約束の日、彼女を自宅に招待する 1
「木下さーん! ……すいません!!」
「……いきなりどうしたんだい?」
土曜日の勤務時間終了間際、草薙くんが俺の目の前に小走りで来て、突然頭を下げてきた。
「自分、今日は『にゃんにゃん倶楽部』に行けないっす! きっと楽しみにしてましたよね?」
……はっ? 『にゃんにゃん倶楽部』って、葉月さんが働くあの店の名前だけど、草薙くんと行く約束なんてしてないぞ?
「誰かと約束していたのを間違えてるんじゃない?」
「いいえ! きっと木下さんは今週も行きたいと思っていたはずっす! 自分もそのつもりでしたが…… 状況が変わったんすよ!」
思ってないし! ……状況? 事情ではないのか?
「自分、今日も行くつもりでミカンちゃんに『今日もお店に行くよー』って、連絡したんすよ、そしたらミカンちゃんから『くーくん、今日は出勤してないよー』って返って来て…… ガッカリしてたんすよね」
ああ、草薙くんのお気に入りの、派手なギャルっぽい女の子か……
ていうか草薙くん…… 『くーくん』って呼ばれてるんだ、『草薙』だから?
「だから店に行くか迷ってたんすけど…… 『くーくん、遊びに来すぎ! しかも私ばっかり指名して、時間も長いコースばっかりだし! お金あるの?』って言われて、確かにパチンコで勝ったお金がもう無くなりそうだなー、と思って『それなら借金してでもミカンちゃんに会いに行く』って送ったんすよ」
どんだけミカンちゃんにハマってるんだよ! その話を聞く限り…… 草薙くん、俺と行った時以外にも相当行ってるな。
……ただ、借金してまで行くのは止めなさい。
「そしたらっすよ!? さっき『もう! そんなに私に会いたいなら…… 仕方ないから店じゃなくて、普通に食事に行きましょ? これからでも大丈夫?』って返ってきたんすよ!! だから今日はミカンちゃんとデートなので、自分は木下さんに付き合えないっす!」
「いや…… 行かないから大丈夫」
「またまたぁー! 木下さんも『モミジちゃん』にハマってるくせにー!」
「だから行かないって! ……ほら、キチンと準備して行かないとミカンちゃんに嫌われちゃうぞ?」
「ああっ、こうしちゃいられないっす! じゃあ木下さん、お疲れ様でしたー!」
自分の言いたい事だけ言って、さっさと帰ってしまった…… 元気なのは良いことだよね、楽しそうだし。
まあ俺も『モミジさん』には会わないけど、今日は忙しいから…… 早く穂乃果を迎えに行こう。
そして会社から真っ直ぐ保育園に向かうと、保育園の玄関先に穂乃果が待っていた。
「パパー! おそいよー!」
いつもなら保育園の中で友達と遊んで待っているのに…… よっぽど楽しみなんだな。
「ごめんごめん! さっ、帰ろうか」
「うん!」
保育園の先生に迎えに来たと挨拶をして、穂乃果と手を繋ぎ帰宅する…… っと、その前に……
「穂乃果、スーパーで買い物をしてから帰ってもいいか?」
「えー! はやくしないとはづきちゃんがきちゃうよー」
「大丈夫大丈夫、まだ家を出てないみたいだから」
「そうなのー? じゃあいいよー」
はははっ、そんなグイグイ引っ張って行こうとしないでくれよ。
穂乃果も昨日から楽しみにしていたもんな…… んっ? スマホに通知がきたな。
『大樹さん! あたし、何を着て行けばいいですか!?』
……こっちも楽しみにしてくれているのか、昨日からちょくちょくメッセージが送られてくる。
『どこかに行くわけじゃないから、楽な格好で大丈夫ですよ』
晩ご飯を一緒に食べて、後は穂乃果と遊んでもらうだけだからあまりファッションを気にしなくてもいいのに…… なんて言ったら怒られそう。
……楓には怒られたもんな。
『もう! 大樹さんったら! 適当に選んですぐに家を出ますね』
ちょっぴり怒ってそうな葉月さんのメッセージに、ブタのキャラクターが『ごめんなさい!』としているスタンプを返してから、俺達はスーパーに到着して……
「パパ! いそいでー!」
「……はいはい」
「もー! パパったら! はづきちゃんがまってるよ?」
穂乃果に急かされながら晩ご飯の食材などを買物して家に帰った。
『もうすぐ着きます』
帰宅してすぐに葉月さんからのメッセージ、それを見た穂乃果が玄関へと走って行った。
「あっ! はづきちゃーん! こっちだよー!」
「穂乃果ちゃーん、こんばんはー」
もう目の前まで来ていたのか、穂乃果が玄関を開けると、すぐに葉月さんの姿を見つけられたみたいだ。
「はづきちゃん、いらっしゃいませー、はいってはいってー!」
「あはっ、お邪魔しまーす…… あっ、大樹さん、こんばんは!」
「いらっしゃい、今日は来てくれてありがとうございます」
穂乃果に招かれ家に上がってきた葉月さん。
フルジップのグレーのカーディガンにVネックの白のシャツ、ハイウエストなゆったりとしたデニムと、ラフだがやっぱりおしゃれな格好だな。
あと小さなハンドバッグと、もう片方の手には紙袋を二つ持っていた。
「いえ、こちらこそ誘っていただいてありがとうございます、あの…… これ、二人にお土産です」
「そんな、わざわざありがとうございます」
「わーい! ありがとー!」
元はと言えばお礼をしたいから誘ったのに、お土産まで用意してもらって申し訳ないな。
……どんなお土産かな? それによってはまたお礼をしないと。
「こっちは穂乃果ちゃんのだよー」
「えへへっ、なにかなー? ……わぁぁっ! すごーい!!」
穂乃果が紙袋から取り出したのは…… あれは卓上の鏡? それと色々な飾りの付いた輪っかのようなものが沢山入ったケースだった。
「これはあたしが化粧用に使っていた三面鏡だよ、お古だけど穂乃果ちゃんにあげるね! あとは可愛いヘアゴムを見つけたからこれも良かったら使ってみてね」
「はづきちゃんがつかってたの!? わーい、ありがとー! ヘアゴムもつかうー!」
「ありがとうございます、良かったな穂乃果」
「えへへー」
やっぱり女の子だから化粧とか興味があるんだろうな。
ヘアゴムは穂乃果がよく使いたがるから助かる。
「こっちは大樹さんのです……」
「俺にまでありがとうございます、何だろうな…… んっ?」
入っていたのはパンツと靴下…… えっ? 何で!?
俺が袋の中身に困惑していると、葉月さんが近付いてきて耳打ちしてきた。
「……おしゃれなパンツと靴下を選びましたから、誰に見せても恥ずかしくないと思いますよ? あはっ!」
靴下はまだしも、パンツなんて滅多に見せないだろ! ……あっ。
葉月さんはニヤニヤしながら何も言わず俺を見つめている……
そんなに変なパンツを履いていたか? ……あの時。
「見せる機会がないなら…… あたしが見てあげますから」
どういう事!? また店に遊びに来いっていうことか?
「……あはっ、冗談ですよ!」
「……からかわないで下さいよ」
「もしあたしが見るとしても、どうせすぐ脱いじゃいますしね」
コラッ! 穂乃果が不思議そうな顔をしてヒソヒソ話をしている俺達を見てるから、今はあの時の話はやめて!
「パパとはづきちゃん、なかよしだねー」
「えっ!?」
「あっ…… ははっ、うん、そうなんだよー」
穂乃果に仲良しと言われた葉月さんは…… 何を思い出したのか、少し照れくさそうに穂乃果に笑いかけていた。
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