葉月の過去を知った俺は……

「そして穂乃果ちゃんとも仲良くなれたおかげで…… 毎日が楽しくなって生きることに前向きになれてきたんで二人には感謝してます……」


 凄まじい過去の話を、時々震える手を自分で押さえながら最後まで話してくれた葉月。


 俺は…… 何も言葉が出てこなくて、最後まで黙って聞いていることしかできなかった。


「葉月……」


 そして、今にも泣いてしまいそうな葉月を…… 抱き締めることしか……


「あはっ、もう大樹さんったら…… 浦野はもうこの世にいないですし、あたしに色々してきた男達は、もうこの街に立ち寄れないくらい追い込まれたと聞きましたから…… あたしはもう大丈夫ですよ、逆に大樹さんの身体が心配ですから、大樹さんは横になって楽にしていて下さい」


 俺に気遣いながらも震える手をそっと背中に回し、葉月は少し涙を浮かべながら笑っていた。


 そんな葉月を見て、横になんてなれるわけないじゃないか。


 でもどうしてそんな過去を今話す気になったんだろう…… 本当なら秘密にしておきたい事だったんじゃないか?


「あの時のあたしがバカだったんです、すべて一人で解決出来ると、大切なものを守るために、結局大切だった人を巻き込んで傷付けたんですから…… でも、自分が犠牲になればみんな問題が解決する、それしか方法はないって…… 思ってしまったんです」


 『こんな事あり得ない』『冷静になれば分かる』と思ってしまうが、追い込まれている状況だ、人はあり得ない選択を時にはしてしまうことがある。

 その時はその判断が正しいと思い込んでしまったんだろう、そしてそんな道を一度選んでしまったから引き返せなくなり…… 最悪な日々から抜け出せなくなって…… すべてを諦めたということか。


「もちろん警察に相談することも考えましたよ? でも…… 調べてみたらすぐに決着がつくような話でもなさそうで…… あたし一人で浦野に最後まで立ち向かう勇気が持てなくて…… 色々悩んだ結果、結局考えることも、すべてを諦めてしまいました……」


 相談しろと口で言うのは簡単だ。

 だけど女性一人で、しかも性に関する事も絡んだ話を解決するのは…… きっと俺の想像を遥かに越えるくらい大変な事なんだろう…… すべての人が葉月のような目にあった女性に優しく味方になって助けてくれるのならいいが…… 世の中そうではない。

 そんな女性を『悪い』という人だって…… この世の中にはいるんだ。


「葉月…… 俺には葉月の心の痛みをすべて理解はできないかもしれない…… でも、それでも俺は葉月の『味方』だから…… こんな話を聞いても葉月の事を嫌いになったりしない」


 そんなボロボロになって、すべてを諦めた目をしながらも、俺や穂乃果のために笑顔で『癒し』を与えてくれた葉月の事を…… 嫌いになんてなるわけないだろ。


「やっぱり、大樹さんは優しいですね、あたしが過去に決着をつけなかったせいで自分はケガをしているのに…… そんな大樹さんだからこそ…… あたしは惹かれたんだと思います」


 …………


「でも、もしまた似たような事があったとしたら…… 何より穂乃果ちゃんを優先して下さいね…… パパがケガをして泣いている穂乃果ちゃんを…… あたしはもう見たくないです」


 それは母さんにも言われた……

 咄嗟の事になると目の前の事で精一杯になり、周りが見えなくなる…… 俺の悪い癖だと。


「あたしも今後、外を歩く時は注意しながら歩くようにします…… あはっ! もう抱き締めてもらわなくても大丈夫ですよ、大樹さんのおかげで震えは止まりました」


「でも……」


「それに穂乃果ちゃん達がもうそろそろ帰って来ますから……」


 そう言って葉月は少し寂しそうな顔をしながら俺から離れ……


「それでも大樹さん…… あたしを助けてくれてありがとうございます! 凄くカッコ良かったですよ…… そんな優しくてカッコいい大樹さんがあたしは大好きです…… だから……」


 離れる間際、葉月の唇が俺の唇に少し触れて……


「あたしの話を聞いてくれたんですから、次は楓さんの話も聞いてあげて下さい…… しっかりと、楓さんの真実を、そして本音を……」


 ……葉月?


 真実? 本音? どういう意味なのか分からず、手を伸ばして葉月を止めようと思ったのだが…… 俺の手は空を切って葉月を立ち止まらせることが出来ず……


「じゃあリビングにいますから、何かあったら言って下さいね」


 そう言って葉月は笑顔で部屋から出て行ってしまった……



 …………

 …………


 

 その後すぐ穂乃果と楓が帰って来て、葉月に『楓と話をして欲しい』と俺に言った理由は聞くことができなかった。


 葉月の壮絶な過去の話を聞いた後ということもあって、その日はとてもじゃないが…… 楓と話す気にはならなかった。


 結局楓とはほとんど会話をすることもなく夜になり、今日は楓が泊まる予定なので葉月は自分の家へと帰って行った。


「とあるもりのなか、ちいさないえに『ポゥ』というなまえの、かわいいこブタのおとこのこがすんでいました……」


 そして楓はリビングで寝て、俺は穂乃果と一緒に寝るつもりなのだが…… 

 寝る前に穂乃果は、今日楓が買ってくれたという新しい絵本を俺に読み聞かせてくれている。

 時々読み間違えたりつまったりしながらも、俺を寝かしつけるためにと一生懸命絵本を読んでくれる。

 そんな穂乃果を見ているだけで涙が出そうなくらい嬉しい…… たしか絵本のキャラクターはポゥさんだったっけ? 穂乃果が気に入っているブタのスタンプのキャラクターだよな。


「パパー、ねたぁ?」


「ううん、まだ起きてるよ」


「ケガがなおらないからはやくねないとダメだよー」


 あははっ、さっきから寝たかと聞いてくるけど…… 寝て欲しいのか、絵本を読んでいるのを聞いて欲しいのか分からないな。


「ポゥさんはしあわせなきもちで、ママンのつくってくれたおいしいごはんをおなかいっぱいたべました…… おしまい! えへへーっ、パパ、ねたかなー?」


「起きてるよー」


「もう! ねないとダメでしょー? パパ、ねんねだよー」


「分かったよ、じゃあ穂乃果も一緒に寝ようか」


「はーい! えへへっ、パパ、おやすみー」


「おやすみ……」


 穂乃果は楓と葉月がいて毎日嬉しそうに過ごしている。


 でも母さんの言う通りこのまま二人に対して中途半端なままじゃいけないんだろうが……


『大樹さん…… ありがとうございます』


 葉月の話を聞いて、今まで以上に葉月を癒してあげたい、守りたいという気持ちが強くなった。


「すぅ…… すぅ…… パパぁ…… ママぁ……」



 そんな葉月の願いだ……


 最後に楓の話を聞いて…… 気持ちに区切りをつけよう。


 そう決意した俺は、すぐに寝てしまった穂乃果の頭を撫でて、自分も目を瞑った。

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