約束の日、彼女を自宅に招待する 3

 食事を終え、みんなで休憩がてらテレビを見ながらお茶を飲んでいた。


 それにしても葉月さん


『誰かの作った手料理って久しぶりで…… 感動しちゃいました』


 って、言ってたなぁ……


 葉月さんは一人暮らしで、家ではほとんど料理はしないみたいだし、久しぶりって言うくらいだから…… 


 いや、葉月さんにも色々事情があるだろうから深くは聞かないでおこう。


「ねぇねぇはづきちゃーん、そろそろつめをキラキラにしてよー」


「あはっ、そうだったねー、じゃあちょっとやってみよっか」


 葉月さんがバッグに手を入れて、中から用意してきてくれたマニキュアを取り出した。


「はい、手を出してー、じゃあ塗っていくよー」


「はーい」


 葉月さんが穂乃果の小さな爪にピンク色でラメの入ったマニキュアを塗っていく。

 穂乃果はその様子をワクワクした顔で大人しく見守っていた。


「……はい! 乾くまでちょっと待ってねー」


「わー! キラキラー! かわいー!」


 あははっ、穂乃果は綺麗になった自分の爪を見て興奮気味だな。

 そんな穂乃果の様子を、葉月さんは笑顔で見ていた。


「ありがとー、はづきちゃん!」


「どういたしまして」


「パパ、みて! ほのかのつめ、キラキラでかわいいでしょ?」


「ああ、とっても可愛いよ」


「わーい! えへへっ!」


 マニキュアを塗ってもらって喜んだり、可愛くておしゃれな服を好んだりと…… 女の子は男の子より成長が早いと言うけど、ここまでとは思わなかった。

 俺が五歳の時はどんな子供だったかな…… あまり覚えてないや。


 とにかく、男の俺では穂乃果がおしゃれに興味を持っていた事すらしばらく気付かなかったから、そんな穂乃果の話し相手になってくれる葉月さんがいて助かった。


 穂乃果にとって葉月さんは今『憧れのお姉さん』なんだろうな…… 


「そうだ! ねぇ穂乃果ちゃん、もうちょっと可愛くしてあげようか?」


「えー! なになにー?」


「じゃーん! ……これだよ!」


 そう言って葉月さんがバッグから取り出したのは…… リップスティックに似ているような気がするけど、あれは何だ?


「……色付きのリップクリームですから心配しなくても大丈夫ですよ」


 俺が心配そうな顔をしているのに気が付いた葉月さんが、クスッと笑って俺を見る。


 そして……


「わぁぁー! こっちもピンクでかわいー! ぷるぷるぴかぴかしてるー!」

 

