俺達の新生活 1

「ただいまー! 凪海なみちゃんと遊びに行ってくるねー!」


「ああ、気を付けるんだぞー!」


 今日は午前中に用事があって会社を休ませてもらった。

 そして午後に帰宅してリビングでくつろいでいると、穂乃果が小学校から帰って来た…… と思ったら、玄関にランドセルを置いてすぐに遊びに行ってしまった。


「ふふっ、もう……」


 楓はそんな穂乃果の姿を見て笑いながら、玄関に置かれたランドセルをサッと拭いて穂乃果の部屋へと運んでいた。


「あはっ、元気ですねー」


 同じくリビングでくつろいでいた葉月は、ソファーに座りながらコーヒーを飲んでいる。


 小学校一年生になった穂乃果。

 この地域に引っ越してから同じマンションに住む、例の管理人さんの娘さんとお友達になり毎日のように遊んでいる。


 向かいには大きめな公園があり近所の子供達も集まっていて、夕方になるまで楽しそうな子供達の声が聞こえてくる。


「はぁ……」


「どうしたんですか?」


「いや、穂乃果が毎日楽しそうで、ここに引っ越してきて良かったな、って思ってさ」


 友達が出来た事もだが、やっぱり楓と葉月がそばにいるから…… っていうのも穂乃果が楽しそうにしている要因の一つだと俺は思っている。


「本当ですねー、葵社長が『あなた達にとって良い地域だから、住むなら絶対ここにしなさい』って言っていた意味がわかりましたよ」


「ああ、感謝しないとな」


 最初はご近所付き合いとかをかなり心配していた。

 楓との結婚生活に選んだ場所は、最初良い雰囲気だと思って住んだら、ふたを開けてみたら…… あんな状況だったしな。


 でも、この地域は少し不思議で…… 俺達がみんなで一緒に歩いていても、特に何も言われない、むしろ……


『ああ、ここは気にしない人…… というか、むしろ応援してくれる人ばかりですよ』


 と、まるで経験者かのように管理人さんが語っていた通り、俺達を見ても物珍しい目で見られるどころか『旦那さんも大変ね』とか『母娘とかではないなら普通よね』とか『防音工事はした?』とか…… よく分からない質問はされるだけで、特に何かヒソヒソと悪口のような話をされる事は今の所ないし、付かず離れずの絶妙な距離感があるご近所さんが多いという印象だ。


 あと、管理人さんには『もし生活で困った事があったらすぐに私達に相談するように』と言われている。


 あえて噂話というなら、この近所にあるお団子屋さんが新作を出したとか、ポルターガイストがどうとか…… ポルターガイストは意味が分からないが、お団子屋さんは有名らしいから行ってみたいなぁ…… 今の所はそれくらいかな?


 だから、みんなで買い物に行ったところで人の目を気にしなくていいというのが、一番住みやすいと感じる所だ。


「パ…… 大樹くんはコーヒーのおかわりいる?」


「あっ、もらおうかな」


「あっ! 楓さん、あたしにもくださーい」


「ふふふっ、ちょっと待ってね、今持ってくるから」


 ……楓と葉月の関係も良好、むしろ仲が良すぎるくらいだ。


 やっぱり似ているんだろうな、色々と……

 だから気が合うのか、普段も仲良くしゃべっているし、俺がいない時に楓が不安になったら葉月が落ち着かせてくれているんだと、二人は何も言わないが俺はそう思っている。


 広すぎるリビングだからと奮発して買った、四人で座るには大きすぎるソファーに三人で座りながら、この久しぶりに感じる平和で穏やかなひと時を、穂乃果が帰ってくるまでのんびりと過ごした。


 

「ただいまー! ママー、麦茶飲みたい!」


「ふふっ、おかえり、用意しておくから先に手洗いうがいしなさいね」


「はーい!」


 日が沈みかけ、夕焼けで辺りがオレンジ色になってきた頃、外で遊んでいた穂乃果が元気良く帰ってきた。


 俺と二人で暮らしていた時は、保育園に迎えに行く時間も遅くなりがちだったから、こうして友達と外で暗くなるまで遊ぶという事はなかったからな…… そう考えると穂乃果には色々我慢させていたんだなと申し訳なく思う。


「葉月ちゃんただいま! えへへっ、ママと葉月ちゃんの間に座ろー!」


「おかえり穂乃果ちゃん、学校は楽しかったー?」


「うん! あのねー、葉月ちゃんに選んでもらった靴下、クラスの子に『可愛い』って言われたんだぁー」


「あはっ、良かったねー」


「ママに買ってもらったシャツも『おしゃれ』って言われたよー」


「ふふっ、そうなんだぁ」


 楓と葉月を交互見ながら、笑顔で学校であった事を話す穂乃果。

 こんな風に穂乃果は分け隔てなく俺達に接して、何とかみんなの縁が切れないようにと頑張っていたんだろうな。


 穂乃果がいなければ今の生活はない。

 穂乃果がいなければ…… 俺達は幸せになれなかった。



 だけど…… 将来の心配がなくなったわけではない。

 どっち付かずの生活を咎められる事はないが、ずっとこのままというのも…… 楓と葉月に悪い事だと思っている。


 もし葉月が結婚を望んでいたら、自分の子供が欲しいと望んでいるなら、今のままじゃいけないと思う。


 もし楓が今より精神的に安定してきて、やっぱり俺とやり直したいと考えたら、どちらも可能性がないとは言えない未来だからこそ真剣に考えなければいけない。


「パパー? えへへーっ」


 俺が悩んでいるのを察したのか、楓と葉月の間にいたはずの穂乃果がいつの間にか俺の隣にいて、笑いながら抱き着いてきた。


 本当に…… 穂乃果は周りを良く見ているな、さすが楓の娘だよ。


「仲間外れにされて寂しいのー? えへっ、大丈夫だよ! 穂乃果はパパもだーい好きだから!」


「ははっ、嬉しいなぁ」


 本当に…… 穂乃果がいてくれて、俺達は幸せだよ。


 最悪、この部屋をまた二戸に戻す工事をして…… など色々と考えてはいるが、今は答えを急ぐ時ではないと、抱き着いてきた穂乃果の頭を撫でながら思った。

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