約束の日、彼女を自宅に招待する 5

 今日はやけに月明かりが眩しくて、カーテンをして電気を消した部屋でも少し明るい。


 ゆっくり、静かに重なり合った俺達。

 そのおかげで更にお互いの心の距離が近くなったと感じた。


 隣には俺の腕を枕にした葉月さんが少し疲れた様子で横になっている。


「あはっ…… 大樹さんって本当に優しいですよね……」


「……そうですか?」


「優しいから…… 凄いんです……」


 ……よく分からないけど、満足そうな顔をしているようにも見えるから余計な心配はいらなさそうだ。


「……大樹さん、実はまた穂乃果ちゃんと約束しちゃったんですよ、着れなくなった服を専門のお店でリメイクしてもらって、また着れるようにしてあげるって」


 着られない服…… もしかして楓が買ってきた服のことか? 

 穂乃果に怒られるだろうと、捨てるに捨てられなくて困っていたから、そんな方法があるなら助かるんだが…… どうしてそんな申し訳なさそうな顔をするんだ?


「だから…… また会いに来ちゃうことになると思うんですよ…… ごめんなさい」


「何で謝るんですか? また穂乃果の事でお世話になるのに…… 俺が謝らなきゃいけないくらいですよ」


「でも…… 迷惑じゃないですか? あたしみたいな女が…… 近くにいて」


 迷惑だなんて、そんな事を思っていたら…… 今こうして隣で一緒に寝てないよ。


「言いましたよね? 葉月さんがいてくれて感謝してるって」


「…………」


 不安そうな顔をしている葉月さんを抱き寄せて、落ち着かせるために頭を撫でる。


「それに…… 嫌だったらこんな事しませんよ」


「大樹さん……」


 分かってくれたかな? だから不安そうな顔をしないで欲しい……


「あの…… 大樹さん」


「はい」


「そんな優しくされると…… またしたくなっちゃいます」


「……えっ?」


「今度はあたしが…… 大樹さんだけに…… 優しく『特別サービス』しちゃいますね、あはっ」



 そして、葉月さんは起き上がると、俺に覆い被さってきて……

  

 ああ、カーテンの僅かな隙間から漏れる月明かりが眩しいな…… 

 それに月明かりに照らされた葉月さんも……


 …………

 …………



 その後二人で軽くシャワーを浴びて、葉月さんは穂乃果の隣に敷いてある布団に、俺は客間の布団にシーツを替えてから、それぞれ眠ることにした。


 ……久々だったということもあって、朝までグッスリと眠ってしまったが、目覚めてリビングに向かうと穂乃果と葉月さんはもう起きていて、朝からソファーに座りながら仲良く話をしていた。


「パパ、おはよー」


「おはようございます、大樹さん」


「あっ、二人ともおはよう……」


 昨日の夜の出来事をまるで感じさせない、自然な笑顔で挨拶をする葉月さん


『大樹、さん…… もっと……』


 俺は…… あの艶かしい声や色っぽい顔を思い出して、まともに顔を見れないっていうのに……


「パパー、おなかすいたー」


「そ、そうか…… じゃあパンでもいいかな?」


「うん! すきなのたべてもいいの?」


「ああ、どれを食べてもいいよ」


「じゃあとってくるー」


 穂乃果が立ち上がり、キッチンの方へと向かって歩いて行く。

 キッチンには朝とか時間がない時のために、いつも買いに行ってる近くのパン屋で買ってきたパンがたくさん置いてあるんだ。


「大樹さん、どうしたんですかー?」


 穂乃果の姿がキッチンに隠れると同時に、葉月さんはからかうような笑顔を浮かべ、小さな声で俺にそう言ってきた。


「別に…… 何でもないです」


「あはっ! もしかして昨日の事を思い出して照れてるんですか? 可愛いですね」


 可愛い!? ……年上をからかうんじゃない! ……あれ? 俺の方が年上だよね?


「あはっ、あたしは二十四ですよー、大樹さんは三十歳でしたよね?」


「俺、年齢を言いましたっけ?」


「言ってたじゃないですか…… お店で」


 そうだったか? あの時は緊張していたから、どんな会話をしたか覚えてないや。


「もう! でも仕方ないですよね、大樹さん緊張してガチガチでしたもん、ついでにアッチも…… あはっ!」


「葉月さん…… それ、おじさんっぽいですよ?」


「大樹さんヒドい! ……こんなにピチピチなのにぃ!」


 うん…… 確かにピチピチだよ…… 色んな意味で。


「……あはっ! またあたしの事を思い出してるんですかー?」


「いや、その…… まあ…… ね?」


「……あたしも昨日の事は忘れられそうにありません、きっとすぐに大樹さんの事を思い出しちゃいます」


「……えっ?」


「だから…… また用が無くても連絡してもいいですか?」


「それは構わないけど……」


「穂乃果ちゃんのこと以外でも、また会いたいと言っても迷惑じゃないですか?」


 えっ? それは…… どういう意味? 

普通に穂乃果と三人で会うだけじゃないってこと?


 昨日の夜はそういう雰囲気になったから…… って感じだったけど、話の流れ的に『また会いたい』って、つまり……


「ダメ…… ですか?」


「いや、俺も…… 会いたくなると…… 思います」


「……やった!」


 小さくガッツポーズをして、ニコっと笑う葉月さんを見て…… 純粋に『可愛い』と思ってしまった。



「あー! ふたりともなにはなしてるのー? ほのかもなかまにいれてー」


「あはっ、パパと『また遊ぼうねー』って話してたんだよ」


「えー? じゃあほのかもいっしょにあそぶー!」


「うん、みんなで遊ぼうね!」


「ところで穂乃果…… そんないっぱいパンを持ってきて、全部食べるつもりか?」


 色々買い置きしてあるから、好きなパンを食べていいとは言ったが…… 穂乃果が腕に抱えるように持ってきたのは、数えてみると四、五個はあるぞ?


「ううん! これは…… はづきちゃんのぶん! こっちがパパのぶんだよ!」


「わぁー! あたしのも持ってきてくれたのー? 穂乃果ちゃんありがとー」


「えへへっ」


 俺達の分もあったのか…… ははっ、みんなで食べようってことか。

 穂乃果…… 優しくてしっかりした子に育ってくれて、パパは嬉しいぞ。


 葉月さんにギューッと抱き締められながら褒められ、嬉しそうに笑っている穂乃果の顔を、俺も微笑みながら見つめていた。



 そして……


「はづきちゃん、またねー」


「うん、また遊ぼうね! 大樹さんも…… また」


「ええ、また遊びに来て下さいね」


「はい! ……また連絡しますね」


「分かりました」


 昼になる前に葉月さんは帰っていった。


 穂乃果はそれまでにまた色付きリップを塗ってもらったり、ヘアゴムを使って髪を結んでもらって満足したみたいだ。


 本当は送って行くつもりだったが、用があるから大丈夫と言われて、玄関先で葉月さんを見送った。


「あーあ、はづきちゃん、かえっちゃったぁ……」


「はははっ、そんな残念がらなくても、またすぐに遊べるから大丈夫だよ」


「ほんとー?」


「ああ」


 その前に…… もうすぐ一ヶ月経つな。

 楓との約束、月一回の穂乃果との面会。


 約束は守らないとな…… 養育費もあるし。


 『ああっ、大樹さん……』


 ……っ! …………


 何で今、昨日の夜の事を思い出すんだよ……


 そして面会の日をいつにしようかと考えていたら…… 何故か悲しそうにしている楓の顔が浮かび、少しだけ胸が苦しくなった。

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