第2話 同い年
少人数の会社では、必ず一度は全員と顔を合わせる。
もちろん、その中には市村さんもいる。
「市村さん、おはようございます!」
「あ、柏さん。おはようございます。」
市村さんはどこか落ち着いているように見えるけど、会話をしても目が合わないのはどうしてだろうか。
「以前仰っていた社外用の広告資料、用意できたのでお手隙の際にご確認をお願いします。」
「えっ、もうできたんですね。さすが、しごできですね。」
「ありがとうございます!」
まただ。目が合わない。
市村さんはあまり表情が豊かではない。
何を考えているのかも分からないし、好きな食べ物とか好きな色とか趣味も知らない。かなりミステリアスな人である。
けどなんでだろう、私が好奇心旺盛なだけなのか、市村さんのことをもっと知りたいと思ってしまう。
市村さんは口数の多い方ではない。むしろ無口である。
周りからは癒し系キャラとして親しまれているらしいが、その理由も頷ける。
とにかく、あの優しい声が落ち着く。
声フェチの私からすれば、ずっと聴いていたい声だ。
本人に引かれるのは怖いのでこのことは黙っておこう。
幸いなことに、私と市村さんは席が隣同士。
「お電話ありがとうございます。株式会社シルバープラネットの市村でございます。」
(キタぁぁ!市村さんボイス!)
声が好みすぎて、無意識に聞き耳を立ててしまう。
「柏さん、ちょっといいかい?」
「わ!!大江戸さんすいません!!どうされましたか?!」
「いや、え、大丈夫?そんなに慌てることはないよ。」
「はい、一旦落ち着きます。」
「今度の出張、柏さんと市村さんで行ってもらいたいんだけど、どう?」
「...はい、行かせてください。一生のお願いです。」
「いやこっちがお願いしているんだけど。そうか、ありがとう。じゃあ頼んだよ。その日に市村さんから色々教えてもらっておいで。」
「...神様、ありがとう。」
私は席に座ったまま深々と頭を下げた。
それが居眠りをしている体勢に似ていたからか、電話を終えていた市村さんに肩をトンと叩かれた。
「柏さん、大丈夫ですか?寝不足とかですか?」
「あぁ、大丈夫です!すみませんご心配をおかけしてしまって。大江戸さんから市村さんの出張同行のお声がかかりまして、今からとても緊張しています。」
「もうお話がきたんですね。一緒に頑張りましょう。」
市村さんは三年目なのに新人に先輩気取りもせず、優しい人だ。
そこもまた推せる。
入社して二週間が経つが、私は早くも市村さんのファンになっていた。
「ありがとうございます!市村さんと仕事ができるの、本当に嬉しいです!」
「そう言ってもらえて私も嬉しいです。緊張すると思うけど、あまり気負わなくていいですからね。」
「はい!今から心の準備をしておきます!」
私は高いモチベーションで今日もテキパキ仕事をし、定時で退勤。
ちょうど同じタイミングで市村さんも退勤したので途中まで一緒に帰ることになった。
(今日は運がいいなぁ)
私は浮かれていた。
「今日もお疲れ様でした!」
「柏さんもお疲れ様でした。仕事にはもう慣れましたか?」
「バッチリです!」
「それは良かったです。」
そこから少し沈黙が続いた。
何を話そうか考えているうちに市村さんが先に沈黙を破った。
「柏さんは今一人暮らしですか?」
「はい、大学の頃から一人暮らしです。」
「大学かぁ...私もそんな時がありました。暗黒期でしたが(笑)」
「え?大学は嫌でしたか?」
「私、内気な性格だから友人もなかなかつくれなくて、あの頃はぼっちを極めていました。専門卒だから短い期間だったんですけどね。」
「専門卒...三年目...。」
私の中で衝撃の事実が発覚してしまった。
気になっていたことだし、この際聞いてしまおう。
「ということは、市村さんは年齢的には私と同じですか?」
「え、柏さんは何年生まれですか?」
「2000年です。」
「私は1999年生まれだから...柏さんが早生まれなら同学年にもなりますね!」
「市村さん...私2月生まれです!実質同学年ですね!」
「すごい!そうみたいですね!」
一気に親近感が湧いた。
(私と市村さんは、同年齢だったのか...。なんだか嬉しいな。)
「聞いていいかわかりませんが、どういった専門学校に通われていたんですか?」
「...アニメーターを目指す系の...ですかね。」
市村さんの表情が少しばかり固くなったのが分かった。
(あ、今のは聞いてはいけなかったかもしれないやつだ。)
私は少し失敗したと思った。
本当に黒歴史なんだな。
「そうなんですね...。」
(あああもうバカぁぁん!!空気重くなっちゃったよぉぉん!!)
「柏さんはどんな大学に通ってたんですか?」
市村さんから話題を変えてくれた。
「私は、スポーツ系の学部にいました。一応...。」
「えっすごいです。運動できるんですね、たしかにボーイッシュでカッコいいですもんね。」
(カッコいい...へっへ、へへへ。)
私は機嫌がすこぶる良くなった。
なんて分かりやすい人間なんだ。
話は盛り上がっていたが、気付いたら最寄り駅に着いていた。
私と市村さんは帰る方向が逆なので、改札で解散だ。
ちょっと寂しいけど、電車内だと気まずいからちょっと好都合である。
「今日は一緒に帰れて嬉しかったです!またお話ししましょ!お疲れ様でした!」
「そうですね。それではまた明日。お疲れ様です。」
同年代と分かっても市村さんは敬語のままだった。
(いずれはタメで話したいな...。)
私は電車の中で次一緒に帰る時の話題を考えていた。
(少しは市村さんのことが分かって良かったな。次は地雷っぽいのは踏まないように慎重にいこう。)
この時には、出張のことはすっかり忘れていた。
1+1 @yuriosi219
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。1+1の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます