新しい未来への第一歩として

 葉月と再会し自分の気持ちを正直に伝えた。

 その結果、世間的には許されないような生活にはなってしまうが、穂乃果を第一に考えて生活するならという条件で、葉月は再び戻ってきてくれると約束してくれた。


 その後の楓と葉月の話し合いで何を話していたのかは教えてくれなかったが、コンビニから帰ると二人が笑いながら話をしていたので険悪な話し合いにはならなかったんだと思っている。


 その結果を一番喜んでいたのは、なんといっても穂乃果で……


「わーい! はづきちゃん、いつかえってくるの!? あした? あさって?」


「うーん…… お仕事が忙しいし、穂乃果ちゃんが小学生になった頃かな?」


「えー!? でもそつえんしきにはぜったいきてね! パパとママ、はづきちゃんもいっしょじゃなきゃダメだからね!」


「えっ…… あ、あはっ……」


 助けを求めるように葉月は俺達を見つめてきたが、俺達は苦笑いするだけ。

 穂乃果が望みだから叶えてあげて欲しいとは思うが無理強いは出来ないので答えは葉月に任せた。


「……うん、何とか時間を作れるようにお店の人に聞いてみるね」


「やったぁー! パパ、ママ! はづきちゃんがきてくれるってー! えへへっ、みんないっしょー!」


 まだ大丈夫と決まったわけじゃないのに穂乃果は大はしゃぎ、葉月に抱き着いたりと全身で喜びを伝えていた。


 とにかく、葉月も一緒に暮らすとなると…… 住む場所も穂乃果が小学生になる前に早めに決めないといけない。


 考える事はいっぱいあるが…… 明るい未来へと進むための悩みだから…… 気分的にも暗くはならないな。


 

 そして次の日、ついでと言っては何だが、葉月の働いている『パープルサウンド』というお店で、穂乃果の卒園式と入学式用の服を葉月に見繕ってもらった。


 これにも穂乃果は大はしゃぎしていた。

 パープルサウンドはヴァーミリオンの姉妹店らしく、葉月と初めて会った時に葉月の服装を羨ましがっていた穂乃果にとっては、店に置いてあるどの服も、葉月みたいにおしゃれになれるような服に見えたみたいだ。


 楓も加わってあれこれと服を選んでいる様子を見て、やっぱりパパは仲間外れになるんだなと思いつつ、楽しそうに笑う三人を見て微笑ましくもあり、何が何でもこの笑顔を守っていこうと強く決意した。


 その後、一旦葉月とお別れし俺達は自宅へと帰った。

 もちろん新しい連絡先を教えてもらい、帰宅後も毎日、夜になると穂乃果と葉月はテレビ電話をして楽しそうにおしゃべりをしていた。


 たまに穂乃果に呼ばれた楓も加わってと…… こっちでもパパは仲間外れ、だが俺にも葉月から電話が来て、今後の生活についてや、楓の事についての話を二人でしている。


「葉月、そっちの生活は大丈夫か? 心配だよ」


『あはっ、もう…… 大樹さん、すっかり心配性になっちゃいましたね』


「そりゃそうだろ……」


 過去の話や、事件にも巻き込まれたんだぞ? そばにいてやれないんだから心配にもなるよ。


『ありがとうございます…… 大樹さん、大好きです』


「あ、ああ、ありがとう…… 俺も……」


『あはっ! 無理して言わなくても大丈夫です、大樹さんの気持ちは十分伝わってますし、言いづらい気持ちも分かりますから…… ただ、あたしが言いたいだけなんで気にしないで下さいね』


「ごめん……」


『謝られるのはイヤですねー、ありがとうの方が良いです』


「ありがとう葉月…… 早く会いたいよ」


『大樹さんったら…… あははっ』


 

 一方楓はというと、相変わらず弁当屋で働きつつ、家事や穂乃果の送り迎えと、俺達のために一生懸命やってくれている。


 ただ、あまり無理をして、また一人で抱え込むような事にならないかと心配し、なるべく家事や迎えなどは俺が率先してやるようにはしているんだが……


「私がやりたくてやってるんだから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ、それに…… 大樹くんや穂乃果のために色々出来る今が…… 凄く幸せだから」


