学年一の美少女と放課後談義していたら、顔なし人間に遭遇した。

竹竹竹

第1話 美少女とのっぺらぼう

俺の通う古瀬川高校に顔なし人間がいるという噂が立ち始めたのは、九月の初週の事だった。


初めは、放課後の音楽室で。

次に、第二校舎の渡り廊下で。

最近は、図書室やグラウンドにまで出てくるようになったらしい。


時間が経つにつれてその目撃数は増加して、一週間でまだその姿を見ていない生徒の方が少なくなった。


はどこにでも現れるし、にでも姿を見せる。


教師の目撃者が出た時、いよいよ噂は現実味を帯びてきた。


ただ、誰なのかが分からない。

当たり前だった。顔がないんだから。


二年前に行方不明になった女子生徒の幽霊だとか、大戦中の陸軍兵士の亡霊だとか、適当な推測が生徒達の口を賑わせる。


普段なら誰かのイタズラということでカタがつきそうなこの事件は、夏休み明けの気怠げな雰囲気を吹き飛ばすスパイスとなって学校中に蔓延。


とにかく校内は、友人のいない僕にまで話が回ってくるほどに、のっぺらぼうの話で持ち切りだった。


例えば隣の席の女子生徒、永峰麗華もその一人。


「私が思うにのっぺらぼうの正体は、去年不倫で解雇された柳先生の怨霊だと思うんだよね」

「柳先生を勝手に殺すんじゃない」

不倫した事以外はいい先生だっただろ。不倫した事以外は。

「あとあと、案外用務員の柿沢さんの仕業だったりして」

還暦過ぎた大人が、そんな下らないことする訳ないだろ。……ないよな?


「……というか、俺じゃなくて直接本人に聞いてみたらどうなんだ?」

「東雲君、ノリ悪い……」


永峰が責めるように僕を見る。

そりゃあノリだって悪くなる。

六時限目のチャイムが鳴ると同時に始まった下らない幽霊話は、かれこれ三十分を過ぎても止まる気配がない。

最近彼女が冴えない一般生徒である俺なんかとつるんでいるのも、きっとこの異様な雰囲気に当てられているからなのだろう。


この古瀬川高校において、永峰麗華は唯一無二の絶対的な美貌を持つ少女としてその名を馳せている。


彼女を一目見るだけで、十人中十人が百年の恋に落ち、振った男で一個師団が作れる女。

嘘みたいな話だが、全て事実なのが恐ろしい。


少し幼さを残しながらも、同年代と比べて飛び抜けて整った目鼻立ち。サラサラとした抜け感のある長い黒髪と高校生離れしたスタイルも、その魔性の可愛さに一役買っていると思う。


三十分間二人で話せる権利が売られたら、この高校では冗談抜きで完売しそうなくらいには人気があった。

そうゆう、な少女。


「じゃあ東雲君は、その権利にいくら払ってくれるの?」

「……毎日同じ話を延々と聞かされるとかじゃなきゃ、五百円くらいは払ってもいいかもな」

「私の評価、何か低くない……?」


ぶーぶー、と文句を言う永峰。


彼女はここ二週間、俺の放課後の密かな楽しみである、誰もいない教室で一人静かに本に読むという日課を毎日のように妨害している。


そのシュチュエーションだけでも、胸の奥が切なくなるような謎の感傷(ノスタルジー、というのだろうか)に浸れるから好きだったのだが、この少女が来てからは仄かに青春っぽい雰囲気がこの空間に構築されている。


特に用事も無いっぽいのにだらだらと話しかけてくるから、永峰の目的はただの時間潰しとか、そんなものなのかもしれない。


ちらりと横を見ると、永峰とばっちり目が合う。

永峰がぱちぱち瞬きをして、可愛かったから思わずふいっと視線を逸らしてしまった。


「あ、今何考えてたか当ててあげよっか」

「……別に何も考えてねえ」

本当だ。

「……やらしー事考えてたでしょ」

全然違う。

「うっそだぁー」

「お前、俺のことなんだと思ってるんだ」

「んー、健全な一般男子高校生?」

「お前も一般女子高校生だろうが」

健全かどうかは知らんが。

これだけの美貌だ。彼氏の二人や三人いてもおかしくはない。


「んー、私はあんまり普通じゃないかも」

「……あ?」

「なんでもないよーだ」


自分の容姿のことを言っているのだろうか?まあ、そこに関しては特に異論は無いが……。


永峰がおもむろに顔を伏せる。


「んんぅ、ちょっと寝るから十分したら起こしてねん」

「……へいへい」


俺、目覚まし時計か何かだと思われているんじゃないだろうか。もしかしたらお母さんかもしれない。


ようやく静かな時間が返ってきて、しばらくは読書に耽っていた。


以前は一人きりだったこの時間も、隣に無防備に寝ている女子がいるだけで何か特別な事をしているように思えてくる。


放課後、男女で二人きりの教室。


少し胸の奥が燻るような、擽ったいような、変な感覚を覚える。


窓を開けると、運動部の賑やかな声と冷たい秋の空気が入り込んできた。

横でうたた寝をする彼女の顔に、涼やかな風が吹く。

透き通るような黒髪が小さな鼻にかかって、思わず視線を奪われた。

白磁のような肌に、長い睫毛。

微かに聞こえてくる寝息が、耳朶をくすぐる。


そのまま数十分が過ぎた。規則正しい寝息は未だ続いている。

そろそろ起こした方がいいのだろうが、横で眠る天使のような少女の睡眠をあまり妨害したくはなかった。


「ん、おはよう……」


しばらくして、永峰が目を覚ました。

薄目で時計を見やる。


「うわっ!?もー、ちゃんと起こしてよりんぜい!」

「ん。あ、ああ。悪い」


……唐突に下の名前で呼ぶもんだから、少し面食らってしまう。

最近の女子の考える事はよくわからない。


「永峰も読むか、これ。結構面白いぞ」


起こさなかった事の話題逸らしも兼ねて、今しがた読み終わった小説を勧めてみる。


「……文字が多そうだから無理」


……古瀬川高校は結構な進学校なんだが、コイツはどうやって入ったんだろうか。


その後適当な雑談を少しして、その日はお開きとなった。


教室の時計は十七時を指し示していて、廊下の人気ひとけもすっかり無くなっている。


「よし!」


永峰が勢いよく立ち上がる。いくつかストラップが付いた鞄に手をかけた。

彼女はいつも、このぐらいの時間に帰るのだ。


「ほいじゃーね、また明日!」

元気に手を振って教室から退場する永峰。

こちらも控えめに文庫本ごと手を振り返すと、にまっと笑って廊下に消えていく。


コツ、コツ、と、ローファーの音だけが教室に響いていた。


俺も窓を閉めて、帰宅の準備をする。

永峰がいなければ本当はもっと早く帰っているのだが、そんな恥ずかしい事は彼女に言える訳も無い。


永峰は授業中も休み時間も大体机に突っ伏して寝ているから、彼女とこうして話せるのは放課後だけなのだ。

貴重な時間をわざわざドブに捨てるような真似はしたくない。



ただ、永峰に一緒に帰ろうと誘う勇気はまだ無かった。

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学年一の美少女と放課後談義していたら、顔なし人間に遭遇した。 竹竹竹 @genkailaber

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