あたしの選ぶ道 2 《葉月》
◇
「あのー、『古江』で予約していると思うんですが……」
「古江様はお先に案内しましたので、席までご案内いたします」
亜梨沙さんと約束をして、待ち合わせに指定された場所は、駅の近くにある高級なレストランだった。
そして個室に案内され、中に入るとそこには…… 久しぶりに直接会う亜梨沙さんの姿と、隣には……
「あっ、葉月ちゃん久しぶりね、今日は来てくれてありがとう」
「こんにちわ、お久しぶりです……」
「初めまして…… ですわよね? わたくし…… 『鬼島グループ』社長の、
亜梨沙さんの隣には、高級そうな紺色のリクルートスーツを着た、背中にかかるくらいの綺麗な金髪で、キリッとしたつり上がり気味の目に青い瞳、スッと通った高い鼻、パッと見たら少しキツく感じるタイプの顔立ちのとても美人な女性が並んで座っていて、あたしを見るなり立ち上がって深々と頭を下げてきた。
鬼島…… 葵!? たしか鬼島グループの社長で、飲食部門とアパレル部門の最高責任者…… あたしの働いていた鬼島グループのアパレルブランドの一つ『ヴァーミリオン』の最高責任者と言ってもいい人じゃない!! どうしてこんな所に…… って、鬼島社長もあたしに話があるってことだよね!? えっ? あたし…… 何かしたかな?
「とりあえず立ち話もなんですから座って下さいまし」
「は、はい……」
それにしても鬼島社長…… 美人だしスタイルが良すぎるから目のやり場に困っちゃうよぉ…… スーツの胸元がパツパツで、今にもブラウスのボタンが弾け飛んじゃいそう……
「あの…… あたしが呼ばれた理由を詳しく聞きたいんですが……」
昨日の亜梨沙さんの電話では『他にもあるけど一番話をしておきたいのが浦野やその他の連中のその後についてで、悪い話ではないから是非聞いてもらいたい』と言われ、今日は来ようと思ったんだけど、まさか鬼島社長がいるとは夢にも思わなかったから、一体何の話なのか、今更ドキドキしてきた……
「まず、ヴァーミリオンなど、アパレル部門の経営管理を任せていた会社の社長、浦野の件ですが、大変申し訳ありませんでした…… 外部の会社とはいえ浦野があんな非道な男とは…… わたくし達のリサーチ不足でしたわ、それで浦野の罪を償わせるために色々と調べているうちにあなたの事を知りましたの…… 謝罪がこんなに遅くなって本当に申し訳なく思ってますわ」
そう…… なんだ。
浦野が『すべてを失った』と言っていた理由がやっと分かった…… 浦野の会社は鬼島グループの下請けだったんだ……
だからこの街にいられなくなったのか……
『鬼島』を怒らせると、街では生きていけないって、田舎者のあたしですらそんな噂を耳にするくらいだから。
「いえ…… あれはあたしが勝手に店のためにとやってしまった事ですから…… 今思えば、あんな犯罪まがいな事、誰かに相談していたらすぐに解決したのに、あたしが黙っていたせいで色んな人に迷惑をかけてしまったんです」
「それは違いますわ、店舗の情報を上の耳に入らないように遮断されてはいましたが、すべては社長で最高責任者であるわたくしの責任ですわ」
「それに店長である私の責任でもあるわ、本当にごめんなさい……」
鬼島社長、亜梨沙さんが再び立ち上がり、あたしにまた深々と頭を下げてきた。
そんな謝られても困っちゃうよ…… そもそも亜梨沙さんだって浦野のせいで店の経営がかなり苦しくなって大変な目にあったのに…… あたしが独断で話を聞くために浦野に付いて行っちゃったんだから、亜梨沙さんは悪くないよ。
「それで…… 会社としてはあなたに賠償責任もあるわけで…… その事でもお話がありますわ、あなたが負った心の傷には釣り合わないかもしれませんが、謝罪の気持ちのほんの一部ですが受け取ってもらえますか?」
賠償!? そ、そんな事しなくても…… えっ? こんな大金、受け取れないよ!