 そう言われてしまうと、約二年も穂乃果と離れ離れにしてしまったという後ろめたさがあり、何も言えなくなってしまう。


「ふふっ、大樹くん…… とりあえず私の心配は良いから…… 着替えてきたら?」


 ああ…… スーツのままだった。

 帰宅したら楓が料理の準備をしていたから、無理させてはいけないと楓のそばでソワソワと見守っていたら着替えるのを忘れていた。


「ふふふっ、もう…… 大樹くんったら心配性なんだから」


 うん…… 心配だよ……


「はい、味付けはどうかな? 味見してみて」


「あ、ああ……」


 今日は肉じゃがか…… うん、食べ慣れた『我が家』の味付けだ。


「うん、美味いよ」


「ふふふっ、もう少しで出来るから、穂乃果にも言ってきて」


 時々、不安になって泣き出してしまう楓だが…… 少しずつ笑顔が増えてきて良かった。


 そして穂乃果の卒園式前日に葉月が我が家に一旦戻ってきて、穂乃果の卒園式に母さんも含めて四人で参加し、その後みんなで食事をした。


 母さんは最初、俺の選択に少し複雑そうな顔をしていたが、穂乃果が…… 要約すると『ママとはづきちゃんが一緒じゃなきゃダメ』という説明を一生懸命母さんにして、その後よく分からないが母さんは納得したのか、それ以来複雑そうな顔をすることがなくなった。


 多分、俺がまた中途半端な事をしているから何か言いたかったんだとは思うが…… 心配させてごめん。




 そして俺達が卒園式や小学校入学の準備と平行して進めていた引っ越しの準備も完了して……

 穂乃果が小学生になる前に、俺達は新しい町へと引っ越しをした。


 しかも引っ越し先は賃貸ではなく、思いきって中古のマンションの一室を三人でお金を出し合ってキャッシュで購入したんだよ……


 これからどうなるか分からないのに何でそんな無茶な事をしたんだ、と思われるかもしれないが、これにも理由があるんだ。


 葉月が働いていた職場の親会社の社長、鬼島葵社長に、俺達が住むにはちょうど良い町とちょうど良い物件があると、葉月が紹介されたらしい。

 葉月にその話を聞いて、日程を合わせて四人で内覧なども行ったが、今住んでいる町から電車でいうと四駅以上は離れていて、少し都心からは離れているが、住みやすそうな町で、仕事への通勤も苦ではなさそうな場所だった。


 マンションは築二十年以上らしいが最近改修工事を行ったばかりみたいで外観はかなり綺麗。

 しかも内覧した部屋もリフォームしたばかりでマンションにしてはかなり大きくてビックリしたが、どうやら二戸を一戸にしたらしく、二部屋分の広いリビングに部屋が五つもあって…… しかもオートロックやあちこちに防犯カメラなど、セキュリティもしっかりしているのに…… 価格がすべて込みで一千万だと言うんだ。


 こんな破格の値段はおかし過ぎるし、もしや訳あり物件なのでは? と疑っていたのだが、どうやら前の住人は海外に移住していなくなり、こちらに残った息子さんは結婚してこのマンションの別の部屋に引っ越したとかで、別に訳ありとかではなかったみたいだ。

 

 じゃあ何故そんなに安いんだ? と思って聞いてみたら、葉月が苦笑いしながら『ヴァーミリオンで働いていた時の慰謝料の代わり』と社長に言われ、でも贈与するわけにはいかないからと、この破格の値段を提示してきた…… とこっそり教えてくれた。


 そして穂乃果がこの町とこのマンションをえらく気に入ったというのが一番の決め手になった。


 マンションには穂乃果と同じ歳くらいの子供も何人か住んでいて、部屋を案内してくれた管理人さんからも『この町の人達は子供にも優しい』と教えてもらえた。


 だけど『子供に』って、含みのある言い方が少し引っ掛かった……

 そして俺達を見て、やたらと『うんうん』と頷いていたのも……

 管理人さんはクールで美人なママさんで、穂乃果と同じ歳の女の子がいると言っていたから…… とりあえずこんな管理人さんがご近所付き合いの心配もあまりしなくても大丈夫そうだとは思う。


 とりあえず、『鬼島』お墨付きのこんな良い物件にはもう二度と巡りあえる可能性はないからと即決して、どうせローンを組むくらいならと、三人の貯金を合わせてキャッシュでマンションを購入した。




 そして……


「ほら、早く準備しないと入学式に間に合わないよ」


「ママ、でも葉月ちゃんがまだ来てないよー」


「パパが迎えに行ってるから、早く着替えて」


「そっかぁー、はーい! えへへっ」



 …………



「大樹さーん!」


「葉月! 久しぶり、マンションを見に行って以来だな」


「そうですね、会いたかったです……」


「俺も会いたかったよ……」


「あはっ、大樹さん、そんなに強く抱き締めないで下さいよ…… ほら、急がないと! 入学式に間に合わないですよ!」


「ああ、じゃあ行こうか」


「はい! ……あっ! あたしの荷物は明日届く予定なんで」


「部屋の準備は出来てるよ」


「ありがとうございます!」



 俺達は引っ越しして、穂乃果が小学生になり、そして葉月が帰って来て……


 穂乃果が入学式を迎える日。

 新しい町で、俺達の新しい生活がこれから始まろうとしていた。

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