前を向く決意 2
「……亜梨沙さん」
「やっと会えたわね……
あたしの前に現れた女性は…… かつてあたしが働いていたアパレルショップ『ヴァーミリオン』の店長、
「どうしてここで働いてるのを知ってるんですか?」
「葉月ちゃんが店に来たって望月さんが連絡をくれたの、それに…… あれからも色々と調べてもらっていたのよ……
その名前を聞いて、すぐに頭の中にあの…… 悪夢のような日々の記憶が蘇った。
もうあの日々からは解放されたのに…… 名前を聞くと未だに後悔や恐怖で身体が震えてしまう。
「立ち話もなんだし落ち着いて話せる場所に行かない?」
そんなあたしの様子に気が付いたのか、亜梨沙さんはすぐに場所を変えようと提案してくれた。
「……わかりました」
訳あって無断で辞めてしまい、お店に迷惑をかけたあたしにわざわざ会いに来た…… しかも『浦野』の名前を出したということは…… 亜梨沙さんはあたしにあの時何があったのかを知っているのかもしれない。
とりあえずあたしは亜梨沙さんのあとに着いていき、そして近くに会ったカラオケ屋さんに二人で入った。
もちろん歌うわけじゃない。
人に聞かれたくない話をするためにわざわざ近くにあったカラオケ屋に入ったんだと思う。
そして個室に入ると同時に、あたしは亜梨沙さんに頭を下げて謝罪をした。
「亜梨沙さん、急に辞めてごめんなさ……」
正確には『辞めた』ではなく辞めるという連絡すらしないで音信不通になってしまったんだけど……
「謝るのは私よ…… ごめんなさい…… もっと早く私が気付いていれば、葉月ちゃんが辛い思いをしなくて済んだのに…… 私があの忘年会になんかに参加させなければ……」
あたしが謝り終わる前に、亜梨沙さんが頭を下げてきた。
忘年会…… ああ、あの悪夢の始まりの日まで…… どうやって調べたんだろう。
でも……
「……亜梨沙さんのせいじゃないです! ……私がすべて自分一人で解決しようと誰にも助けを求めなかったから……」
そう、亜梨沙さんが謝る必要はない。
あたしがその道を選んだんだ。
たとえ大きく間違っていたとしても……
大切なものを守るためにと、大切だったものまで傷付けて……
「葉月ちゃん、でもどうして解放されたのに…… ああいうお店で働いて……」
「……突然『もう必要ない』と言われてもどうやって生きていけばいいか分からなくて…… どうせ似たような事をしていたから、別にお金が稼げるなら何でもいいかなぁって思ったんです」
その時にはもう…… すべてがどうでもよくなっていたから……
「そんな……」
「あはっ、でも今日でお店はもう辞めるんですよね…… ちょっと理由がありまして」
「理由?」
すべてがどうでもよくなっていたのは本当、でも…… そんなあたしを癒してくれた、再び前を向いて歩いて行きたいと思わせてくれた大切な人達が出来たから……
「はい、週に二日ですけど、家政婦…… みたいな仕事をすることになったんです、家政婦というか、子守りというか…… ふふっ」
まあ、それはお断りしたんだけどね。
だって…… お金なんかで繋がる関係なんて…… 嫌だったから。
「でも、その収入だけじゃ生活できないんじゃないの?」
「あとはアルバイトでもしようかなぁって思ってます…… もう身体を売るような仕事は…… しないつもりです」
売りはしない…… でも『サービス』はしちゃうかも…… あはっ、一人だけ『サービス』もしながら癒してあげたい人がいるから。
「葉月ちゃん、仕事がないならもう一度ヴァーミリオンに戻って来ない? いえ…… お願いだから戻って来てくれないかな?」
えっ…… また…… ヴァーミリオンに?
「私はまた葉月ちゃんと一緒に働きたいわ、もう関わりたくないなら別だけど、検討してくれないかな?」
突然の、想像もしてなかった提案に戸惑ってしまう。
大好きだったアパレルショップでの仕事、それがまた出来るのなら……
でも、そうなると大樹さん達と会える時間が減ってしまう。
「今すぐじゃなくてもいいのよ? だから…… はい、私の連絡先、仕事のことじゃなくてもいいから…… また連絡してね」
「亜梨沙さん……」
名刺? ……これをあたしは受け取ってもいいのだろうか?
そんな風に考えてしまい、連絡先が書いてある名刺に手を伸ばせずにいると…… ふと、二人の笑顔が浮かんできた。
『はづきちゃん』
『葉月さん』
あはっ…… あたし、もっと前を向いて生きてもいいのかな?
「はい…… 連絡しますね……」
二人に背中を押されたような気がして、あたしは亜梨沙さんから連絡先を受け取り……
「じゃあ…… またね、葉月ちゃん」
「はい、今日はわざわざ会いに来ていただいて…… ありがとうございました」
あたしが断ち切った、切れたと思っていた縁が再び繋がった。
…………
「……ってことがあったんですよー」
「へぇー、それは良かったですね!」
早速次の日に大樹さんに連絡をしてお家に遊びに行き、過去の事は話さなかったけど、前に働いていたアパレルショップの店長と再会し、また働かないかと誘われた、とだけ大樹さんに伝えた。
……大樹さんの腕を枕にしながら、あたしも大樹さんの身体に手を回し、肌が直接触れ合うような形でだけど。
だって仕方ないよね? 嬉しいことがたくさんあったんだもん。
にゃんにゃん倶楽部の店長、亜梨沙さんの優しさに触れて、その幸せを大樹さんにお裾分けしたくなったの。
……もちろんその前に穂乃果ちゃんともいっぱい話をして、お化粧をしてあげたりと穂乃果ちゃんが寝るまで遊んで、楽しく過ごしてからだけど。
でも、あたしも穂乃果ちゃんに癒され、大樹さんにも…… じっくりと癒されちゃったから…… あはっ! これじゃあお裾分けになってないな。
「とりあえずはまだ決めてないんで…… 迷惑でなければまたすぐに遊びに来ますね」
「迷惑ではないですよ、葉月さんといると楽しいですからね、穂乃果も、俺も……」
嬉しい……
こうして大樹さん達と出会えたことで、あたしの先が見えない真っ暗だった人生に、少しずつ光が差してきたように感じた。
「そうですか、じゃあ…… こういうのも迷惑じゃないですかー? あはっ!」
嬉しいことがたくさんあって、ついつい甘えたくなっちゃった。
大樹さんは明日も仕事なのに…… ごめんなさい。
それでも大樹さんは、そんなあたしを困った顔をしながらも受け入れてくれた。
大樹さん…… あたしがいますからね。
だから…… 寂しそうな顔をしないで?
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