前を向く決意 1
◇
「じゃあ寝よっか」
「うーん……」
お風呂に入ってからも、穂乃果ちゃんと大樹さんと三人でまったりとした時間を過ごした。
しばらくすると、穂乃果ちゃんが眠たくなってきたみたいなので、一緒にお布団へと向かうことに。
そして二人で布団の中に入り、小さな声でおしゃべり。
話をしているうちに穂乃果ちゃんが眠ってしまうから、それまで一緒にいようと、いつものようにあたしも穂乃果ちゃんと向かい合うように横になっていると……
「ほのかねー、はやくおとなになりたいんだぁ……」
「えー、そうなの?」
「うん…… おとなになったら…… パパとママが……」
ママ? ……そう言えば今まで、穂乃果ちゃんの口から『ママ』という言葉を聞いたことがなかったな。
きっと穂乃果ちゃんのママと大樹さんとの間で何かがあったんだろうと思ってはいるけれど、まだ知り合ったばかりのあたしが聞いてはいけない話なんだと、話題にしないよう、ならないようには気を付けてはいたんだけど…… まさか穂乃果ちゃんから話をされるとは思わなかった。
「パパとねママ…… きっとけんかしてるんだぁ…… パパがママにおこってるのを…… みちゃったの…… それからママがおしごといそがしくなって…… それでね、パパにママのことをきくと…… パパがね、よる、ほのかにかくれてないてたの……」
…………
「だからね…… ほのかがはやくおとなになって…… パパと、ママを……」
…………
「それでね…… いつか…… パと…… ほの…… はづきちゃ…… すぅ…… すぅ……」
…………穂乃果ちゃん。
大樹さんもだけど…… 一番寂しいのは穂乃果ちゃんだもんね。
大樹さん達に何があったかはハッキリとは分からないけど、穂乃果ちゃんは穂乃果ちゃんなりに、大樹さんのために何かを頑張ってるんだなぁ……
眠ってしまった穂乃果ちゃんの頭を撫でながら、頑張っている穂乃果ちゃんを応援したい、癒してあげたいと…… 話を聞いて強く思った。
……そして、もちろん大樹さんも。
「大樹さん……」
「ああ、ありがとうございます、穂乃果は寝ました?」
「はい、可愛い寝顔でしたよ」
あたしと出会う前は泣いていたんですか? 大樹さん……
どれだけ傷付いたんだろう…… どれだけ一人で頑張ってきたんだろう……
そんな事を考えると胸が苦しくなる…… もっと大樹さんを癒してあげたいな……
でもあたしに出来ることと言えば……
「大樹さん…… 今日も『特別サービス』してあげますか? ……あはっ」
精一杯…… 心を込めて奉仕してあげることくらい…… だよね。
…………
…………
「大樹さん、あたし…… やっぱりお店を辞めます」
「そうですか…… 次の仕事は何をしようとか決めたんですか?」
「うーん…… まだ決めてませんけど…… こういう仕事はしないつもりです」
しない、というより、したくない。
今は、大樹さんにだけしか触れて欲しくないと思ってしまったら…… もう出来ないよ。
「葉月さんが今の仕事を続けるか悩んでいると聞いて、俺も色々考えていたんですが…… もしも仕事が見つからなかったら、少ない金額になっちゃいますが、俺の家で家政婦というか…… 穂乃果の面倒を見てもらう仕事を頼もうか、とも考えてたんですよ」
大樹さんがあたしのために考えてくれていたの? こんな…… 自分の幸せすら諦めて、惰性で生きていたあたしのために……
嬉しい…… やっぱりあたしは…… 大樹さん達の役に立ちたい。
あたしが出来ることは少ないかもしれないけど、少しでも二人が癒されるように……
でも……
「あはっ! 気持ちは嬉しいですけど…… お金のために大樹さん達との付き合いを続けるみたいでそれは何か嫌です、お金とか関係なく…… 大樹さん達ともっと仲良くなりたいです」
