捨て切れない想い 1 

『大樹さんへ


 何も言わずに急にいなくなってごめんなさい


 色々考えてみましたが、やっぱり親子三人で幸せに暮らすのが穂乃果ちゃんにとって一番だと思い、あたしは離れて暮らす道を選ぶことにしました


 でも大樹さんや穂乃果ちゃんがあたしを癒してくれたおかげで前を向いて生きていけるようになりました

 だからあたしの事はもう心配しなくても大丈夫ですよ


 今まで本当にありがとうございました


 穂乃果ちゃんには『仕事で遠くに引っ越さないといけなくなった』とでも伝えてもらえたら嬉しいです


 三人が幸せになる事を祈ってますね


 さようなら、大樹さん



              葉月 』




 …………

 …………




 こんな書き置きを残し、葉月が俺達の前からいなくなって三ヶ月…… 


 穂乃果はもうすぐ保育園を卒園し、春から小学生になる。


 ケガが完治してからは少しずつ、楓といる時間を増やし、今はほとんど一緒に暮らしている状況になっている。


 許す、許せないは別として、今の楓の状態を見ていたら、とてもじゃないが一人にしておけない状態なので、とにかくそばにいて、楓の心の傷を少しでも癒してあげたいと考えている。


 離婚した時くらいから今まで、ずっと気を張って生きてきたんだろう。

 俺に真実を話し誤解が解けた安心からか、楓の中で緊張の糸が切れて精神的に不安定になってしまったみたいだ。


 突然不安になったりして泣き出してしまう。

 そんな時に手を握ったり、背中をさすってやるくらいしか出来ない自分が凄く腹立たしい。

 ただ、穂乃果の前ではそんな弱った姿を見せまいと、いつも通り笑顔で穂乃果に接している。


 もしかしたら自分が『穂乃果の母親だから』という気持ちだけで、今まで何とかギリギリ精神を保っていたのかもしれない。

 

 こんな時にどうしたらいいんだろう。

 一応カウンセリングなども考えたが、俺に話すことさえ辛い出来事を、他人に話せというのも…… 余計に傷が深くなるような気がして、カウンセリングを受けたらどうかとは、今の楓にはとてもじゃないが言えない。


 あと、大沢さんの事務所にも行ってみたが、仕事が立て込んでいるみたいで忙しそうだったので、引き続き調査を頼むだけで帰ってきた。


 でも帰り際に『今、調査している別の案件が片付けば、何かしら報告出来るかも』と言われたんだが…… どういう事なのかは分からなかった。


 本当は葉月の行方も知りたかったが…… 葉月を探し出したところで、俺は何と伝えればいいんだ? また中途半端な気持ちを伝えるだけなら葉月を困らせるだけだ。


 それでも…… 



「大樹くん……」


「……あ、あぁ、悪い、どうした?」


「穂乃果の卒園式に着て行く服の事で話があるんだけど……」


 服? ……ああ、そういう事か。


「穂乃果には卒園式用に新しい服を買うつもりだったんだけどな……」


「うん…… でも……」


 穂乃果の小学校の準備もあるし今は私生活が色々とバタバタしているのだが…… 


「パパ! ……そつえんしきのふくは、はづきちゃんにえらんでもらいたいの! ねぇ、パパぁー! はづきちゃんにたのんでー! おねがい!」


「仕事が忙しいって言ってたから、葉月には頼めないんだよ……」


 こうして穂乃果に嘘をつかなければいけないのは本当に心苦しい…… でも…… 葉月に別れを告げられ、居場所も知らない俺にはどうする事も出来ないんだよ…… ごめんな、穂乃果……


「やだやだぁ! はづきちゃんにえらんでもらいたいの! はづきちゃんにあいたい! パパ、ママ、おねがいおねがい!!」


 本当に…… どうすればいいんだよ……


 葉月がいなくなって三ヶ月、穂乃果は毎日のように『葉月ちゃんに会いたい』と、俺や楓に言っている。


 会えないと伝えても、会いたいの一点張りで、たまに駄々をこねるように床に寝転んで手足をジタバタさせながら必死に『会いたい』と俺達に訴えかけていた。


 卒園式にも『はづきちゃんがこないならいかない!!』と穂乃果に言われ…… 俺達は困り果てていた。


 これも俺が中途半端な気持ちのまま、ズルズルと過ごした結果だから、穂乃果を怒ることなんて出来ないし、何とか諦めてもらうしかないんだよ……


「はづきちゃんがいないとダメなの!!」


 


 …………




 最近の生活を思い返しながら、職場の休憩室で温かいブラックのコーヒーを飲んで、思わずため息をついてしまった。


 ちなみにケガが治ってからすぐ仕事に復帰した。


 事件に巻き込まれた事はニュースにもなっていたので、俺の名前は出ていなかったが俺がケガをした時期と同じだったこともあり職場の人達には勘付かれていて、復帰後は色々質問攻めにされて大変だったな。


 上司には心配されて『あまり無理するな』と言われたが、仕事に出た以上迷惑をかけるわけにはいかないので、今まで休んだ分を取り返すつもりで一生懸命働いている。


 仕事に集中していれば、その間だけは葉月の事を考えずに済む……

 少し前までは楓の事ばかり考えていたのに、本当に…… バカだよな、俺は……


 どちらも守りたいなんて思ってしまったから、葉月は離れていったのか? でも、俺の気持ちは……


「木下さん、木下さん」


「あっ、草薙くんお疲れ様、休憩かい?」


「はい! いやー、最近忙しくて大変なんすよー」


 そう言いながら、草薙くんはチラリと俺の顔を見て、ため息をつきながら目を逸らし、ジュースを飲んでいる。


「急に休んで悪かったね、これから休んだ分を取り返すために頑張る……」


「あー、無理しなくて大丈夫っすよ」


 ……えっ? 


「木下さん、仕事に集中出来てないじゃないっすか、細かいミスが多いし、まだ休んでいた方がいいんじゃないっすかー?」


「いや、そういうわけにはいかないだろ」


 今日の草薙くん、トゲトゲした言い方をするな…… 何かあったのか?


「木下さん、今日の仕事終わり時間ありますか? ちょっと話があるんすよ」


「えっ? ……少しなら大丈夫だけど」


 穂乃果は楓が迎えに行ってくれるから大丈夫、だけど心配だから早く帰りたい…… だけど、草薙くんの様子が変なのも気になる……


「じゃあ仕事が終わったら、虎屋に行きましょうよ」


「……分かった」



 そして仕事終わりに俺達は、 居酒屋『虎屋』に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る