みんなの『願い』 《葉月》
◇
「はづきちゃーん…… えへへっ」
さよならを告げたはずの三人が目の前にいる。
もう二度と会わないつもりでいたのに再会して少し気まずいけど、あたしに抱き着いて離れない穂乃果ちゃんを見ていると、悪い事をした気分にもなってしまい、こうなってしまったらあのまま寒空の下で話をするわけにもいかないので、あたしは三人に下宿先のアパートまで来てもらった。
元々新店舗の教育係として短期間働く予定だったから最低限の荷物しかない殺風景な部屋で少し恥ずかしいが、他に話を出来る場所もこの辺にはないから、仕方ないよね。
それよりも…… テーブルを挟んで向かい側に座る大樹さんの様子の方が心配……
何か言いたそうな顔が、まるで悪い事をして怒られる前の子供みたいな顔をしていて…… 申し訳ないけどちょっぴり可愛いと思ってしまった。
「葉月…… 突然来てしまって済まない」
「あたしがここにいるってどうして分かったんですか?」
「……草薙くんに聞いたんだ」
ああ…… 草薙くんってことは、柑奈さんかぁ…… 寂しくて結構連絡を取り合っていたからな。
だけど誰にも教えないでって言ったのに……
「はづきちゃん、パパをおこらないであげて? ほのかがはづきちゃんにあいたいっていったの!」
「そっかぁ…… うん、怒ってないから大丈夫だよ」
「えへへっ、ありがと! ……はづきちゃんのいいにおいがするー」
穂乃果ちゃんに言われたら怒れないよ。
別に怒ってはいないけど…… 大丈夫なのかと色々心配の方が大きい。
「私まで来ちゃってごめんね……」
「いえ…… わざわざ来てくれてありがとうございます」
楓さんも申し訳なさそうな顔をしているだけで、あたしに会いたくないってわけではなさそうだから…… 無理してないよね?
「皆さん、突然何も言わずにいなくなって…… すいませんでした、あたしがこんな事しなければ…… こんな遠くまでわざわざ時間をかけて来ていただくことにならなかったのに」
「……いや、こちらこそ済まなかった」
「葉月ちゃん、ごめんなさい……」
あたしが勝手に決めたことなのに何で二人が謝るんですか……
「えへへっ、みんなごめんなさいしたからなかなおりだね! じゃあはづきちゃん、かえろ?」
穂乃果ちゃん、あたしはもう帰れな……
「葉月ちゃん、私ちょっと疲れちゃったから、横になりたいんだけど…… あっちの部屋を借りても大丈夫?」
「えっ…… 大丈夫、ですけど……」
「穂乃果、ママ具合悪くなっちゃったから、そばで見ててくれない?」
「ママ、だいじょうぶ!? ……うん、ほのかがママのめんどうみてあげる!」
そしてあたしが寝室として使っている部屋に案内すると、楓さんがあたしと大樹さんを交互に見て目配せをした。
……多分二人で話をしろってことだよね。
そしてリビングにはあたしと大樹さん二人だけになってしまった。
何を話せばいいの? 今更……
「葉月、はっきりしない俺のせいで辛い選択をさせてしまって申し訳ない! ……許して欲しい」
大樹さん…… 別に大樹さんが悪いわけじゃないのに……
「葉月が俺達のためにいなくなったのは分かっていた、それなのに来てしまってごめん…… だけど葉月…… 最低だけどやっぱり俺…… 葉月を忘れられないんだ…… やっぱり…… 葉月とも一緒にいたいんだよ……」
大樹さん…… 嬉しい…… 嬉しいですよ? でも、それじゃあダメなんですよ。
あたし達は良くても世間的にあまりいい目で見られない状況になっちゃいますから。
そしてそんな目に晒されて穂乃果ちゃんにどんな悪影響があるか分からないですから……
「ありがとうございます、でもやっぱりダメです、すいません」
「穂乃果が毎日『はづきちゃんにあいたい』というたびに胸が苦しくなったんだ『俺だって会いたい』と…… でも今の俺は楓も守りたいとも思っている、だから葉月の事は…… もう忘れようと努力した、でもダメだった…… だから……」
あたしだって忘れられないですよ…… 優しくて、でもどこかほっとけなくて、それでも命懸けであたしを守ってくれた…… そんな大樹さんが……
「世間の目が気になるなら、どこか遠くに引っ越してもいい、ここまで来る途中、色々話し合って楓も穂乃果もそう言ってくれた、だから…… 情けないかもしれないが精一杯葉月も守るから…… 帰って来てくれ…… お願いします……」
あたしのためにそんな話を?
