休日の……終わり 3 《楓》

 ◇



「今日はありがとうございました…… 気を付けて帰ってね」


「ああ」


 駅前で大樹くんの車から降り、車が見えなくなるまで見送る。


 大樹くんは『家まで送ろうか?』と言ってくれたが、そこまでしてもらうのは悪いと思ったし、穂乃果がはしゃぎ疲れたのかグッスリ寝ていたので、早く家に帰ってお布団で寝かせてあげて欲しいとも思ったので断ることにした。


 本当にまた…… 会えるのかな?

 何となくそう感じてしまい、大樹くん達と別れた後、急に寂しさが込み上げてきた。


 でも…… 次回の話もしていたし…… とにかく、穂乃果が会いたいと言ってくれる間は、母親でいられるよね?

 とりあえず…… 寒いし風邪を引いたら大変だから帰ろう。


 そして私はバッグにしまっていた指輪を取り出し、左手の薬指にはめてから、帰宅するために歩き出した。


 指輪をしていれば既婚者と勘違いしてもらえて、男性と会話しなければいけなくなる機会も減るし…… 何より、大樹くんとの繋がりを感じられるから安心出来るんだよね…… 私だけがそう感じているだけなんだけど。


 駅前の大きな通りから、住宅街へと入る細い道へと曲がれば自宅まで一直線。

 だけど夜歩くには薄暗くて恐いから、いつも私は小走りでこの道を通っている。


 いつ何があるか分からない。

 もしも、また何かあれば…… と思うと、走るスピードも少し早くなってしまう。

 これ以上…… 怯えながら暮らすのは…… 嫌だから。


 そして周囲を確認しながらアパートの階段を昇り、昔、私の誕生日に穂乃果からプレゼントしてもらった『ウサギのミミちゃん』というキャラクターのキーホルダーを付けた家の鍵をバッグから取り出して、玄関のドアを開けた。


 はぁっ…… はぁっ…… ふぅー……


「ただいま……」


 さっきまで会っていた二人も写っている写真に帰りの挨拶をして、テーブルの前に座る…… すると、今まで我慢していた涙が溢れ出てきてしまった……


「うっ…… うぅっ…… 穂乃果…… 大樹くん……」


 私はどうすれば良かったんだろう…… 


 助けを求める? ……その結果、私の噂話のせいで穂乃果がいじめられたりと、後ろ指を指される生活にでもなってしまったら、私は一生後悔していたと思う。

 色々調べてみたけど…… やっぱり決定的な証拠がないと…… 厳しいみたい。


 だからと…… 悩んだ末、馬鹿な私は四ヶ月間、隠して耐える道を選んでしまった、元の生活に戻れる保証もないのに。


 そして今、大樹くんを酷く傷付けて、穂乃果も傷付けて寂しい思いをさせてしまっている。

 もしもあの時に戻れたらと何度考えただろう…… でももう分かっている、どんなに後悔してももう遅いと…… 私は消えればいいと…… でも…… でも…… やっぱり……


「そばに…… いたいよぉ……」


 僅かな…… 一ヶ月に一度という希望に縋って、私はそれを心の支えに生きてきた。


 だけど…… その心の支えがなくなるかもしれない。

 

 大樹くんに良い人が見つかる可能性を考えなかったわけではない。

 大樹くんの選ぶ人なら、きっと穂乃果も大切にしてくれるとも……


 でも…… その想像が現実になると思うと…… 心の支えが失われると思うと…… 恐くて、どうしようもない不安に襲われてしまう。



 …………



 しばらくテーブルに突っ伏したまま泣いていると……

 んっ? 救急車のサイレン? しかも近いような…… 

 でも近所に知り合いもいないし、わざわざ窓から覗いてみようとも思わないし……


 明日は仕事だし、お風呂に入ってメイクを落として早く寝よう。

 

 ああ、立ち上がりたくないな…… もう。


 そしてまたしばらく座りながらボーっとしていたら…… 


 電話だ…… こんな時間に誰だろう? ……お義母さん!? 珍しいな、何か急ぎの用でもあるのかな。


「もしもし……」


『楓ちゃん! 大樹が…… 大樹が!!』


 …………えっ?



 …………

 …………




『大樹が…… 何者かに襲われて刃物で刺されたって! け、警察から連絡が! 今病院に運ばれたって!!』


 電話越しでもお義母さんがパニックになっていることが分かった。

 

「私も病院に行きますから! お義母さんも落ち着いて!」


『う、うん! 今からタクシーに乗って向かうわ!』


「はい!」


 気付いた時には家を飛び出していた。


 大樹くん…… 大樹くん、大樹くん!!


 何があったか分からない、でも…… 無事でいて!!


 慌てて家を飛び出して大きな通りまで来たけど…… なんで!? こういう時に限ってタクシーが捕まらないの!? なら駅前まで行けば……


 周囲を確認しながら全速力で駅前へと向かう。

 大樹くんも心配だけど…… 一緒にいるはずの穂乃果は大丈夫なの!?

 もし二人に何かあったら…… 私は生きていけない!!


 すると前から一台、タクシーが走ってきたので、道路に飛び出す勢いでタクシーに向かって合図をして……


「○△病院まで!!」


 ようやく捕まえたタクシーに乗り、私は大樹くんが運ばれたという病院へと向かった。


 

 大樹くんの無事を必死に祈りながら後部座席に座り、しばらくするとタクシーはお義母さんに電話で聞いた病院に到着した。


 

「木下大樹の…… 家族ですが!」


 急いで夜間受付と書かれた場所まで行き、受付にいた人に大樹くんが運ばれた場所が救急科だと教えてもらい、その場所に向かって走る。


 本当はもう家族ではないんだけど、嘘ついちゃったな…… そんな事を思っている場合じゃない! それよりも大樹くんが……


 すると病院の廊下にあるベンチに座る、お義母さんの姿を見つけた。 


「楓ちゃん!」


「お義母さん!! 大樹くんは……」


「今治療中みたいで、私もさっき来たばかりだからどんな状態か分からないの…… ただ……」


 そう言ってお義母さんがチラリと後ろを向くと、お義母さんの陰にいて気付かなかったが、そこには……


「あっ! ママぁぁー! パパが…… パパがぁぁ……」


 私に気付いた穂乃果がベンチから立ち上がり泣きながら私に駆け寄ってきた…… 


 そして…… さっきまで穂乃果が座っていた場所の隣には……


「…………」


 真っ青な顔で震えながら、『処置室』と書かれた扉に向かって祈るように手を組んで座っている……


「えっ……?」


 何で…… あなたが?


 私が住んでいるアパートの、私の隣の部屋に住んでいる若い女性が…… 何故かこの場所にいた。

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