珈琲15杯目 (3)クラウさえ引く邪悪な笑み

「まあ、どうやって協力を取り付けたかはともかく――」

 ゼルベーラ隊長は、脅迫の可能性についての言及を避け、話を進められます。

「警務隊第三隊のシェンクルトン隊長は、直ちに対策本部を立ち上げ、他隊にも応援を要請した。そして銀行に『公式ニセ金貨』を至急かき集めるよう指示する一方、ロットラン商会に対し、慎重に調査を開始した」


 以前わたくし共が遭遇した事件でも使用された「公式ニセ金貨」とは、帝国金貨の図柄に微細な印を刻んでおき、造幣局の係官が鑑定すれば即座に偽物と判別できる、帝国公認の偽造金貨でございます。

 この金貨を身代金として犯人に掴ませれば、犯人の行方を追跡することが可能となりますので、誘拐事件に遭遇した警務隊が最初にすることの一つは、銀行にこのニセ金貨をありったけ用意させることだとお聞きしています。


「商会への調査とは、どのようなことをお調べになられたのでしょうか?」

 わたくしがお尋ねいたしますと、隊長は、いい質問だとうなずかれました。

「まずは基本中の基本、犯人もしくは協力者がいないかどうかだ。特に、ここ数年でクビになった従業員はいなかったか、取引先の恨みを買うようなことはなかったかといった点について重点的に調べたが……」


「あのロットラン商会のことだ。『怨恨』などという言葉とは一切無縁だろうな」

 道路状態が良くなり、揺れが収まったのを待ちかねたように、リュライア様が素早く水筒を傾け、珈琲を喫されました。

「それに、当主も人から恨まれるような人物ではあるまい」


「御明察のとおりだよ」

 ゼルベーラ隊長は、わたくしが差し出した珈琲の水筒を受け取られると、蓋を外してぐいっとあおられました。

「誘拐の事実は伏せねばならないから、聞き込みにも制約はあったがね。しかし誰もが口をそろえて、ロットラン氏に恨みを抱く者などいないと証言したよ……強いて揉め事を挙げるなら、地元有力者の会合で、次の市参事会選挙への立候補を勧められたが断ったことくらいかな。だがそれが、誘拐される理由になるとは思えんな」


「じゃ、やっぱりお金が目当てってこと?」

 クラウ様が、お二人に合わせて水筒を口に運ばれましたが、突然はっと目を見開かれました。

「ねえ、最近帝都で誘拐未遂事件が起きたんでしょ? 同じ犯人かな!?」


「面白い着眼点だ」ゼルベーラ隊長は、余裕の笑みを向けられました。

「だが、手口が違い過ぎる。未遂事件の方は、犯人が間抜け過ぎてな。人質を誘拐する現場を目撃されていた、脅迫状は誤字だらけ、挙句に人質には逃げられる……今、警務隊の第四隊と第六隊が合同で犯人を追っているよ。逮捕は時間の問題だろう」


「なーんだ」

 クラウ様は、不服そうでいらっしゃいます。「じゃ、二つの事件は関連なし?」

「今のところ、我々はそう考えているよ」

 そうおっしゃられてから、ゼルベーラ隊長は急にお顔を引き締められました。

「そんなこんなで一日が過ぎた。銀行の準備は順調だったが、我々の捜査に進展は無く、犯人からの連絡待ちだった。念のため、ロットラン氏の妻子は実家に避難させようという話になったが、奥方は頑として自分の避難は拒否した……夫が危ない目に遭っているのに、自分がここを離れるわけにはいかない、とね」


「さすがはロットラン氏の妻だな」

 リュライア様が、感心しきりと首を振られました。「子供は避難したのか?」

「ああ。と言っても、馬車で半日たらずのゴーレンクの町だがね。無論、警務隊の警護付きだ」

 リュライア様の問いに答えられた隊長は、長い脚を窮屈そうに組まれました。


「事態が動いたのは翌日、つまり昨日の朝だ。起床した執事が、昨日同様、犯人からの手紙が届いているのを発見した。その手紙を読んだ奥方は、動揺のあまり卒倒してしまったよ」

 ゼルベーラ隊長は、珈琲をひと口お飲みになられてから、ふうっと息を吐きだされました。

「手紙の内容はこうだ。『身代金と人質の交換方法を指示する予定だったが、お前たちが警務隊に知らせたため、今日の交換は中止だ。罰として、身代金は七千に増額する。交換の場所と手段は明日指示するが、人質が入る棺桶を用意しろ。要求通り金を払えば、人質は生きたまま返す。だが警務隊が余計なことをしたら、棺桶には本来の役目を果たしてもらうことになる』」


「棺桶?」

 期せずしてリュライア様とクラウ様が同時に叫ばれ、そして気まずそうに黙り込まれました。代わってわたくしが、感想と疑問を口にいたします。

「ずいぶんと変わった要求でございますね。それはそうと、なぜ犯人は警務隊が関与したことを知ったのでしょうか?」


「さあな」ゼルベーラ隊長は、頬杖をついて窓にもたれかかられました。「従業員や取引先への聞き込みが原因かもしれん。だが法を知る者なら、身代金を大金貨グローゼカーノで要求した時点で、銀行から警務隊に通報が行くことは分かっていたはずだ」


「警務隊以外で、誘拐について知っている者は?」

 リュライア様のご質問に、隊長は窓にもたれたまま、気だるげに答えられました。

「はっきり誘拐だと知っているのは、奥方と執事だけだ。それ以外の使用人や従業員には、ロットラン氏はちょっとした事故に遭って数日戻れないとだけ説明している……が、あれだけ警務隊が動き回って捜査しているんだ。よほど勘の鈍い奴でない限り、誘拐されたと感づくだろうね。無論、緘口令かんこうれいは敷いたが……」


 そこまでおっしゃられてから、隊長は急にお顔を上げられました。

「言っておくが、執事以下の使用人や従業員は容疑者から除外できるぞ。彼らは最低十年以上ロットラン氏に仕えていて、忠誠心に問題ないことは、他の従業員同士からも取引先からも確認できている」


「で、棺桶は用意したの?」とクラウ様が問われるのと同時に、

「で、私が呼ばれた理由は?」とリュライア様が尋ねられました。

 どうも本日は、おふたりのご発言が重なる日でございますね。


「気が合うな、君たち」

 気まずそうに顔をそむけるおふたりのご様子を、ゼルベーラ隊長は目を細めてご覧になられます。

「棺桶はすぐに手配した。そして今朝、例によって執事が誘拐犯からの手紙を発見したが、今回は屋敷の裏口の扉の下に挟んであった」


 そして隊長は、リュライア様の目をのぞき込まれました。

「手紙では、人質と身代金の交換場所を指定してきた。その場所とは、帝国魔術審議会本部の別館、通称『魔術資料館』だ」

 リュライア様の眉間に影が差すのと対照的に、隊長の口元がわずかに緩みます。


「リュラ、君にお願いしたいのは、魔術審議会のアホ共から、別館の使用許可を取り付けることだ。手段は問わん」

「……よし、確かに聞いたぞ。『手段は問わん』のだな?」

 ご主人様は、邪悪な――クラウ様さえ「うわぁ」と引かれるくらいの――笑みを、お口元に浮かべられました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る