幸せな未来を手に入れるために 5
あれから数週間、楓と楓の両親の関係は良好で、今日は楓が穂乃果を連れて実家へと遊びに行っている。
今朝、お義父さんが車で二人を迎えに来てくれて、そして車に乗り込み笑顔で手を振る穂乃果と楓を見送ってから、残った俺と葉月は久しぶりに二人きりで外出することになった。
一応デートになるかもしれないが、本当の目的は伏せてある。
「大樹さーん、どうですか?」
久しぶりにバッチリメイクをしてギャルみたいな服に着替えた葉月が、笑顔で俺の腕に抱き着いてきた。
「ああ、凄く可愛いよ、葉月」
「あはっ! やった、大樹さんが可愛いって言ってくれるだけでテンション上がっちゃいます」
一緒に暮らすようになってからは買い物などの外出はほとんどみんなでしていたから、葉月には少し申し訳なく思っていたんだ。
楓とは元夫婦で穂乃果の親という繋がりがあるが、葉月は…… 楓と葉月、どちらを選べばいいんだとか、俺なんかが偉そうに悩んでいたせいで、ずっと曖昧な関係のままだったからな。
今はもう悩むのをやめて、誰に何と言われようが二人とも守ると決めたので、俺の中では迷いが消えたが、その事について葉月はどう思っているんだろう?
それでも一緒にいてくれるということは、悪いようには考えてないとは思うんだが……
「大樹さーん」
楓と穂乃果がいる場所ではあまり大胆にスキンシップをしないようにしていたからか、今日は甘えたい気分なのかな?
まだ家を出る前なのに、葉月は俺の腕にしがみついて離れない。
「……キスぐらいは良いですよね?」
そして、少し背伸びをして甘えるようにキスをしてきた。
「葉月、いつもごめ……」
「あっ! 謝るのは無しですよ! あたしはみんなと一緒にいられて凄く幸せなんですから! だから、焦らないでゆっくりとこれからの事を考えましょ? ……キスだけですごーく満たされてますから、あはっ!」
ありがとう…… いつもみんなの事を気にかけてくれて。
葉月がいなかったら俺達はどうなっていたか分からない。
葉月がいなかったら…… 楓も両親との関係修復だって出来なかった。
「じゃあデートに行きましょうか…… そういえば大樹さんと二人きりでのんびり出かけるなんて初めてじゃないですか?」
「そういえばそうだな…… 穂乃果もいたし、そんな暇もなかったからなぁ」
「そーですねー、でも、たまには良いですよね? こうして二人きりで出かけるのも…… 今度は楓ともデートしてあげて下さいね、絶対ですよ?」
はははっ、葉月にそう言われてしまったら、せざるを得ないな……
楓と二人きりなんてらそれこそいつぶりだろう?
まあ、前ほどぎこちなさもなくなってきたし、二人きりで出かけてみるのも楓の気分転換になって良いかもしれないな。
「じゃあ今度こそ、しゅっぱーつ!」
そして、俺達は車に乗りある場所を目指して出発した。
…………
俺達の住む羽比町から車で三、四十分。
以前住んでいたあの地域までは行かないが、手前にある集落を抜けて少し栄えた町に入る。
「ほぇー…… こんな所に美味しいご飯屋さんがあるんですかー?」
「うん、ご飯屋というか、喫茶店らしいけどな」
一応予約もしてあるし、何なら貸し切り状態のはずだ。
料理の味は多分、葉月好みなのは間違いないはずだ。
でも葉月がどんな反応をするか心配だな…… 一応『店主さん達』には直接挨拶したし、向こうは大丈夫だと言っていた……
そして俺達は一軒の古民家みたいな見た目の喫茶店に到着した。
「『フォーリア』っていう名前のお店なんですか、外観の雰囲気が良いですね!」
「喫茶店なんだけどパスタが特におすすめらしいぞ」
「へぇー! 早く入りましょうよ、あたしお腹空いちゃいました! あはっ」
葉月は車から降りるとすぐに俺の隣に小走りで近付いて来て、笑顔で腕にしがみつき、甘えるように身体をくっつけてきた。
「ははっ…… じゃあ行こうか」
そして二人で店内に入ると……
「いらっしゃいませ」
「えっ…… な、何で? 何でここに……」
「久しぶりだな、葉月…… 大樹さんから色々聞いているよ」
「お、お父さん……」
そう、ここは…… 葉月の両親が田舎を追い出されるように引っ越してから始めたという、葉月の両親のやっている喫茶店なんだ。
「葉月! ……久しぶりね」
「お、お母さんまで…… あ、あたし…… あたし…… ご、ごめんなさい、あたしのせいで……」
「いや、お父さん達こそ済まなかった…… 大樹さんに聞いたよ、葉月が働いていた店で仕事のトラブルに巻き込まれただけで、葉月は自ら悪い事はしていないと」
葉月の場合、同じ田舎に住んでいた元彼に見られてしまっているから、変に嘘はつけないと、勝手だが店の事件に巻き込まれたとだけ説明させてもらった。
もちろん、当時浦野にどんな扱いをされていたなんて話はしないが、元彼が目撃したのは、あれは本当は事件現場でその後に事件は解決した、とだけ伝えてある。
だけど葉月の両親にその事を伝えた時、妙に納得した顔をしていたのが気になったんだが…… とりあえず今はいいか。
葉月が両親と再会して、あわよくば少しでも関係を修復出来ればいいと、葉月には悪い事をしたが内緒で連れ出すことにした。
実は大沢さんには八百井の調査の他に、葉月の両親の捜索も依頼していたんだ。
勝手な事をするなと言われてしまうかもしれないが、両親に会いに行くと伝えたら…… きっと葉月の事だ『会わせる顔がない』と絶対に会おうとしなかったと簡単に予想出来るから、黙って連れて来たんだが…… とりあえずは三人の様子を見る限り大丈夫そうだ。
「実はね、お母さんは昔から『喫茶店』を開くのが夢だったの…… 葉月が就職して生活が安定したらいつか村を出て、こじんまりとしたお店でお父さんとのんびりやろうって話していたの」
「そうだったんだ…… で、でも急に村を追い出されたんでしょ? お金は!?」
「ああ、ずっとコツコツと貯めていたし、葉月の仕送りしてくれていたお金もあったし心配しなくても大丈夫だ、母さんがどうせ引っ越すならお店に改修工事が出来るような家にしようって、急遽探し始めたんだが、かなり安くて良い物件が見つかって、ここに決めたんだ」
「お父さんも葉月も、立ち話もなんだし席に着いたら? 大樹さんも立ちっぱなしになってるしね? 今日はお店を休みにしたし、葉月達以外には誰も来ないから…… ゆっくり話をしましょう?」
「お母さん……」
「葉月、お腹空いてない? 何か食べたいものはある?」
「うっ、うぅぅっ…… お母さぁん…… お父さぁん……」
急な再会だったが優しく迎え入れてくれた両親を見て泣き崩れる葉月。
今まで一人で悩み苦しみ、すべてを諦めていたはずの葉月だが、ずっと両親の心配はしていたんだろう。
そして、こうして再会出来て、話を聞いてもらえると分かり、今まで我慢してきたものがこみ上げて来たんだと思う。
そんな葉月を慰めるように抱き締めている葉月の両親……
再会を喜ぶ三人を見て俺は、これで葉月の不安が少しでも軽くなれば良いなと心の中で思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます