楓との話し合い そして真実を知る 3

 前に進むためにと楓に不倫の理由を聞いて、これからの俺達の関係を考えようと思っていたが…… バカな俺はようやく気が付いた。

 楓をここまで追い込んだのは…… 最終的には俺なんじゃないかという事に。


 もちろん話をしてくれなかった楓にも原因があるとは思うが…… 話を聞く限り楓はだ。

 被害を受けて傷付いている人がそう簡単にすべてを打ち明けるなんて…… 辛い記憶を思い出しながら話すなんて、かなりの勇気がないと厳しいだろう。


 しかも楓は…… 

『大切な人には一途で、相手を傷付けたり悲しませるようなことをするのがどちらかというと嫌いなタイプの誠実な女性』


 そんな楓が自分のせいではないとはいえ、間違ってしまったら…… 余計に自分一人が傷付けばいいと抱え込んでしまうようなタイプだと…… 誰よりも俺が『知っていた』はずだ。


 『不倫された』という思い込みで、今まで一緒に過ごしてきて、楓がどんな女性であったかすら思い出す事もせず…… 俺は話も聞かずに現実から目を背けてしまった。


 そして…… そんな俺のせいで、楓が何よりも大切にしていた穂乃果と引き離してしまった……

 俺は今まで、楓と穂乃果に対してなんて事をしてしまっていたんだ……


「ごめんなさい…… 大樹くんを裏切って…… 自分一人で解決しようと、大樹くんを頼らなくて…… 今まで黙っていて、本当にごめんなさい! うぅっ…… 大樹くん…… ごめんなさい…… 穂乃果…… ごめんなさい……」


 俺は…… 自分を『不倫された被害者』だと思いながら楓や葉月と接していた。


 楓とは『穂乃果の親』だからと、怒りや悲しみはあるが穂乃果の前では普通に過ごしたいとか、葉月には不倫されて傷付いた心を癒してくれたから、今度は葉月を癒してあげたい、などと…… 


 今まで俺が楓にしてきた事を思い返し、対して葉月にはどう接していたかを思い出すと…… すべてがブーメランのように自分に返ってきた……


 葉月の過去の話を聞いた俺が抱いた気持ちは…… 『こんなになるまで傷付いてしまった葉月に寄り添い守ってあげたい』


 葉月と楓じゃ状況は違うが、話を聞く限り似たような『被害』を受けている。

 それならば楓だって……


 楓とあの大学生の関係を『自分勝手に決め付けて想像したストーリー』を自分の頭の中で思い浮かべ、楓を『悪』だと判断して、その結果必要以上に楓を追い込むような事をしてしまった。


 この人しかいないと思って楓と結婚をしたのに…… 愛し合った結果、穂乃果が産まれたのに…… 十年以上すぐそばで見続けていたのに……

 あの時ちゃんと話を聞いて、冷静に判断することができれば…… 今頃、俺達はこんな状態にはなっていなかったはずだ。


 もし葉月と出会ってなければ、癒されていなければ、辛い過去の話を聞いていなければ…… 楓が何を思って今まで生きてきたのか、とこうして考えることさえ出来なかった……


 本当にバカだったのは…… 俺だ。


 母さんにも、楓にも、もしかしたら葉月にも気付かれていたのかもしれない。


 後先考えずに行動してしまう俺の悪い所が…… 原因の一つになっていた事を……


 そしてそんな俺の後先考えない行動の一番の被害者になってしまったのは…… 穂乃果だ。


 穂乃果のためだと母親である楓と引き離し、失いたくないと会わせないようにしてしまった……


 穂乃果はまだ俺達がケンカをしていると勘違いしていたから良かったものの、もし離婚したと知る日が来たら…… 


 だから母さんや葉月は俺達に向き合い、早く話し合う事を強く願っていたんだな。

 『不倫』という事自体に疑問を持っていたから……


 だからそれらも含めて…… 楓はそんな逃げ出した俺にすら気を遣い、俺達がこれ以上傷付かないようにと『黙っている』事を選んだんだ。

  そこまでして、自分を傷付けてまで大切な人を優先させるなんて……



 真実を知って、自分はなんて事をしてしまったんだと罪の重さに押し潰されそうになってしまう。


 楓は被害者だった…… そんな被害者である楓に追い打ちをかけるように穂乃果や、結果として楓の両親すら奪い、孤立させて…… これじゃあすべてを諦めてしまっても仕方ない。


 『被害にあったことを争うとなると長期間になる、それを考えると一人で最後まで立ち向かう勇気は持てなかった』と…… 葉月も言っていた。


 俺が楓の真実に気付き一緒に戦っていれば…… いや、それも違う。

 楓がいつか『立ち向かいたい』と思えば全力で支え、『もう忘れたい』と思えば、楓が安心して暮らせるように全力で支える…… 


 俺が葉月にしてもらったように、楓の心の傷を少しでも癒し『前を向けるように』そばで支える…… それがあの時、俺がすべき事だった。


 でも…… もう今更どうすればいいんだ……


「か、楓…… 俺…… 俺は……」


「大樹くんのせいじゃないから…… 私がすべて悪いの……」


 どうして…… こんな時にまで自分で背負い込んでしまうんだよ!!


「ごめんなさい…… 本当なら、迷惑をかけないように一人で解決するつもりだったけど…… もう少しだけ穂乃果の母でいたいと…… 私のワガママで先延ばしにし続けた結果だから……」


「楓?」


「色々調べてみたんだけど、やっぱり連絡先も知らない、メッセージのやりとりとかの証拠もないし、密室で起こった事だから厳しいみたいで、もしも争うなら長期間になりそうなの…… だから…… 私は大樹くんや穂乃果に迷惑をかけないように、もう二度とそばに現れないから…… 今までありがとう、最後にこうしてそばで生活出来て嬉しかった…… 穂乃果を…… よろしくね」


 ……楓!!


 許す許さないとか、償いとか罪とか、そんなすぐに答えの出ないことは…… 今はどうでもいい!!


 このままだと楓がいなくなってしまうと思ったら…… 身体が勝手に動き、楓を思わず抱き締めていた。


「ダメだ! いなくならないでくれ! 謝らなきゃいけないのは俺だ…… 気付いてやれなくてごめん…… 信じてやれなくてごめん…… 追い込むような事をしてごめん…… 穂乃果と離れ離れにしてしまって…… ごめん…… 今まで…… 傷付けて…… 本当に…… ごめんなさい……」


「……っ、うぅっ、だ、だからぁ…… うぅっ、大樹くんは悪く、ないよぉ…… 私が、ぐすっ、悪いの…… 大樹くん…… 傷付けて…… ごめんなさいぃ……」


 楓、ごめん…… 今まで孤独にさせてしまって……

 穂乃果、ごめん…… 俺のせいで寂しい思いをさせてしまって……


 葉月、ごめん…… 葉月をこれからもそばで支えたいと思っていたのに…… 楓もそばで支えたいと思ってしまって……

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