捨て切れない想い 2

「じゃあウーロン茶で!」


「……一緒の物をお願いします」


 草薙くんに話があると誘われ、個室のある居酒屋へとやって来た。

 でもお互いに酒を飲むつもりで来たわけではないので、ソフトドリンクを注文した。


 ……お調子者でいつもは一方的に話をしてくる事が多い草薙くんが無口なのは少し気まずく感じてしまうが、わざわざ個室のある店に来たということは、会社ではあまり言いたくない内容の話なんだろうと予想している。


「じゃあ乾杯しますか!」


「あ、ああ…… 乾杯」


 軽くグラスを合わせ、ウーロン茶を一口。

 草薙くんは喉が渇いていたのか半分ほど飲んでグラスを置き…… 


「木下さん、復帰してから失敗ばかりして、もしかして寂しいんすか?」


「えっ?」


 そんな事を言ってきた。


 ただ、その顔は冗談で言っているような顔ではなく、むしろ機嫌が悪いというか…… もしかして何か怒っているのか?


「いや…… 失敗して迷惑をかけているのは本当に悪いと思うが、別に寂しいわけじゃ……」


「……仕方ないっすね、じゃあまた『大人のお店』行きますか?」


 ……本当に、どういうつもりだ?

 草薙くんには柑奈さんという彼女がいるだろ? それに…… とてもじゃないが『大人のお店』には行きたいとは思わない。


「大人のお店に行けばが見つかるんじゃないっすか? 『モミジ』ちゃんの代わりになる女の子が……」


「……はっ?」


 モミジ? ……葉月の事を言っているのか? しかもだと? ……いくら可愛がっている後輩でも、言っていい事と悪い事がある。


「……ふざけるのはやめてくれ、何が言いたいんだ?」


 落ち着け…… 落ち着くんだ、何を動揺しているんだ、俺は…… 草薙くんは俺を励まそうとしているのかもしれない、とてもそうは見えないが……


「だから…… 失敗ばかりするなら代わりを見つければ良いじゃないっすか…… 忘れられないなら」


「…………」


「あー、今の木下さんを見ていたら余計な事を言っちゃいそうっす! 柑奈ちゃんには『言ったらダメだよ! 絶対ダメ! ダメだからね!』って言われてるんすけど……」


 本当に…… 何を言ってるんだ? しかも柑奈さんが? 言ったらダメって言われてるなら……


「口が滑っちゃいそうっす、『葉月ちゃんが○○市にあるアパレルショップ『パープルサウンド』で働いているって、絶対教えちゃダメ』って言われてるの、口が滑って言っちゃいそうっすよー…… あー! すいません! 思わず口が滑っちゃいましたー! ……木下さん、今のは聞かなかった事にして下さい、絶対っすよ?」


 ……草薙くん


「……柑奈ちゃんが『葉月ちゃんは絶対後悔しているから、連れ戻さないとダメ』とも言ってました、これも口が滑っただけなんで聞かなかった事にして欲しいっす」


「……草薙くん、ありがとう」


「いえいえ、ただ口が滑っただけっすから、でも…… これで仕事に身が入れば良いっすね」


 葉月、やっぱり俺は…… 葉月を忘れることなんて…… 出来ないよ。





 

 ◇





「……じゃあこの組み合わせなんかどうですか? 今時の中学生ならこれくらいの露出なら普通だと思いますよー」


「……そうなの? ……うーん、この子も気に入っているみたいだし、じゃあこの服をいただこうかしら?」


「あはっ、ありがとうございます! ではこちらで会計をお願いします」


 パープルサウンド…… ヴァーミリオンよりも若者向けのブランドらしいけど、あたしの接客でもなんとかなる…… かな?


 まっ、とりあえず短期間指導するだけだし、あとはこれから働くスタッフに工夫しながら売ってもらえば大丈夫だよね。


「ありがとうございましたー、またのお越しをお待ちしてますねー」


 ○○市って、前に住んでいた所よりも栄えてないから売上的に心配だったけど、ライバルになる店も少ないからお客さんが結構来てくれる。

 これならあたしがいなくなっても余裕でノルマは達成出来そうだね。


「ほぇー! さすが小林さん! 都会のレディは違いますねー」


「あはっ! もう、都会のレディって何ー?」


「ウチのような田舎っぺ娘には小林さんが輝いて見えますよー」


「田舎っぺ娘…… ぷふっ! 面白い事を言うね! じゃあ閉店の準備をしよっか」


「はい!」


 新店舗ということで、スタッフも地元の人を多く雇っているみたいだけど、特にこの娘はやる気に満ち溢れていて…… 何だか昔の自分を見ているようで微笑ましい。

 田舎から出てきたあたしが、亜梨沙さんや先輩方を見て思っていた事と同じようは事を言っているところも…… あはっ。


 

 大樹さん達に書き置きだけ残していなくなって三ヶ月…… 亜梨沙さんに無理矢理頼んであたしは○○市にやってきた。


 下宿先も鬼島グループ社長の葵さんが防犯がしっかりしたアパートを用意してくれたし、生活に不便はない。


 ただ…… 夜、一人になるとやっぱり寂しい。

 だからかなりの頻度で柑奈さんに連絡をしてしまうが…… 帰ろうとは…… 思わない。


 あのままあそこにいたら…… きっと大樹さんがあたしを守るために頑張ってくれる。

 そして、きっと酷い過去を持つあたしを…… それでも全力で愛してくれると思った。


 だからこそ帰ろうとは思わない。


 だって…… きっとあたしと同じくらい、楓さんにも同じ気持ちを抱いていると感じたから。


 大樹さんをこれ以上悩ませるのは良くない。

 一番はもうすぐ小学生になる穂乃果ちゃんに悪影響になるから。


 それなら…… 元の家族に戻れるならそっちの方が穂乃果ちゃんにとって一番良いと思ったあたしは…… 三人の前から黙っていなくなる道を選択した。


 楓さんが今後どうしたいのか考えられるようになるまで、大樹さんに支えてもらいながら心の傷を癒さないと…… 精神的にギリギリそうだったしね。


 あたしならすべてを諦め、身体を売ることすらもどうでも良くなっていたのに…… やっぱり『ママ』は強いんだなぁ……


 はぁ…… 帰ったら何しようかな?

 少し前までは毎日のように穂乃果ちゃんと電話でおしゃべりしたり、大樹さんの家に泊まってお互いに癒し合ったりと……


 幸せだったなぁ…… あはっ。


 仕事を終え、下宿先のアパートまで今までの事を思い出しながらトボトボと帰っていると……





「はづきちゃーん!! はづきちゃーん!!」



 あれ? 穂乃果ちゃんの声が聞こえたような…… あはっ、幻聴かな? こんな所にいるはずないのに……



「はづきちゃぁぁーん!」


 

 やっぱり…… 穂乃果ちゃんの声!?

 後ろの方から聞こえたよね?


 そして後ろを振り返ると……



「うわぁぁぁん!! はづきちゃーん! あいたかったよぉぉー!!」


 泣きながらあたしの方に駆け寄ってくる…… 穂乃果ちゃんの姿があたしの目に飛び込んできた。

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