 葉月さんに色付きのリップクリームを塗ってもらった穂乃果は、さっきお土産でもらった鏡で自分の顔を見て大はしゃぎ。


 唇の近くに手を持ってきて、さっき塗ってもらった爪と合わせて何度も鏡を見ている。


「あはっ! そうだ穂乃果ちゃん、あたしと一緒に写真撮らない?」


「うん! とるー!」


 そして可愛くしてもらった穂乃果は、葉月さんとツーショットで写真を撮っていた。


「あとで大樹さんにも送っておきますね」


「パパ、あとでみせてね!」


「あははっ、分かったよ……」


 ツーショット写真か…… ということは、送られてくる写真には葉月さんも写っているんだよな…… 何を当たり前なことを考えているんだ、俺は。


「あっ、あと、このリップクリームは普通の洗顔で落ちると思うので心配しないで下さいね」


 じゃああとで風呂に入った時にでも洗えば大丈夫そうだな。

 リップクリームだしそんなに心配はいらないだろう。


「えー! ぷるぷるじゃなくなっちゃうのー?」


「あはっ、そうだね、お風呂に入ったらぷるぷるじゃなくなるよー」


「やだぁー、もっとぷるぷるにしてたーい! パパ、ほのかはおふろにはいらないから!」


「いや、今日はお外に出たし入らないと駄目だよ?」


「やだぁー! ……あっ! ねぇねぇ、はづきちゃん! きょうはおとまりしていって! そしてあしたまたぷるぷるぴかぴかにしてよー」


「「えっ…… お、お泊まり!?」」


 ちょっと…… お泊まりはマズいんじゃないかな? ほら、葉月さんだってそのつもりで来てないから、用意も何もしてないだろうし……


「あ、あははっ…… 穂乃果ちゃん、お泊まりはちょっと…… ねぇ、大樹さん?」


「やだぁー! きょうははづきちゃんとねたーい! パパ、おねがーい! はづきちゃんも、おねがーい!」


 うっ! 出た、穂乃果の可愛いおねだり…… パパはそれに弱いんだ……

 仕方ない、聞くだけ聞いてみるか、いきなり過ぎて駄目だろうけど。


「……葉月さんは明日、何か予定はあるんですか?」


「はぇっ!? あ、明日は何も予定はないんですけど…… 大樹、さん?」


「もし葉月さんが良かったらですけど…… 今日は泊まっていきませんか? ……穂乃果も喜びますし」


 それによく考えたら…… 送って行くつもりではいたが、帰り時間も遅い時間になりそうだからな、暗い夜道を女性一人で歩く事になるかもしれないし、危ないよな。


「あたしは大丈夫ですけど…… ほ、本当にあたしが泊まっていいんですか?」


「はづきちゃん、とまっていくの!? わーい! やったぁー!」


「ははっ…… 穂乃果はもうその気になっているみたいですし…… 葉月さんさえ良ければ俺は大丈夫ですよ」


「………… そ、それなら、お言葉に甘えて…… 今日はよろしくお願いします……」


 そして葉月さんは申し訳なさそうに、顔を赤らめてうつ向きながら返事をした。

 


 …………


 それから、俺は食器などの後片付けをしている間、穂乃果と葉月さんはお風呂に入ってもらう事にした。


 ……これもやや強引に穂乃果が『葉月さんとお風呂に入りたい』とせがんだからなんだけど。


 そして着替えも何も用意していなかった葉月さんのために、俺が普段部屋着として着ているスウェット上下を貸してあげることにした。

 下着は…… さすがに家にはないので葉月さんに何とかしてもらおう。


 片付けが終わった俺は、葉月さんを送って行く予定がなくなったのでビールを飲むことにした。

 リビングでボーッとしながら飲んでいると、風呂から上がったのか脱衣場から楽しそうな声が聞こえてくる。


「すっごーい! ぽよんぽよん!」


「あはっ、もう、やめてよぉー」


「ぷかぷかしてたし、おっきいねー!」


 穂乃果、何をしている!? 何の話だ!? ……まさか葉月さんのの話か!?

 

 

「ほらほら、風邪引いちゃうから早く着替えよう?」


「はーい! ……あっ、スケスケー」


「穂乃果ちゃん!? それはあたしのだから触っちゃダメぇっ!」


 スケ…… 一体何が…… いや、俺には何も聞こえない! それに何も聞いてないぞ!


「パパー! おふろはいったよー! はづきちゃんにあらってもらったの!」


「ははっ、そうか、良かったな」


「はづきちゃんねぇー、ぽよんぽよんがぷかぷかーってしてすごいの!」


「えっ……」


「穂乃果ちゃん!? ……もう! パパには内緒って言ったでしょー?」


「あっ! えへっ、ごめんねはづきちゃん」


 ……せっかく聞こえないふりをしてやり過ごすつもりだったのに!

 ……まあ、あの『ぽよんぽよん』の魅力を俺も知っているけどな。


「大樹さん、すいませんお風呂に着替えまで用意してもらって……」


「い、いえいえ、こちらこそ穂乃果と一緒に入ってもらってありがとうございます」


 あっ…… 葉月さん、メイクを落としたんだ…… 

 メイクのおかげで少し大人っぽく見えていたが、こうしてすっぴんを見ると…… やっぱり童顔で、より幼く見える。


 そんな葉月さんの顔を、俺がまじまじと見ていることに気付いたのか、葉月さんは少し恥ずかしそうに目を逸らした。


「恥ずかしいからあんまり見ちゃダメですよ……」


「あ、ああ、すいません……」


 別に変だから見ていたわけではなく、元から可愛らしい顔をしているんだなぁ、と思って見ていただけだから…… 


 首にかけたタオルでまだ濡れている髪を拭きながら、自分の顔を隠すダボダボなグレーのスウェット姿の葉月さん。


 そんな生活感のある葉月さんの姿を見て…… 俺は何故かドキドキしてしまった。

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