猫系彼女の吉田さん、一生僕に仕えてもらっていいですか?

中尾和人

猫系彼女

「…うぅ、風邪ってこんなに辛いんだな……」

「ちょ、たっちゃん、風邪ひいたら寝るの!

 それが一番治るんだから

 ヨシヨ〜シ、良い子でちゅねぇ〜」


 風邪で寝込む俺を、彼女の吉田美心が看病してくれる。

 ………いや、別にそんな重い症状じゃないから、そこまでしてもらわなくてもいいんだけどな。


「たっちゃん、眠くなったきた?」


 「たっちゃん」は、俺の名前である石山達樹の愛称で、俺の高校のみんなからもそう呼ばれている。

 逆に言えば、達樹と呼んでくれる人は一人もいない。

 まぁ、「たっちゃん」の方が呼びやすいからだろうけど、なんか田舎っぽさがあって気に入らないんだよな…。


「ヨチヨ〜チ

 早く治りますように〜」


 俺は幼児でお前は母親か。

 てか、一応俺達は同級生だが?

 さっきから思ってたけど、いつもはこんなのじゃないだろ。

 だから、いくらカレカノ関係だからって、そこまで甘やかさなくても……………………いや、嬉しいか。

 寝込む彼氏につきっきりで看病する彼女、これはラブコメにありがちな王道展開。

 それを体感できるという者は、全人類の中に数え切れるくらいしかいないかもしれない。

 この瞬間を幸せに感じられなかった我が身は、一体どれだけ罪深いんだっ!


「なぁ美心」

「なぁに、たっちゃん」

「俺をもっと撫でてくれ」

「………なんか、そう言われると蛙化かも…」


 やってしまった。


「…今日は帰るね……」

「ちょ、美心!

 そんなに引くことを言ったのなら悪かった、だから許してくれぇぇ」


 彼女からのヨチヨチタイムがこんな形で終わるのは嫌だぞ。

 いい子にしてますからお願いします………。


「なーんてねっ!

 焦ってるたっちゃんも可愛いね!」

「うっ…」


 心臓に悪いって、その言葉は。

 可愛いとか言われたらもう………。

 ……………てか、そんな美心の方が可愛いよ…。


「まぁ、帰るのは本当だよ」


……………………へ?

え、帰るってなに?

せっかくの休日だからって看病しに来てくれたのに、もう終わりか?

てか美心、今日は両親が出張で1日中家が空だから、

「一人暮らしで每日寂しいみたいだから、今日はたっちゃんの家でお泊りしよっかな」

なんて言ってたよな?

帰るってどういう……。


 俺が唖然としていると。


「……言い方が悪かったね

 今から家に帰って近くの薬局で風邪薬買ってくるから、それまで待っておいてね、って話」


 美心ちゃんは、ただの彼氏想いの優しくて尊い女の子でしたとさ。

 大好きです。

 そうして美心は、この家を出た。







★★★★★





 ピンポーン


 玄関の鐘が鳴った、ということは、美心が帰ってきたということか。

 俺と美心の家は遠くないし、帰って薬局行って――という過程を考えたら妥当な時間だ。

 ……………てか、ウチはオートロックとかでもないアパートで、あいつも合鍵持ってるはずなのに、どうしたんだ?


 俺は疑問に思いながらドアを開けに向かう。

 もしかすると、外で待っているのは美心じゃないのかもしれないと考えたが、冷静になってみれば俺の家に誰も来るわけないし美心で確定だ。


 ガチャ


「ただいま、たっちゃん!!

 風邪薬、買ってきたよ」


 ドアを開ければ、可愛らしい美心の姿が。

 しかし、いつもとは格好が違う。


「なぁ美心、その格好はなんだ?」

「えぇ?

 見たら分かるじゃん、猫耳だよ〜」


 いや、そりゃあ見たら分かるのだけども……。

 美心は今、つけていて恥ずかしくならないのかと言いたくなる猫耳のカチューシャを被っている。


 ………そういえば、冬に俺の家に来たとき、こたつから離れない美心の姿を見て、

「なんか猫みたいだな」

って言ってたな………………………あれもう半年も前のことだぞ!?


 内心驚く達樹だが。


「………うぅ、」


 ヤバい、玄関に立ちつくしてると、なんかクラクラしてきた……。

 早くベッドに戻らないと…。

 そんな辛そうな俺を見てか、美心はこんなことを言い出す。


「もぉ、たっちゃん、私のことはいいから、早くベッドに戻って!

 風邪薬飲んで、早く治そうよ!」


 おい。


「じゃあなぜ玄関に呼んだ」

「うっ、それは…………………気まぐれ、だけど……」


 なんて自由人なんだろう。

 こういう奴を、世間一般では猫系彼女と言うのか。

 ………まぁ、俺の美心に関しては本当に猫耳つけてるんだけどな…。


 なんやかんやで2人とも家に上がり、俺はベッドへ、美心はベッド横に備え付けられている椅子に腰掛けた。


「はい、これ」


 美心から手渡されたのは風邪薬。

 裏の説明文を読めば……………………………1回の服薬で2錠飲むことが分かる。


 俺は薬を片手に、美心がついでに買ってきたであろう水をレジ袋から取り出し、服薬した。


「ふぅ……」


 風邪薬も飲んだことなので、俺はベッドにて寝転ぶ。

 寝れば確実に明日にでも治るだろう………。


 その後は少し沈默が続いたが、その均衡を破るように美心が言葉を放った。


「……可愛いニャン………」

「!…………」


 その言葉に、俺は咄嗟に反応する。

 

 …………………さっき美心、

「……可愛いニャン………」

って言ったよな?

 猫系彼女を意識してるのか?