でも…… 楓さんの本当の気持ちも聞かないといけない。
「……楓さんと二人きりで話がしたいので、少し考えさせて下さい」
「ああ、分かった……」
その後、あたし達の話し合いが終わったのを見計らったようにあたしの寝室から楓さん達が出てきた。
「ママ、食べ物と飲み物をコンビニに買いに行こうと思っているだけど、何か欲しい物はあるか?」
「じゃあおにぎりとお茶…… かな?」
「葉月は?」
「えっ? あ、あたしも同じ物を……」
「分かった…… 穂乃果、パパと一緒にコンビニに行かないか? 穂乃果が食べたいお菓子も買ってあげる」
「おかし!? いくー! ほのかねー『ドズルのザービ』たべたーい」
「よし、それじゃあそれも買おう、二人とも行って来る」
「いってきまーす!」
あっ…… 行っちゃった…… 話し合いは明日とかでも良かったのに。
そして大樹さんと入れ替わるように、あたしの向かいに楓さんが座った。
「葉月ちゃん…… せっかく私達のために考えて行動してくれた葉月ちゃんにこんなお願いするなんて酷いかもしれないけど…… 私からもお願い、また私達と一緒に生活出来ないかな?」
「楓さんまで何を言ってるんですか! このままあたしがいる生活を続けたら、いずれ穂乃果ちゃんに悪影響になるって分かりますよね?」
楓さんなら分かっていたはず…… 多分、あのままあたしが一緒に暮らしていたら、楓さんが出て行きそうな気がしたから…… それならあたしが、って思って先に出て行ったのに。
「分かってるよ、いずれ私が出て行くつもりだったのに気が付いて、葉月ちゃんが先に出て行こうと思ったんでしょ? ……不思議よね、私も葉月ちゃんの考えていること分かっちゃうんだもん……」
それなら! 何でこんな遠くまで…… あたしに会いに来たんですか。
「でもね、やっぱりダメみたい…… 私達家族は元通りには戻れないの……」
「そんなの…… まだ三ヶ月ですよ? 分からないじゃないですか!」
大樹さんならきっと、時間はかかるかもしれないけど楓さんを癒してくれる。
だから……
「ううん…… いつか家族には戻れるかもしれないけど、もう夫婦には戻れないって分かったから」
…………
「やっぱりね…… 大樹くんは私が『他人』に触れられて汚されたのが、どうしても引っ掛かっているみたいで…… 大樹くんと私の間には見えない壁があるの、多分この壁はもう無くならない、だからずっとギクシャクしたまま…… このままの方が穂乃果に悪影響だよ……」
そっか…… 大樹さんは楓さんの料理を食べられないくらいだったもんね。
そこまで考えてなかった……
「私の傷は大樹くんが癒してくれるかもしれない、実際に大樹くんと一緒にいるだけで安心するからいつかは前を向けるんじゃないかと思ってる…… でも、大樹くんの傷は…… 私じゃきっといつまでも癒せない、だから…… お願い! 大樹くんのため、穂乃果のためにも…… 葉月ちゃんがいないとダメなの! 本当にいなくなった方がいいのは…… 私なの……」
楓さんがいなくなった方が穂乃果ちゃんが傷付くんですよ!!
もう…… みんなそれぞれ自分よりも他の人を優先して…… ほんと、似た者同士なんだから……
「はぁ…… 分かりました…… でもすぐには戻れませんよ? 仕事もあるんで、それでもいいですか?」
「葉月ちゃん…… ごめんね、ありがとう……」
「だからいなくなろうと考えるのはもうダメですからね……」
もう! 仕方ないですね……
楓さんも、大樹さんも、そしてあたしも……
そう決めたのなら穂乃果ちゃんに悪影響にならないように、三人で守っていかなきゃいけませんね。
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