第2話 コーヒー豆と白

 気分が晴れぬのは、今日がクリスマスなる祭日だからであり、またチキンがきっと届かないからでもあった。


 しんしんと雪が降っている。秋田の冬である。

 それにしてもなぜチキンは届かないのか、雪のせいだろうか。


 私は何一つ料理の乗っていない食卓を見てぼんやり思った。

 いや、判りきったこと。チキンが届かないのは、届ける者がもういないからなのだ。

 前任者が死んでしまったら、今はもう、その仕事を引き継ぐ者はいない。

 雪が静かに窓外で積もる。


 シィラかんすのことを思い出したが、彼の住む湖岸のロッジはここから随分離れていた。それに彼の方からわざわざ私のために骨を折るとはどうしても思えなかった。

 かれこれ随分会っていない。

 ここは世界の終わりであった。

“こと”以来ずっとそうなのである。


 私はコーヒー豆をひいていた。

 なぜこんな日々を生きているのだろう。私は。

 エチオピアのストレート。深煎り。別にコーヒーなど飲みたいわけではなかった。

 そうでもしないと居られないだけだ。

 95度の湯を注ぐと湯気が立ち、ゆっくりと抽出が始まる。


 そんな情景を眺めながら、食卓の方を見ないように努めた。

 空の食卓が恐ろしかった。それが世界の縮図に思えた。


 シィラかんすはいつか私を辛気臭いと言ったけれども、実際そんな高尚なものではない。

 ただ町の連中と追うものが違うだけ。ゴールのないマラソンに参加しているのは同じ、か。


 麻袋に入っていたコーヒー豆を取り出し、噛んだ。

 ちくしょう。

 抑えが効かなくなっていくつも食べた。ぱりぱりと乾いた音がした。

 コーヒーの香りが想起させるものがコーヒーの味と違うように、コーヒーの豆はコーヒーとは全然違う味だった。


 私はいくつも食べた。

 抽出はいつまでも終わらず、私はコーヒー一杯を飲まずに死ぬ私を想起した。コーヒー一杯も飲めずに死ぬ私。

 ぱりぱり。ぱりぱり。ぱりぱり。


 どうも肩肘張らずにはいられないよ、シィラかんす。


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