お金は…… 大人のお店で働く前に…… かなり貯金できるくらいもらっていたから…… しばらくは働かなくても大丈夫なくらい貯金はある。
元々大人のお店だって『お小遣い稼ぎに』としか思ってなかったしね。
いずれ仕事は見つけるつもりだし、それよりも今は、大樹さんと穂乃果ちゃんとの時間を大切にしたい…… とまで思ってしまっている。
「ははっ、確かに…… 仕事のために葉月さんが一緒にいてくれると考えたら…… 寂しいですね」
「そうですよ、だから…… あたしの心配はしなくていいので…… これからもっと大樹さん達に会いに来てもいいですか?」
「はい、穂乃果も喜びますし…… 俺も葉月さんと会いたいです」
でも、これは恋とか愛ではないんだよね…… お互い、心の寂しさを埋めたいだけ、きっと……
そう自分に言い聞かせながら……
「あはっ! 嬉しいです…… んっ……」
大樹さんに…… 少し長めの、感謝の気持ちを込めたキスをした。
…………
「急で申し訳ないんですが…… 今月いっぱいでお店を辞めさせてもらいたいんです」
大樹さん達の家を出て、自宅へ帰る前に『にゃんにゃん倶楽部』に寄った。
今はもう、大樹さん以外には『サービス』したくないと思ってしまったら、とてもじゃないけど仕事を続ける気にならなかったので、帰りに直接辞めさせて欲しいと言いに行くと決めていた。
「ああ、そうかい、じゃあ明日から来なくていいよ」
受付にいた、やる気のなさそうに見える店長に告げると、あっさりと答えが返ってきた、それはいいんだけど……
「明日から…… ですか?」
「ああ、どうせ葉月は愛想もサービスも悪くてクレームばかりくるからね、いなくても問題ないよ」
そんな…… 事実だけど、柑奈さんと同じくらいあたしを気にかけてくれた店長にそう言われると…… 凄くショック。
「それに葉月にはこの仕事は向いてないから辞めた方が良いと前から思っていたんだよ、ただ…… アンタがここを辞めたとしても、同じような店で働くんじゃないかと思ってね…… 扱いの悪い店にいるよりは安全だと思って雇っていただけなんだよ」
……店長?
「……良い人でも見つかったかい? 自棄になって身体を売るのが嫌になるくらいの」
「ふぇっ!? な、何の話ですか!?」
「あっはっはっ!! 図星みたいだね……葉月、アンタはもう『モミジ』を辞めるんだよ? あたしはもう…… 自分で自分を傷付けて、生きることすら諦めているアンタをこれ以上見たくないんだ、アンタも…… 柑奈くらい幸せになりなさい」
「店長……」
「さあ、仕事の邪魔だから帰んな! ……たまには連絡しなさいよ、もちろん仕事の話抜きでね」
「っ! 今まで…… ありがとうございました……」
素っ気なく、冷たい言い方をする店長だけど…… 何だかんだ気にかけてくれていると思ってはいた…… でも、思っていたよりもずっとあたしの心配をしてくれてたんだ。
柑奈さんも含め、周りの人の優しさに今更気付くなんて……
やっぱり大樹さんに出会ったことで、あたしの中で何かが変わったんだ。
ありがとう大樹さん…… それに穂乃果ちゃん。
この恩返しは…… 精一杯しますから。
『大樹さん達にも幸せになってもらいたい』
それが…… 今のあたしが一番したいこと。
……今度会った時には仕事を辞めたと報告しなきゃ。
大樹さんになんて言おうかな? 『これからは大樹さんがあたしのサービスを一人占め出来ますよ』…… とか言ったら引かれちゃうかな? あはっ!
そんな事を考えながら店があるビルから出ると…… ビルの入口に、見覚えのある人が立っていた。
えっ? な、何でここに……
「……
「やっと会えたわね…… 葉月ちゃん」
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