約束の日、彼女を自宅に招待する 4
二人が上がったので、俺もさっさと入ってしまおうと風呂場にやってきた。
リビングでは穂乃果の後ろに座り、ドライヤーで穂乃果の髪を乾かしながら楽しそうに喋っていた葉月さん。
……楓がいた時も風呂上がりにこんな風にしていたな、と湯船に浸かりながら昔見た二人の姿を思い出していた。
ふぅーっ…… また思い出してしまったな。
すぐに忘れようとお湯を手で掬い、顔を洗うようにパシャリとかけた。
んっ? これ、葉月さんも入ってたお湯…… だよな?
な、何を考えているんだよ、俺! 別にこれはただのお湯だし、それに……
『あぁっ…… お、お兄さん……』
なぁぁぁっ!! 今はそっちも思い出しちゃダメだよ! ……はぁっ、何をしてるんだ俺は。
本当に…… 大人のお店で出会い、ショッピングセンターで偶然再会した、まだ仲良くなり始めたばかりの女性を…… 穂乃果の頼みとはいえ泊めちゃうんだもんな。
でも逆に考えたら、出会ったばかりなのに家に泊めても良いと思える女性って事だよな……
俺が葉月さんに抱いている感情は恋愛感情とかではないと思う、だけど不思議な…… 何かほっとけないというか、気にかけたくなる…… 俺にとってそんな存在なのかな、葉月さんって。
お互い出会い方が特殊だったから距離感がおかしくなっている可能性もある。
だけど…… 久しぶりに我が家が賑やかなのは良いことだ。
葉月さんが来てからずっと楽しそうに笑う穂乃果の顔を思い出しながら、ゆったりと少し温くなったお湯に浸かっていた。
風呂から上がると穂乃果は、髪を乾かしていた時と同じように葉月さんの足の間に座り、べったりと寄りかかっていた。
そして俺の姿を見ると穂乃果は立ち上がって笑顔で俺に聞いてきた。
「パパー、アイスたべてもいーい?」
「ああ、でも一個だけだよ」
「はーい! はづきちゃんもこっちにきて! どのアイスにする? いっしょにたべよー」
葉月さんの手を引いて冷蔵庫の前まで行き、アイスの入っている冷凍室を開けてガサゴソとアイスを選んでいる。
そんな穂乃果の様子を見て、葉月さんは苦笑いしながら俺を見てきた。
遠慮しているのかな? 好きなのを選んでいいんだよ。
と思いながら微笑むと、安心したような顔をして葉月さんもアイスを選び始めた。
「あたしにもくれるの? ありがと…… うーん、チョコのやつにするかな」
「じゃあほのかはバニラ! えへへっ、ひとくちあげるから、ひとくちちょうだい!」
「あはっ! いいよー」
そんな年の離れた姉妹のような二人の姿を見ながら、俺は風呂上がりに飲もうと出していた二本目のビールの缶を開けた。
そしてアイスを食べ終わった後も、二人はずっとお喋りをしていた。
穂乃果の保育園の話や葉月さんの髪や服などおしゃれの話など、穂乃果のおしゃべりは止まらない。
そんな穂乃果の話をニコニコしながら相づちをうったり、説明のためになのか、スマホの画面を指差しながら話をしたりと…… 葉月さんはずっと穂乃果の相手をしてくれていた。
ただ、そのうちに……
「うぅん……」
「穂乃果、もう寝る準備をしないと」
「やぁだぁ…… まだはづきちゃんとあそぶぅ……」
もう眠たそうなのに、葉月さんともっと遊んでいたくて寝るのを我慢している穂乃果。
いつもなら寝ている時間なんだが、よっぽど楽しいのか、なかなか寝ようとしない。
いつでも寝られるようにと、穂乃果の布団の隣には葉月さんのための客用布団を並べて敷き、客間に俺の布団を移動は済ませてあるんだが…… どうしよう。
すると葉月さんが俺に向かってニコッと微笑み……
「穂乃果ちゃん、歯磨きしてからお布団でお話の続きをしない?」
「うん…… いいよぉ……」
穂乃果を連れて洗面所に向かった。
新品の歯ブラシなど、葉月さんには自由に使っていいと伝えてある。
葉月さんが機転を利かしてくれたおかげで、大人しく布団に向かってくれそうだな。
…………
「大樹さん…… 穂乃果ちゃん、寝ちゃいました」
「すいません、ありがとうございます…… 一緒に寝なくて大丈夫だったんですか? 穂乃果の相手をして疲れたでしょう」
寝室にしている部屋に入ってから少し経って、葉月さんが音を立てないよう静かに部屋から出てきて、そして俺が座っているソファーに少し間を空けるように座ってきた。
「いえ、穂乃果ちゃんとお話ししているとあたしも楽しいですから、逆にうるさくしてないか心配なくらいでしたよ」
「やっぱり女の子同士だと会話が弾むんですかね、あんな喋りっぱなしで楽しそうな穂乃果は久しぶりに見た気がしますよ」
「あはっ、そうなんですか? でも可愛いですよね、穂乃果ちゃん」
「ええ……」
本当に可愛い…… 俺の…… 大事な娘だ。
「で? 大樹さんはまだ寝ないんですかー?」
「いつも穂乃果を寝かし付けて少し晩酌したらすぐ寝るんですけど、今日はもう少し飲もうかなと思いましてね…… あっ、もし良かったら葉月さんも飲みます?」
「じゃあ…… 少しだけ」
立ち上がって冷蔵庫からビールと、食器棚から葉月さん用にとグラスを取ってソファーに戻り、そして……
「じゃあ、今日はありがとうございました…… 乾杯」
「乾杯……」
俺達は音があまり出ないよう、静かにグラスを合わせた。
「…………」
「…………」
ちびちびとビールを飲みながら、まったりとくつろぐ。
大して喋りもしてない、なのに…… 居心地が悪くならないって凄いな。
隣を見ると、同じくまったりとした様子で葉月さんもビールを飲んでいる。
気のせいかさっきよりも距離が近いように感じるんだが……
「それにしても…… 穂乃果があんなにおしゃれに興味を持っていたなんて、葉月さんがいなかったら気付かなかったですよ」
「最近の女の子は小さな頃からおしゃれな子が多いですからね…… あたし、昔アパレルショップで働いていたんで、ファッションの事は詳しいんですよー? あはっ」
へぇー、だからあんなおしゃれなのか。
だけど…… 働いていたアパレルショップで何かあったのかな? 笑顔だが、凄く寂しそうで悲しそうな顔をしている。
「まっ、今は大人のお店で働いているんですけどね…… っ!? ……大樹、さん?」
笑顔なのに、無理しているように見えて、思わず肩に手を回してこちらに引き寄せてしまった……
「……葉月さんのおかげで今日、穂乃果はあんな楽しそうに過ごしていました、だから…… 俺は葉月さんと出会えて感謝してますよ」
「だ、大樹さん……」
だから、理由は分からないけど、悲しそうな顔をしないで欲しい……
「…………」
一瞬驚いたような顔をした葉月さんだったが、すぐに俺にもたれ掛かり、そして……
「ありがとうございます…… 大樹さん、ギュッとしてもいいですか?」
「……ええ、葉月さんがそれで『癒される』のなら」
「あはっ、そんな事言われちゃったら…… あたし、甘えたくなっちゃいます」
そしてその夜、俺達は……
客と店員ではなく、『大樹』と『葉月』として、お互いをもっと知り合うために……
穂乃果を起こさないよう静かに…… 肌を重ねた。
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