「それで…… 私にも責任があるから、もうお店を辞めることにしたわ…… もう一度一緒に働きたいと言ったけど、葉月ちゃんが浦野に襲われそうになった件を聞いて、本当に申し訳なくて…… ごめんなさい」
「ダ、ダメですよ!! ……せっかくあたしも亜梨沙さんも大好きなあの店を守るために、あたしがバカな事をしたのに! それじゃあ…… 亜梨沙さんがあたしが原因で辞めちゃったら…… あたしのやってきた事が全部否定されちゃうじゃないですかぁ……」
どれだけ苦しくても、すべてを諦めても、どんな形であれ『大好きなヴァーミリオンを守ったんだ』と思うことで、何とか自分を保って生きてこれたのに…… それすら否定されたら……
「葉月ちゃん……」
「だから、責任を取るつもりなら、あたしのためにこれからも店を守って下さいよぉ……」
「…………」
店に恨みなんてない、だって…… 自分の身を犠牲にしても守りたいくらい、大好きなお店で、大好きな人達だったんだもん……
「それで小林さんに相談なんですが、亜梨沙さんにはヴァーミリオンの店長を辞任してもらうのは決定しましたが、辞める前に○○市にオープンする新店舗の教育係として働いてもらいたいと考えていたんですが…… 小林さんの意見を聞いてから改めてお願いしようと思ってましたの、もし古江店長にも償って欲しいと考えているのなら、この話は白紙に戻しますわ」
新店舗!? ……まあ、ヴァーミリオンは全国に店舗があるから新店舗ができても不思議ではないけど…… ○○市って、ここからかなり離れているし、この街ほど栄えていない…… 悪く言うと田舎に近い地方…… だよね?
「葉月ちゃんさえ良かったら、私は○○市に行こうと思っているの…… ほかにも指導出来る子はいるにはいるんだけど、今、こっちでも従業員が足りないのよね、一人は子供が生まれたから産休に入ってるし……」
それを言ったら亜梨沙さんだってお孫さんがいるし、あんなに可愛がっていたんだから…… この街から離れたくないんじゃない?
「とにかく小林さんの答えを聞いてから決めようと思っていたので、今はまだ古江さんに行ってもらうと確定したわけではないですからね、今日は小林さんに謝罪するのが目的でしたの…… あっ、あと鎌瀬を含めた、あなたに危害を加えた人物は…… こちら身柄を確保して手を打ってますので安心して下さいまし、その事に関しては『お父様』に任せてますので、詳細が分かり次第また連絡しますわ!」
鎌瀬…… でも確保ってどういう事? 警察に知り合いでもいるのかな? ……とにかくあたしの前に現れたり、大樹さんや穂乃果ちゃん達が危険な目にあわないのであれば、鎌瀬達がどうなろうとあたしは興味はないんだけどね。
…………
それよりも…… 大樹さん達との今の関係の方が問題だ。
あたしの過去の話を聞き、楓さんの話を聞いた大樹さんは、あたしから見ても分かるくらい動揺していた。
そして『あたしと楓さん、どちらも守りたい』とか考えているんだろうなぁ……
正直に言うと凄く嬉しい…… 『そばにいてくれ』って、大好きな人に言われるんだから。
でも…… このままどちらかを選べないなら、穂乃果ちゃんに悪影響が出てしまうかもしれない。
大樹さん…… また周りが見えなくなってますよ? あはっ、もう…… 『あたしがいないとダメなんだから』……
楓さんもこんな気持ちだったのかな?
あたしも楓さんも似ているからね。
あはっ…… 大樹さんにはいっぱい良い所があるけど、唯一そこが心配になる所なんだよね。
…………
大樹さん…… 今、楓さんはきっと不安定だと思いますから、しっかりと楓さんの様子を見守ってあげて下さい。
それに、ちゃんと穂乃果ちゃんのケアも忘れないで下さいね?
あたしは…… もう大丈夫ですから。
「もしもし、亜梨沙さん? あの○○市の新店舗の話ですが…… あれ、あたしが働いても大丈夫ですか?」
さよなら、大樹さん……
今の大樹さんだったら、楓さんと穂乃果ちゃんを支えて生きていけると思いますよ。
だから…… 今度こそ家族三人で幸せを手に入れて下さいね。
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