いつか救われる日を願って俺達が出来る事は…
黒の高級車に乗って訪れたのは、とある港。
スモークの貼られた後部座席から、とある人物の様子を眺めていた。
その人物は笑顔だったが、どこか『すべてを諦めている』ようにも見える目をしていた。
そして同僚らしき男性達に肩を抱かれながら船へと搭乗していき…… 姿が見えなくなった。
「あの…… これは本当に彼が?」
「ええ、奥様への慰謝料の一部と、謝罪文らしいですが、内容は……」
手渡されたのは札束の入った封筒と、『許されない事をしてごめんなさい』とびっちり紙に書き込まれた手紙…… のようなものだった。
少しやつれた感じに見えたが、この目で確認した人物は間違いなく楓を弄び酷く傷付けた相手、当時大学生だった男の八百井だった。
「勝手にこちらで話を進めてしまい報告が遅くなって申し訳ありません、別件が絡んでいたので早急に手を打たせてもらいました……」
別件というのは大沢さんが解決したら報告出来ると言っていた事と関係あるんだろうか? 葉月にも関係があるような話とは聞いていたが……
「そして彼はまだまだ罪を償えてないと思っているみたいで、再び遠洋漁業に出発しました、彼が再び慰謝料を用意したらこちらからまた連絡します、他の二人も別の船で遠洋に出ていますから、そちらも連絡します」
とにかくアイツらが反省しているのかは分からないが…… どことなく壊れているようにも見えたし、楓にした事がどれだけ酷い事だったのか少しは理解したんだろう。
あの時、大沢さんに渡された名刺の連絡先は、鬼島グループ会長の連絡先だった。
緊張しながらも電話してみると、八百井の事を教えてくれて、自分の目で確認したいならと今日、鬼島会長と一緒に港まで来て、八百井の姿を近距離まで接近車の中から確認した。
こちらを気にする様子もなくあの生意気そうな態度を全く見せてはいなかった。
むしろ…… 『すべてを諦めたような目』をしていたようにも見えた。
少しは反省している…… のかもしれない。
「身を持って学んで、しっかりと自分のやった事を反省しているようですが、奥様の事を考えたらまだまだ反省は足りないと思いますので、引き続き『教育』をする予定ですが…… よろしいですか?」
これは…… どう答えればいいんだろう? 俺は家族として、まだまだ反省してもらいたいという気持ちもあるが、関係のない鬼島さんに任せていいのか……
ただ、鬼島さんに任せておけば楓や葉月が他人の前で被害を話したりしなくて済む……
「許せない気持ちも分かりますし、突然現れたような私達に任せていいのかという気持ちも分かります、本当に…… 辛い被害を受けて苦しんでいる女性の事を考えると…… これは難しい問題ですよね」
確かに…… 俺は楓や葉月のため色々と悩んできたが、最終的に俺が出来る事は…… 二人が前を向けるように、どんな選択をしてもいいようにそばで支えて、ずっと家族として『味方』でいる事しか出来ないんだと悟った。
被害を受けたのは楓や葉月、だから今後どうするかは本人の気持ち次第なんだ。
「出来る事なら警察などを頼って守ってもらうのが一番なんでしょうが、結局どうしたいのか決めるのは最終的には本人…… 周りがあれこれ口を出して、本人のためになるならいいんですが…… 思っている以上に世間は冷たいですから、行動するにしても家族は慎重に、本人に寄り添って考えなければならないんですよ」
そうだ…… 警察に相談するにしても、弁護士に相談するにしても、話さなければいけないのは被害者本人、誰にも『家族にも』話したくないような辛い被害を、経験を、場合によっては何回も『他人』に話さなければならない…… 被害者を守ってくれるとは思うが、話す事がどれだけ辛いのか、俺は二人を見て学ばせてもらった…… だから慎重に、二人のためになるようによく考えなきゃダメなんだよ……
でも、警察や弁護士などに話さなければ、加害者をどうする事も出来ない……
「それに少数ですがSNSとかでたまに見かけますよね、何が真実なのかハッキリとしていないのに、一部分だけしか見ずに『誘いに乗った女性が悪い』だとか『姿を見せないで訴えるのは卑怯』だとか…… しまいには『金目当て』だの…… そんな声を本当に被害あった女性が聞いてしまったらどう思うのか…… いくら守ってくれると言われても、あれでは恐ろしくなって立ち向かいたくても声も上げられなくなってしまいますよ」
不確かな情報で、勝手に決め付ける…… 真実が何かも分からないのに……
俺も似たような事を楓にしてしまった。
