それぞれの休日 2 《葉月》

 ◇



「はぁぁ…… 気持ち良かったぁ…… 温泉最高」


「あはっ! 最高でしたね、あたしも久しぶりにゆっくりと温泉に入れたから今日は来て良かったですよ」


 柑奈さんと二人で旅行に来たけど、今日は観光をほとんどせずに宿に向かい、二人で温泉に入った。

 今日は退職祝いと日頃の疲れを癒すためにと、温泉が目的の旅行だったからね。


 明日は少し観光をして、お土産を選んで、それで帰宅する予定。


 そして温泉を堪能したあたし達は、浴衣を着て部屋でくつろいでいた。

 

「……もう! ……ふふっ、心配性なんだから」


 部屋に戻るとすぐ、だらんと畳に横になった柑奈さんはスマホを見てニヤニヤとしながら文句を言っている。

 

「もしかして彼氏さんからのメッセージですか?」


「そう、本当に心配性で『変なおじさんいない? 大丈夫?』とか聞いてくるのよ? まったく…… 旅行中なんだからのんびりさせてよ!」


 そう言いながらも柑奈さんは笑顔で、すごく幸せそうな顔をしていた。

 

 電車の中でも『彼氏の愚痴』と言いつつ話の内容はほとんど惚気のような話を聞かされたし、きっと上手くいってるんだろうなぁ。


『彼氏がベタベタしてきてウザい!』とか『一緒に寝ててもすぐ抱き着いてくるから暑苦しい』とか言ってたけど…… 愚痴を話しているような顔してなかったんだよね。


 ……柑奈さんは両親が残した借金返済のため今までずっと苦労していたみたいだし、幸せを掴んだなら応援してあげたい。


「……そういう葉月はさっきから誰にメッセージを送っているのよ? 自撮りしてはニヤニヤしながらスマホをいじってたでしょ?」


「あはっ…… にですよ」


「ふーん…… もしかしてセフレ?」


「なっ!? 何を言ってるんですか! 普通の…… 友達ですよ」


 エッチな事はしてるけどそれだけじゃないんだから! ……でも、普通の友達だったらエッチな事はしないのかな? 


「なるほどねぇ…… でもエッチな事はしてるでしょ?」


「…………」


「ふふっ! ……そっかぁー、葉月にもやっとそういう人が現れたかぁー」


「ち、違いますよ…… 違いますから……」


「いいんじゃないの? 別に…… 一緒にいて楽しいんでしょ?」


「……はい」


 大樹さんだけじゃなくて、そこには穂乃果ちゃんも含まれているんだけどね。


「あー、安心した! ずっと『葉月はいつか消えちゃうんじゃないか』って店長と心配してたんだよ?」


 ……確かに、お店で働き始めた時は、生きる希望もなくなっていたからどうでも良くなっていたし、消えてもいいとさえ思っていたもんね。


 でも…… 大樹さんと穂乃果ちゃんに出会ってからは『消えたくないな』と思えるようにまでなったから…… 二人には感謝している。


「それで? どんな人なのよー、お姉さんに教えなさーい!」


「あんっ! あっ! あははっ! や、やめて下さいよぉー!」


「うりゃうりゃー! 早く言いなさーい!」


 そう言いながら柑奈さんは起き上がって後ろから抱き着いてきて、あたしの脇腹をくすぐってきた。


「あはっ、はっ、わ、わかりましたからぁぁ!」


 そして…… くすぐりに耐えられずあたしは、柑奈さんに大樹さんや穂乃果ちゃんのことを話した。




「何というか…… 葉月、大丈夫なの?」


「えー? 穂乃果ちゃんは可愛いし大樹さんも優しいんで、二人といると癒されるんですよ? 大丈夫ですよ」


「いや、そうじゃなくて…… きっとその大樹さんって人…… まだ元奥さんに未練があるんじゃない?」


 ……うん、あたしだってそんな事気付いている。

 大樹さんが時々見せる、寂しそうな顔がそういう事だって。


 でも…… それでも……


「今はそれでもいいんです、あたしが前を向いて生きて行こうと思えるようになったのは二人のおかげですから! だから…… あたしは恩返しをしたいんです、そして大樹さんにも前を向いて生きていけるようになってもらいたいんです」


 そして…… 大樹さんが前を向けたその時に決めてもらえば良い。

 未来のあたし達がどういう関係になるのかを…… 


 その時までは…… 今のまま、曖昧な関係のままでいいの。


「葉月……」


「アッチも上手…… というか、大切に扱ってくれて気持ち良いですしね! あはっ!」


「アンタねぇ…… まっ、それも大事よね! 私もくーくん…… 彼と付き合おうと決めた理由の一つになったし」


「えー! 彼氏さんってそんなに凄いんですかー? あたしも柑奈さんの話を聞きたいです!」


 そして、その日の夜はお酒を飲みながらお互いの話を…… 仕事仲間ではなく友人として色々と話すことが出来た。




 …………

 …………




「ふぅ……」


 あぁ、朝から露天風呂…… 気持ち良い……

 しかも他のお客さんがいないから、まるであたしが貸し切りにしているみたい……


 柑奈さんは部屋でまだ寝ている。

 昨日の夜は話が弾んで、柑奈さんは結構飲んでいたから…… まだ起きないよね。

 あたしはあまりお酒を飲めないから…… 一杯だけしか飲んでない。


 それにしても…… 柑奈さんに大樹さん達と出会ってからの約二ヶ月の思い出を話すなんて……


 改めて考えると、穂乃果ちゃんと仲良くなったのが大樹さんと仲良くなるきっかけだった…… でもその前にお店で接客していたせいか、あたしったら大樹さんに大胆に迫っていたなぁ……

 それからもどうしてか分からないけど、泊まるたびにあたしから結構求めちゃっている……


『葉月もビビッときたんじゃないのー』


 なんて酔っ払った柑奈さんに言われたけど…… そう、なのかなぁ?


 ああ…… 大樹さんと穂乃果ちゃんの話をしていたら…… 会いたくなっちゃったな。


 でも、大樹さん達は…… 『用事』があるみたいだしね。


 用事ってやっぱり…… そうだよね。

 今日は連絡するのをやめておこう。


 あっ、誰か入ってきた…… 


「あー! やっぱりいた! 誘ってくれたら良かったのにー」


「柑奈さん、おはようございます!」


「おはよう、うー…… 飲み過ぎたかなー?」


「あはっ、大丈夫ですかー?」


 片手で頭を抑えながら露天風呂に入って来た柑奈さん。

 タオルを首からかけて隠しもしないなんて…… まあ、柑奈さんくらいスタイルが良かったら隠す必要もないのかな?


「…………」


「どうしたんですか?」


「はぁ…… 明るい所で改めて見ると…… デカいわね」


 どこを見てるんですか!? って、ちんちくりんなあたしのデカイ所といえば…… しかないけど。


「柑奈さんだって大きいじゃないですかー」


「私のと葉月のじゃ桁が違うわよ…… ふーん、なるほどぉ…… それであげるというわけね!」


 癒している…… かは分からないけど、気に入ってくれているとは思う。

 だって…… あはっ! 大樹さんったら……


「その顔は…… 心当たりがあるって顔ね!」


「どうですかねー?」


 はぁ…… 温泉、気持ち良いなぁ……


 旅行に来て…… 柑奈さんといっぱい話が出来て…… 本当に良かった。

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