あたしが間違えた理由 4 《葉月》

 ヴァーミリオンを守るため、あたしは浦野に身体を差し出し愛人になる約束をした。


 次の日から浦野の所有するマンションの一室に住まわされ、ヴァーミリオンへの出勤も禁止された。


 休むならせめて連絡はしたかったが、ヴァーミリオンへの連絡も禁止されていて、部屋に複数設置されたペット見守りカメラで監視され、変な真似をするとヴァーミリオンの負債を肩代わりする話は無しにすると言われていた。


 一応自分のスマホを持つ事は許されていたが、外部への連絡も制限され、もし変な真似をすると、浦野がコピーしたあたしのスマホに入っている連絡先に、バーでの防犯カメラの映像が一斉送信されるとも脅されていた。


 そんな約束なんて破って逃げ出せば良いと思われるかもしれない、でもあたしは逃げ出せなかった。

 逃げ出せば『ヴァーミリオンを守るため』と風太くんを裏切り、自ら身体を差し出した自分の間違いを認めてしまうようで怖かった。

 いや、店を守るためという言い訳をして、自分の心を守っていたのかもしれない…… 

 

 でもあたしはすべてを諦めたわけではなかった。

 監視をされて軟禁状態の今の状況をバレないように細かくメモに残し、いつ、何回浦野に抱かれたのかもメモに残していた。



「葉月、生活費だ」


 浦野がこのマンションに来るのは多くて週に二回。

 奥さんに子供までいるようだから、あたしを抱いたらすぐに帰って行く。


 来る度に『生活費』と言って、あたしがヴァーミリオンで働いて稼ぐ一ヶ月分の給料くらいのお金を置いて帰るのだが……

 

 こんなお金なんて使えない! これじゃあまるで…… と一瞬思ったのだが、ヴァーミリオンのために身体を使ったあたしが思うことじゃないと、とりあえずこれは浦野と縁を切る時に返せと言われたら困るので、使わずに別の場所に保管しておくことにした。


 たまに外出を許された時にはヴァーミリオンの近くまで行き、店の様子を遠くから眺めて、無事営業していることを確認したりもしていた。


 外出するにもGPSアプリでも監視されているし、まるでペットのような扱いだが、これもあたしが選択したことだと半分諦めていた。


 でもヴァーミリオンの負債がなくなった時には…… 浦野に今まであたしにしてきた事を会社や家族に伝えると逆に脅せば…… と、またいつもの日常に戻れると甘い考えと、遠距離恋愛中の風太くんとのメッセージのやりとりを心の支えにして、浦野に弄ばれる日々を耐えていた。


 こんな事、風太くんには絶対知られたくない…… 風太くん、会いたいよ……




 そして浦野の愛人になって一ヶ月が経った頃…… 


「葉月、今日は気分転換に出かけようか」


 浦野は笑いながらあたしにそう言ってきた。

 そして浦野に連れて行かれた場所は…… 温泉が有名な地域にある高級な宿。


 そしてそこにいたのは……


「おお! これが浦野社長の……」


「愛人と聞いていたがずいぶんと若い娘じゃないか!」


 浦野と同じかそれより上の年齢の中年の男性が二人、宿の部屋で待ち構えていた。


「ええ、ヴァーミリオン存続のために自ら愛人になりたいと言ってきたんですよ」


「ほう…… なるほど」


「ヴァーミリオンのため、か…… はははっ」


「葉月、この方達はな、ヴァーミリオンを助けるために動いて下さった方達だ…… ここまで言えば、どうしてここに来たのか…… 分かっているな?」


 あたしの身体を舐め回すように見つめる二人、笑いながらあたしの肩を抱く浦野……


 そして……



 …………



 

