それぞれの休日 3 《楓》
◇
「ママー! こっちこっちー!」
離婚してから三回目の面会。
今日は三人で遊園地に来ている。
一昨日大樹くんから連絡が来て、穂乃果が面会の日に遊園地に行きたいと言っている、というのを聞かされた時にはビックリした。
だって…… 私も一緒に行っていいのか? って思ったから。
それでも大樹くんは『いつも食事だけだと穂乃果が可哀想だから』という理由で、面会の日に遊園地に行く予定を立ててくれた。
「ふふっ、穂乃果、走ったら危ないよー」
「はーい! あっ、コーヒーカップにのろうよー」
穂乃果も久しぶりの遊園地らしく、集合した時からテンションが高く、今もあちこち走り回りながら遊園地を楽しんでいた。
そんな穂乃果の姿を私達は微笑みながら見守っていた。
「じゃあパパは待ってるから、ママと行っておいで」
「うん! ママ、いこー」
「ふふふっ」
……うん、今は気にしちゃダメ。
「ママ、パパ、つぎはメリーゴーランド!」
「うん、いいよ、じゃあ行こっか」
迷子にならないよう、穂乃果を真ん中に手を繋いで三人で歩く。
大樹くんも一ヶ月前より更に柔らかい雰囲気になって、時々穂乃果との会話のついでになのか、私にも…… 少しだけど顔を見て話しかけてくれている。
嬉しい…… だけど…… 心がモヤモヤする。
「ママー!」
メリーゴーランドには穂乃果だけが乗り、私達は穂乃果が乗り終わるのを待っていた。
メリーゴーランドといえば馬の乗り物なのに穂乃果は何故か馬ではなく馬車の乗り物の方に座っていたが、それでも笑顔で私達に向けて手を振っていた。
「……急に遊園地に誘って悪かったな」
「ううん、大丈夫…… 私も…… 楽しんでるから」
「そっか、なら良かった」
私が楽しんでいいのかな? と思って恐る恐る言ってみたが、大樹くんは特に嫌そうな顔もせず返事をしてくれた。
そんな、見るからに新品のおしゃれなジャケットを着た大樹くんをチラリと見て、考えないように、馬車に乗って笑顔で手を振る穂乃果だけを見るようにしていた。
「パパー、ほのか、つぎはあのジェットコースターみたいなのにのりたーい、みんなでのろー」
「はははっ、いいよ…… ママもいいだろ?」
「ふふっ、うん!」
そして、子供も乗れる速度のあまり出ないコースターにもみんなで乗った。
…………
「パパー、ほのか、ハンバーグがたべたいなぁー」
「穂乃果はハンバーグか、ママはどうする?」
「ママは…… うーん、このフレンチトーストにしようかな?」
「ママ、おなかへってないの?」
「うん、さっきジュースも飲んだからねー」
「そっかぁー」
乗り物酔い、とかではないのにあまり食欲がない。
理由は分かっている…… このモヤモヤのせい。
聞いちゃいけない、本当は近くにいちゃいけない私が…… でも……
このままずっとこの関係が続くとは思ってはいないが、いつか来る日がすぐそこまで近付いているんじゃないかと考えたら…… 恐くなってきた。
私が買ってあげた服がおしゃれにリメイクされたワンピースを着て、うっすらとピンク色の唇をした、大樹くんが選びそうにない可愛いヘアゴムでセミロングの髪を左右で束ねている…… 穂乃果が心配そうな顔をして私を見つめている。
そして穂乃果が美味しそうにハンバーグを食べている姿を見ながら、注文したフレンチトーストをなんとか食べて、再び遊園地を回る。
とにかく笑顔を絶やさないように、考えないように家族としての時間を過ごし……
「さて…… 穂乃果、もうすぐ帰るよ」
「えぇー!? ……じゃあさいごにみんなでかんらんしゃにのりたい!」
観覧車…… 狭い密室で数分でも私と一緒にいるなんて…… 大樹くんは嫌なんじゃないかな?
「……それならみんなで乗ろうか」
「うん! やったー!」
えっ!? 穂乃果がいるとはいえ、私がそばにいても…… 大丈夫なの?
そして、そのまま三人で観覧車に乗り込んだ。
周りがあまり栄えてないから、見渡しても緑ばかりだが、最近は少し寒くなってきて山の上の方は葉が赤や黄色に色付いてきている。
「わー! たかーい!」
穂乃果は下の方を見てどんどん高い所に昇っていく様子を楽しんでいるみたい。
だけど私は、笑顔でいるよう心がけつつ、別の事を考えていた。
この二ヶ月間での大樹くんの変化について…… しかも、大樹くんにとっては良い方向へと何かが変化しているのかもしれないと……
心のモヤモヤが増して不安になってくる…… いずれそういう日が来るだろうとずっと考えていた…… その時には邪魔にならないように消えるつもり…… だから……
それでも…… やだよぉ……
穂乃果と大樹くんを遠くから見守るだけでも良かったのに……
今からでも遅くないかな…… 大樹くんにすべてを話して……
駄目…… それじゃあ大樹くんに新たな心の傷を負わせてしまう。
そして私が行動することによって万が一穂乃果にまで心の傷を負わせてしまったら……
だから言わないという選択をしたのに、私のしたことがすべて無意味になって、更に大樹くん達を傷付けてしまう。
「ママ?」
「うん? ……どうしたの?」
だから今は考えちゃ駄目!
「だいじょうぶ? おなかいたいの?」
「いや…… ふふっ、ちょっとね?」
穂乃果に余計な心配をさせちゃったな、今は楽しんでいる姿を見せないと!
「ママがおなかいたいの、なおりますように……」
そう言って、隣に座って下を見ていた穂乃果が私に抱き着いてきて、小さな手で私のお腹をさすってくれた。
必死に泣きそうになるのを堪えながら『ありがとね』と笑顔で穂乃果の頭を撫でていると……
そんな私達の様子を見ていた大樹くんの顔が…… 寂しさを堪えているように見えた。
そして帰りの車の中。
はしゃぎ疲れたのか、穂乃果はチャイルドシートに座りながら眠ってしまった。
可愛い寝顔…… そういえば寝顔も久しぶりに見たな……
「…………」
穂乃果が大人しくなってからは無言が続いているが、後部座席から大樹くんが運転している姿を…… あまり見つめ過ぎないようチラチラと見ていた。
いつも出かける時はこの後ろ姿を見ていたな、と懐かしく思っていると……
「今日は休みなのに朝早くから悪かったな……」
「ううん大丈夫だよ、私は……」
大樹くんの方が仕事や子育てで大変でしょ? と言いたかったが『誰のせいだ』と言われると思い、何も言えなかった。
それとも…… 私生活が楽になる事でもあったのか、とも思ってしまった。
「そうか…… 来月はまだ分からないが、穂乃果の気分次第でまた出かけることになるかもしれないけど、都合が悪かったら言ってくれ」
来月…… また……
ああ、また私と会うことを考えてくれているの? 嬉しい…… 良かった……
「穂乃果が行きたい所なら私はどこでも大丈夫だから、遠慮しないでって穂乃果に伝えてくれると…… 嬉しいな」
思わずポロっと涙が出てしまったが、泣いてはいけないとすぐに服の袖で拭った。
そんな私の様子を…… 寂しそうな目をした大樹くんとバックミラー越しに目が合って、見られてしまったような気がした。
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