 というか、可愛いって言われる衝撃よりも、ニャンっていう語尾をつける衝撃の方が大きいんだな。

 ……………まぁ「可愛い」はさっき言われたからってこともあるんだけども。


 すると、美心は俺の頭を撫で始め、可愛らしい目を俺に向けてくる。


「一緒に寝ても、いいニャン?」


 2人の頬が赤くなる。


 …………………………これは、YESでいいのか?

 美心と一緒に寝るってことだぞ?

 本来なら迷う必要はない。

 だが、俺は風邪を引いている。

 ただでさえマスクもしてない中で看病してもらってるんだ。

 美心のためにも返事はNO、これが適策だろう。


「ありがたいけど、俺は風邪引いてるし、移しちゃ悪いから、今日は―――」

「そんなの関係ないニャン」


 俺の頭を撫でていた手を解き、そのままベッドに身を委ねてきた。


「ちょ、ダメだろ美心

 風邪移しちゃうかもだし……」

「別に風邪ひいてもいいニャン」


 俺の被る布団に潜り込み、俺の腹に手を置いてくる。


 …………そこまで言うなら――で済ましていいのか?

 こんな可愛い猫ちゃんと一緒のベッドで寝れるなんて最高なんだけど………………………あれ、俺が美心と寝るのを拒むのはなぜだ?

 風邪を移すかもってだけで、本人は風邪になってもいいと言っている。

 じゃあ尚更拒む理由がないじゃないか。


「美心………」


 何かの呪縛から解放されたかのように、俺は美心を軽く抱きしめる。

 すると美心は嬉しそうに言う。


「ご主人様………」


 ……………いや、俺はいつからご主人様になったんだ?

 と、若干の疑問を抱きつつも、彼女を抱く力を強めた。


「………ご主人様………一生仕えますニャン……」


 ……………なんか、変な特殊プレイにも見えなくもないこの光景。

 お互い服を着ているから良いものの、裸体になったらもう…………………。


 そんなことを考えていた時だ。


「…………ご主人様……………………」


 美心がそう言いながら、俺のズボンを脱がそうとしてきた。


「おまえっ、何をしてっ!」


 そう言いかけると、美心は俺の口を指で押さえてくる。

 本来は喜ぶべき場面だが、今の俺にはまだ早い。

 大人の階段はまだ登らない。

 冷静に、高校生らしい振る舞いを……………………いや、高校生なら若気の至りでそのままやっちゃいそうだよな…………。


 ………………………………って!


 美心の手を振り払い、2人で被っていた布団を取り上げ、俺はその場に立った。

 そして美心に向かって言う。


「俺達はまだ高校生なんだぞ?

 そして未成年なんだ

 このまま行けば悪い方向に向かいかねない

 だからほら、美心はベッドから出て、俺は寝るから…」


 少し大きな声が部屋中に響く。

 その声は、怒号にも聞こえる。


 ……………………言いすぎただろうか。

 しかし、未成年ながら肉体関係を持つのはよろしくない。

 それは社会的な常識だろう。

 ヤるなら2年後でお願いしますね……………

 ………………………いけないいけない。


「分かったニャン………」


 渋々受け入れたのか、ベッドからは出たものの、どこか不満気な様子を見せる。

 まぁ、それも可愛いのだが。


「………まぁご主人様、今日はつきっきりで仕えるニャンから、お泊りはするということでよろしくニャン」


 じゃあ、なんでこんな昼過ぎに野性的になったのかね。

 テンプレは夜だろ。

 ビデオでもR15の漫画とかでもそうだろ。

 高校生にもなってまだ見てないウブな人ではないだろ。

 ……………逆にそのシチュエーションも良いかもだな。


「…………………はぁ、なんか風邪も治ってきたような感じがする……

 俺はもうちょっと横になっておくから、お前はなんか適当に暇潰しといてくれ」

「分かったニャン、ご主人様」

「まだその語尾つけるのか?」

「その方が可愛いニャンろ?」

「ニャンろって………

 まぁ、猫耳被ってその語尾なら、萌えないわけないが…」

「じゃあ、今日はずっと続けるニャン」

「はいはいお好きにどうぞ…」


 美心はベッドから離れ、俺はベッドに再度寝込む。

 そこからは、あまり覚えていない。

 すぐに、眠りにつけたような、そんな…………。





★★★★★





(うぅ…………)


 目覚めたのだが、何か唇の方で感触がある。

 それも、何かに当たっているような感触で……。


(!……)


 目を開ければ、その感触の正体がすぐに分かった。

 目の前には美心の大迫力のつぶらな瞳に透き通るきれいな唇。

 これは、いわゆるラブラブなカップルの交わす愛のキスというやつだ。


「おはようニャン、ご主人様」


 顔を少し離してそう言う美心。


(嘘だろ………人生初キッスがついにここで……)


 …………………しかし、信じられない。

 キスって、快感なんだな……。


 かれこれ1年は付き合ってきたのにまだキスがなかったという事実に自分でも驚きながら、今回の初キッスの感傷に浸る。


「なぁ美心、何でこんなことを…………」

「あぁ、もっとしてほしかった感じニャン?

 しょうがないご主人様だニャんね……」


 初キッスに浸る時間も、そう長くはなかった。

 人生2回目が早すぎるからだ。

 しかも、今回は舌まで舐めてくれるとかいうおまけ付き。

 前回(30秒前)よりもさらに快感が得られる。


「……………ハァ、可愛いニャンね…」


 猫系彼女の吉田さん、もう一生僕に仕えてくれていいですか?

 尊いです、可愛いです、大好きです。


 俺は再度、彼女を強く抱きしめるのだった。




 ―――この2年後、大学生となった2人が肉体関係を持つのは、また別のお話―――

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