それぞれの休日 1

「木下さぁん……」


「今日はどうしたんだい?」


 昼休憩中、いつものように草薙くんに絡まれ彼女自慢をされると思ったら、今日は何だか様子がおかしい。


「柑奈さんが…… 柑奈さんが……」


 うぇっ!? いきなり泣きそうな声を出して…… 本当にどうしたんだろう?


「……友達と一泊二日で旅行に行くらしいんすよ」


「何だ…… 旅行くらい良いじゃないか」


「『俺も行く!』って言ったら『女同士で行くんだからダメ!』って言われて…… しかも女の子二人で温泉っすよ!? 危ないじゃないっすか!」


 ……どこが危ないんだよ、のんびりさせてあげれば良いだろ。


「……変なおじさんに絡まれるかもしれないじゃないっすか!」


 考え過ぎ…… と、不倫された俺には言いづらい話だな。


「だから『変なおじさんに変なことをされる前に!』って、エッチなことをしようとしたら喧嘩になっちゃいました…… どうやって仲直りすればいいんすか!?」


 そんな事を俺に言われても知らないよ…… 


「……はぁっ、口は聞いてくれないけど弁当は作ってくれたんで、嫌われたわけじゃないと思うんすけど…… んんっ!?」


「今度はどうしたの?」


「き、き、木下さん! 見て下さい!!」


 んー? 弁当のご飯の上に…… 海苔でわざわざ『YES』って、切ったやつが乗ってるんだけど…… これがどうしたの?


「これは…… 今夜はOKのサインっす! ……こうしちゃいられない! 今日も定時で帰るっすよー!!」


 結局また惚気を聞かされただけ。

 はぁ…… 若いっていいな。


 

 …………



『今週の土日は退職祝いとして温泉旅行に行って来ます!』


 そんな話をしていると、葉月からこんなメッセージが届いていた。


『そうなんだ、良いね、気を付けて行ってね』


 温泉旅行かぁ…… んっ、退職祝い? 温泉? ……ああ、そういう事か。


『職場の先輩と女同士での旅行ですから、心配しないで下さいね!』


 やっぱり…… 

 心配は…… うん。


 ちょっと草薙くんの気持ちが分かったかも。


『うん、本当に気を付けてね』


『写真も送りますし、お土産も買ってきますから! 安心して下さいね? 心配にならないように連絡をこまめにしますね』


 ……これじゃあ俺も草薙くんの事を言えないじゃないか。

 

 その後、ハートいっぱいのスタンプが連続で送られてきて、何だか照れくさくて適当にブタのキャラクターがサムズアップしたスタンプを返しておいた。



 …………



「わーい! はづきちゃんありがとー!」


「あはっ、どういたしまして、じゃあ後でリップの塗り方を教えてあげるね」


「うん!」


 そして金曜日、約束通り葉月が遊びに来て、穂乃果に色付きのリップクリームをプレゼントしていた。


 初めて自分の物となったリップクリームを手に、穂乃果ははしゃぎながら葉月に抱き着いてお礼をしている。


「そして…… はい、大樹さんにもプレゼントです」


「えっ、俺にも? ……何かな?」


 大きな紙袋を持って来たな、とは思っていたけど、まさか中身が俺へのプレゼントだったとは…… ありがたいけど、葉月に何もしてあげられていないのに、俺だけがプレゼントをもらうのは申し訳ないな。


 そして中身を取り出すと…… これはジャケット?


「この間、旅行に持って行く物を買っている途中で見つけたんですよねー、大樹さんに似合いそうだと思って買ってきました!」


 ダークグレーのシンプルなデザインのジャケット、一見スーツの上着みたいだが、肩パットとかは入ってなくて、私服として着るには着やすそうだ。


「ありがとう、でも高かったんじゃないの?」


 シンプルだけどボタンとか襟の作りがおしゃれだし、高級そうに見えるんだが……


「実は…… 有名なブランド品でもないですし、セールで現品限りだったんで…… 三千円でした! あはっ! 着てみて下さいよー」


「うん」


 そして着ていたトレーナーを脱ぎ、Tシャツ姿で羽織ると……


「おお…… サイズがピッタリだよ」


「あはっ、やっぱりぃ! ……あたしの身体で合わせてみて、何となーくピッタリだと思ったんですよねー」


 葉月の身体で合わせた? ……な、何で俺を見てニヤニヤしてるんだよ! 

 ……もしかして触れ合っているから分かったとでも言いたいのか!?


「わー! パパ、カッコいー!!」


「そ、そうか?」


 だけど穂乃果に『カッコいい』と言われると、思わずにやけてしまうな…… はははっ。


「ありがとう葉月、大切に着るよ」


「はい!」


「今度お礼をさせてくれ」


「いつもいーっぱいもらってるから、お礼はいらないですよ! ……二人には」


 そう言って笑う葉月の顔を見て…… 俺は何故か、昔の、一緒に暮らしていた時の楓を思い出してしまった。


 そしてその後はまたいつものように穂乃果と葉月は部屋に行って、仲良く女子会を開いていた。

 ……もちろん女子会だから、パパは仲間外れ。


 仕方ないから一人で夕飯作りをする…… と言っても寒くなってきたので今日は鍋にしようと考えていたので、ほとんど食材を切るだけなんだけどな。


「おーい! そろそろご飯だぞー?」


「「はーい!」」


 ……返事も揃っているし、本当に仲良しだな。


 

 …………


 

 食事を終えるとすぐ葉月は帰宅することになった。

 なんでも明日の準備がまだ終わってないらしい。

 一泊二日の旅行でも女の人って準備に時間がかかるんだろうな。


 なので、時間も遅いし外も暗いので、葉月さんを車で送ることにした。

 ……といっても、前みたいに葉月さんの最寄駅までだけど。

 

『あたしの住んでいる家…… 中はきれいなんですけど、外観がオンボロで恥ずかしいんで大樹さん達に見られたくないんです! ごめんなさい!』と言っていたが、そう言われるとどれだけオンボロなのか気になるな。


 葉月がたまに自撮りして送ってくる写真の部屋は、一人暮らしの女性の部屋って感じがして綺麗そうだったんだけど、内装だけリフォームしたのかな?


 まあ、葉月が嫌がっているのに無理矢理送っていったりはしない。


 さて…… 葉月の姿も見えなくなったし、そろそろ帰るか。


 ……今度の日曜日は楓との面会だ。

 いつも食事だけだし、それじゃあ穂乃果もつまらなく感じるんじゃないかな?


 一年も経ったからか、心に余裕が出来たからか…… 最初ほど楓といても辛くないから、どこかに遊びに行っても…… 大丈夫そうだ。


 ……これも葉月のおかげ、かな?


「穂乃果、今度の日曜日はママに会いに行くんだけど、どこに行きたいとかある?」


「うーん…… どこに…… あっ!」

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