俺達の新生活 2

「木下さん! 木下さん!」


「そんなに呼ばなくても聞こえてるから…… 今日はどうしたの?」


 休憩時間になるといつものように草薙くんが俺に話しかけてくる。


 …………


 あれから草薙くんと柑奈さんが揃って俺達の新居に来て、葉月の件で謝罪をされた。


 別に俺達にしてみれば草薙くんのおかげで今の生活を送れるようになったので、怒るどころか逆に感謝しているのだが、わざわざ菓子折りまで持って謝りに来てくれてこっちが申し訳ない気分になった。


「本当に…… すいませんでした! くーくん! ほら、ちゃんと謝りなさい!」


「いててっ! 頭を床に押し付けないで! 痛いよ柑奈ちゃん!」


「先輩に向かって生意気な口を聞いたんでしょ!? しかも『絶対言っちゃダメ』って言ったのに…… 葉月ちゃんにまで迷惑かけたじゃない!」


「あれは『押すなよ! 絶対押すなよ!』的なノリの話じゃなかったの?」


「そんな訳ないでしょ! もう、くーくんのバカ!」


「あー! バカって言った方がバカなんだよ? ……ぐぇっ! す、すいません」


「謝るのは私じゃないでしょ!!」


 ……と、謝罪というか夫婦漫才を見せられた気分だったけど、とにかくあの時の事をわざわざ謝りに来てくれた。


 葉月も柑奈さんと久しぶりの再会して喜んでいたし、何故か柑奈さんは楓とも打ち解けて…… 今では三人でランチなどに行く仲になったらしい。


 草薙くん達も交際は順調みたいだし、楓に友達が出来るのは良い事だと思うから、少しホッとしている。

 離婚の時、縁を切られた友達もいたみたいだしな…… 


 とにかく、草薙くんに怒っていないと伝え、その後は会社でもいつも通りに……


 …………


「木下さーん、俺達もマイホームが欲しいっす」


「……家を買うの?」


「まだ結婚してないっすけど、木下さんちを見たら羨ましくなっちゃったんすよねー、俺達」


 まあ、俺達は超特別価格で物件を紹介されて、なんとかキャッシュで買えたから良かったけど、普通に買うとなるとローンを組まないと厳しいだろうから大変だよ? 


「うーん、良い不動産屋さん、知らないっすか?」


「いや、俺達の家はなぁ…… 不動産屋を通したわけでもないし……」


「はぁぁ…… やっぱり結婚して、それからっすねー」


「もし結婚を考えているなら、結婚して落ち着いてから二人で話し合って決めた方がいいよ」


 マイホーム購入を急ぎ過ぎて失敗した俺達のようにならないように…… ね。


「あー…… それ、柑奈ちゃんも同じ事を楓さんに言われたらしいっす」


 うん、特に楓は選択を間違えて…… それで地獄に堕とされてしまったからな……

 と、また自己嫌悪してしまう事を思い出しながら、マイホームの話を絡めた草薙くんの惚気を休み時間いっぱい聞かされた。




 そして車で帰宅しマンションの駐車場に車を停め、ふと向かいにある公園の方を見ると、公園で遊んでいた穂乃果が俺に気が付いて駆け寄ってきた。

 

「あっ、パパー! おかえりなさーい」


「穂乃果、まだ外で遊んでたのか、もう暗くなるから家に帰らないとダメだぞ?」


「はーい! 凪海ちゃん、大海たいがくん、もう帰ろー」


「うん!」


「あっ、待ってー」


 むっ、男の子も一緒に遊んでたのか……  って、まだ穂乃果達は小学一年生だし、何を警戒しているんだ俺は……


 まあ帰るといっても目の前だし、凪海ちゃん達は兄妹で俺達と同じマンションに住んでいるから、帰る場所は一緒なんだけどな。


 そして家に帰ると良い匂いがして、キッチンでは楓と葉月が仲良く並んで晩ご飯の準備をしていた。


「ママ、葉月ちゃん、ただいまー」


「ただいま」


「あっ! 二人ともおかえりなさーい!」


「おかえり穂乃果、パパ…… あっ、葉月ちゃん弱火にして」


「はーい」


 本当に二人とも仲が良い…… 似てはいないけど、まるで姉妹かのように感じる時があるんだよな。


「パパ、手洗いうがいしなきゃダメだよ? 一緒に行こー」


「あー、ごめんごめん、行こうか」


 とにかく今はみんなで支え合いながら普通の生活を出来ている。

 穂乃果も楓と葉月がいると嬉しそうだ。

 楓も笑顔が増え、葉月も楽しそうに生活している。


 だけどこのままにしておけない事があるのも分かっている。


 楓がもっと精神的に安定してきたら…… もし楓が望むなら…… 大学生アイツらに楓にした事を償わせたい。


 でも…… アイツらが心から反省して、素直に罪を償おうと思うだろうか?

 警察に相談し裁判などになって…… すんなり罪を認めるかが不安だ。


 アイツらが罪を認めなかったら…… 楓は何度もあの時の被害の事を思い出しながら、何度も他人に説明するために過去の話を…… と思うと、震えながら必死に俺に話してくれた楓や葉月の姿が目に浮かんで…… 無理はさせたくない。


 かといってこのまま泣き寝入りするのも、前に進むためには良くないと思う。


 葉月の過去の関係者についても…… あとはすべて探偵の大沢さんからの連絡を待つしか今は出来ないんだ。


 本当はこの手で復讐してやりたいくらい憎いけど、俺がそんな行動に出るのを恐れて楓は一人で抱え込んでしまったから、間違っても俺一人で勝手に行動することはしない。


 もしもアイツらに俺が個人的に、怒りのまま復讐したとして、そんな汚れた手で穂乃果を抱き締めるなんて出来ないしな……


 そんなどうしたら正解なのか分からなくてもどかしい気持ちはあるが、今はこの平穏な日々を過ごし、みんなで傷付いた心を癒す事を最優先にしたい。


「パパ! 水を出しっぱなしにしちゃダメだよ!」


「ご、ごめんなさい……」


 穂乃果…… 怒り方が楓に似てきたな…… はははっ。

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