 うぅっ…… 誰か…… 助けて……

 どうしてあたしがこんな目に……


 三人に弄ばれ、宿の布団に横になり置き去りにされたあたし。

 浦野達は温泉に入ったり、部屋で酒を飲んで盛り上がっていたが、満足したのか部屋から出ていった。


 逆らえば今までしてきた事が無駄になると思い、言われるがまま、されるがまま弄ばれた……


 部屋に一人になって悔しさと悲しさ、自分の馬鹿さ加減に泣いていた。


 ヴァーミリオンを守る? あたし一人で何が出来るのか。

 ただ、やってしまった事を知られたくないと、言い訳をして逃げていただけ。


 でもあたしが身体を差し出し我慢していたからヴァーミリオンは問題が解決して今は普通に営業できている……


 ヴァーミリオンがなくならずに済んだ…… これはあたしが望んだことだから……


 頭の中でグルグルと言い訳や後悔が次々と浮かんでくる自分自身に嫌気が差してきた。


 すると浦野の知り合い二人が部屋に帰って来て……


「さて、続きをしようか、葉月ちゃん」


「ははっ、浦野くんは少し遅れてくるみたいだから、まずは私達を……」


 そして近寄って来た二人にあたしは早く終わって欲しいと思いながら相手をしていると、部屋の扉が開き…… あたしは更に地獄に落とされた。


「は、づき……?」


 えっ…… 風太…… くん? 


 何で…… 何でここにいるの!?


「い、いやぁぁぁぁっ! やめて! やめてぇぇぇー!」


 見ないで! 見ないでぇぇ…… 早く、離れて…… 離れてよぉぉ!!


「彼氏くん、残念だったなぁー、葉月は俺の…… 俺達の『物』になったんだよ」


「嘘だ…… 葉月…… こんなオッサン達に……」


「さっさと諦めてくれ、ほら、見たら分かるように葉月も悦んでいるだろ?」


 風太くん…… 風太くん、助け……


「葉月! 俺を裏切りやがって! ……このクソ女!! 二度と俺の前に現れるんじゃねーぞ!!」


 あっ…………


 

 その瞬間、ずっとギリギリ保っていた心の糸が切れて…… 


 あたしはすべてを諦めた……



 

 結局ヴァーミリオンの売上を赤字にして困らせようと企み、デザイナーや商品をヴァーミリオンにふさわしくない物に代えていたのも元を辿れば浦野の仕業だったらしい。

 そして風太くんとあたしの知らないところで接触し、あたしの馬鹿な行いを密告したのも……

 ただ、風太くんに裏切りを知られてしまい、すべてを諦めていたあたしにはどうでも良くて……


 それからは浦野の従順なペットのように、浦野の相手や浦野が連れて来る客、そして浦野の知り合いの鎌瀬という男にも売春まがいの仕事をする『商品』として扱われた。



 そして…… しばらくそんな生活が続いたある日……



「チッ! 反応がなくてつまらなくなってきたな…… 仕方ない」


 浦野はどこかに電話をかけていた。

 興味もないし、もうすべてがどうでもいいからとベッドに横になっていると……


「葉月、今までご苦労だったな、もう解放してやるよ…… ほら、手切れ金だ」


 あたしが寝ている枕元にポンと札束を雑に投げるように置いた浦野は、興味無さげにそう言った。


 今更そんな事を言われても…… 


 だけどマンションを数日で追い出されるように出されたあたしは……


 どう生きていけばいいか分からず、街を彷徨っていた。


 地元には帰れない。

 あれからスマホには風太くんがあたしの事を話したのか、地元の同級生から数えきれないくらい罵倒するメッセージが届き、ついには両親からも……


『おまえのせいでここで暮らしていけなくなった! 私達の前に二度と顔を見せるな!』と怒りの電話まできた。


 あたしの地元は田舎だし、風太くんの家は地主の分家だから…… あたしの噂が広がって、両親は村八分にされたのかもしれない。


 頼れる人もいない、どう生きていけばいいか分からないあたしは……


『にゃんにゃん倶楽部』


 お金はあるけど住むところもないし…… ここでいいかな? まあ、いつまで生きているか分からないし、どうでもいいか……


 

 …………

 …………



 あたしはにゃんにゃん倶楽部に勤め始め、格安のアパートを紹介してもらった。


 そして浦野のように欲望にまみれた男達を蔑みながら相手にしていた日々を過ごし始めた……


 そして、そんな生きているか死んでいるか分からない日々を過ごしていたある日……


「モミジです、よろしくお願いしまーす」


「よ、よろしく……」


 あたしは…… 大樹さんと出会った。

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