葉月が身を削る思いをして過去を打ち明けてくれなければ気付く事が出来なかった事だ…… 二人とも…… 本当に済まなかった……
「かといって一人で抱え込み黙っていたらまた次の被害者が出てしまうかもしれない、その事で次の被害者が最悪な選択をしてしまったら…… なんて可能性があるかもしれないと思うと…… 苦悩してしまう気持ちは痛いほど分かります……」
黙っている事を選び、すべてを諦めた…… 『すべて』とは生きる事も含まれていたと思う。
そんな二人を見て、俺は……
被害にあった事を『話す』のも『話さない』のも、どちらも被害者にとって非常に辛い事なんだと、楓と葉月のおかげで知る事が出来た。
だからこそ二人の判断に任せて、いつでもどんな形でも、本人がしたいと思った事を尊重して寄り添う道を選んだんだ……
「だから私は、すべての人を救うのは無理ですが手の届く範囲で…… 相談出来ずに苦しむ女性に対し、少しでも助けになるようにと手を差しのべるという選択をしました、そしてこれ以上手の届く範囲で被害者が増えないようにと、被害を訴えたかったら出来る限りの手助けをしようと、様々な人達に協力してもらっています、本当なら木下さんにも先に話をしておくべきだったんでしょうが、今回の件にも関係がある別の事件で色々とありまして…… 我々が先に動かねばならず勝手な事をしてしまい申し訳ありませんでした……」
「いえ、俺は大丈夫です、大沢さんに調べてもらっていましたし、どちらにしても何もしないつもりはなかったので…… でもどうして鬼島グループの会長であるあなたがそこまでしようと思ったんですか?」
「実は私の家族…… 妻の妹も昔、被害にあいましてね…… 当時中○生だったんですよ」
えっ……
「それで被害にあった本人は、辛い経験をしたせいか、明らかに被害にあっているのに記憶が曖昧になっていて、犯人を『恋人』だとずっと思い込んでいたみたいで、しまいには妊娠してしまい、妻の親も、その妹が『恋人』と行為をした末に妊娠したと勘違いして、怒って勘当してしまったんですよ」
勘当って…… 被害にあった女性を? ……楓と離婚した俺も似たような事をしてしまっただけに、話を聞いて胸がズキッと痛んだ。
「それも真実が分かったのが数年前なんですよね」
「じゃあ…… その女性は?」
「その時に妊娠した子供と、その後に知り合った旦那さんと、新たな子供や孫に囲まれて幸せに暮らしていますよ」
そうか…… これで良かったのかは分からないが、新たな幸せが見つかったんだ。
「ではこの場合、犯人が分かったとして木下さんだったらどうします? 加害者の子供を身籠り出産して、でも今は幸せに暮らしている…… 何十年も経った後に犯人が見つかったと、制裁しようと伝えた方が良いと思いますか?」
旦那さんと新たな子供、孫までいるんだろ? 幸せなら…… 余計な波風は立てない方がいいような…… この場合はどうするべきか考えるのは難しい。
「……難しいですよね、それぞれ背景が違いますから…… だから我々は『都合が良すぎる』かもしれませんが、被害者のために手の届く範囲だけ裏で動くことを選びました…… 法で裁くのにも長い期間と、場合によって被害女性への誹謗中傷や二次被害がある可能性もありますし…… だから加害者の再犯をなるべく阻止しようと可能な限り迅速に動くよう努力をしています」
鬼島は大企業だからそんな事が出来るのかもしれない。
この話しぶりだと警察とかにも繋がりがあるのか?
「それでも法に触れることはあまり出来ないんですが、先々代の鬼島グループ会長、妻の祖父の教えがありまして……」
『あまり』って…… 少し恐いんですけど……
「『やられたらやり返す、ただし同じくらい、ほんの少し上乗せをして』という鬼島の教えを元に私は動いていますから、被害者に最大限寄り添う形で行動し、加害者には…… あっ! 木下さん家族にこれ以上危害が加わらないようにサポートもさせて頂きますので安心して下さい」
いや…… やっぱり恐いんですけど…… 鬼島さん……
「だから木下さんは周囲を気にせず、家族を支え、心の傷を癒す事に全力を注いで下さい」
そうか…… これを伝えるために俺はここに呼ばれたのか。
一人では心細かったが俺達家族以外にも『味方』になってくれる人がいると分かれば…… 心強い。
「ありがとうございます……」
楓…… 葉月…… 二人は今頃どんな話をされているんだろう?
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