は、イヤホンを片方だけ外して

「なんかのCD発売されるの?」

と聞く。ヒロは音楽が好きで、高校の軽音楽部でキーボードを担当している。昭和歌謡からボカロまで、何でも熱心に聞く。今の目標は、学園祭で自分で作詞作曲したオリジナル曲を演奏することらしい。

「石川智晶さんのアルバム。ルイも好きだったっけ」

「好きだよ。アニソンいっぱい歌ってるから。私も買おうかな」

 鞄からお財布を取り出す。中には、千円しか入っていなかった。

「買えないや」

「ルイのお父さんって厳しいよね。お金持ちなのに、お小遣い月五千円って」

「毎日自動販売機でジュース買ってたら、すぐなくなっちゃうんだよね」

「貯金とか節約を学びなさい」

 電車が、終点に着く。私たちは床に置いてあった通学鞄を抱え、ホームに降り立った。人の流れをせき止めないように小走りで改札へと向かう。駅舎から出ると、空は水色とオレンジ色のきれいなグラデーションに染まっていた。駅前商店街の中にある小さいツタヤに入り、ヒロがCDを買っている間、私はレンタルコミックのコーナーでぶらぶらしていた。千円でもけっこうな冊数が借りられる。「ガンスリンガー・ガール」の一巻をケースから取り出そうとしたとき、

「それ、面白いよな」

と後ろから声をかけられた。振り返る前から、声の主がヒロの姉のミズキさんであることは分かっている。

「ネタバレしないでくださいね」

「メインキャラの女の子たちは全員死ぬ」

「だーかーらー」

 私が怒ると、ミズキさんはぺろっと舌を出した。

「嘘だよ」

「それはそれでネタバレというか……」

 ミズキさんは、京都にある芸大の一年生だ。九月はまだ夏休み中らしく、実家に帰省している。髪の毛を淡い水色に染めて、黒色のワイシャツとスラックスに水色のネクタイを締めている。都会ではそれほど奇抜ではない格好なのかもしれないけれど、この田舎町ではかなり目立つ。ヒロがよく、一緒に歩くのが恥ずかしいと愚痴を漏らしている。

「ルイちゃん、今からカフェ行かない? 僕がおごるから。ヒロも一緒に」

 私は、じとーっとミズキさんを見た。

「何か頼み事、ありますね?」

 ミズキさんが、もじもじする。

「何もないよ」

「嘘ばっかり」

「ホントに何もないんだって!」

 彼女が、真剣な目で私を真っ直ぐに見る。その視線の強さに気圧され、私は黙ってうなずいた。

 ミズキさんが連れて行ってくれたのは、商店街から少し外れた川沿いにあるこじんまりとしたカフェだった。

「お姉ちゃん、このお店めっちゃ古くない?」

 眉をしかめるヒロに、ミズキさんが

「最近流行ってる古民家カフェってやつだよ。空き家をリフォームして、先月オープンしたばっかりなんだ」

と説明する。確かに、店内はよく掃除が行き届いていて、天井から吊るされた花型のランプや、切子細工の食器、ひまわりの活けられた陶器の花瓶など、ひとつひとつの調度品が心を込めて選ばれていることが伝わってくる。

 私たちは、窓際のテーブルについた。

「私、チョコレートパフェにしようかな」

「僕もそれにしよ」

 ミズキさんからメニュー表を受け取ろうとしたとき、ぴりりと皮膚に電流が走った。メニュー表が机にばさっと落ちる。拾うこともできず、私は立ち上がった。

 見られている。誰かに。

 窓の外に視線を向けると、川の向こう岸にいる誰かと目が合った。こちらに向かって立っている黒髪の女の人――ではなく、彼女の肩にまとわりつくように浮かんでいる真っ黒なドレスを着た少女と。

 ふっと、頬に柔らかいものが触れた。××様が、優しい手つきで私の目を覆う。そして、耳元で何かをささやいた。私には分からない言葉で。

「見るなってことだね」

 私は、ゆっくりと瞼を下ろした。彼女の半透明の手を通しても、真っ黒な少女は見えてしまうから。

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