私が離婚した理由 3 《楓》
それから大樹くんに別れを切り出されるまではあっという間だった。
こんなに早いなんて…… きっと前から私を怪しんでいて準備していたんだろうな。
穂乃果は大樹くんの実家に預けられる事が増え、夫婦の会話はほとんど無し。
大樹くんは仕事以外に頻繁にどこかに出かけ、疲れたような、怒ったような顔をして帰って来る。
その間、大学生はバイトを休んでいて、お互いに連絡先も知らないので、大学生との接触は一切なかった。
大樹くんの様子…… 急にバイトに来なくなった大学生…… 穂乃果を私から遠ざけるような行動…… これがどういう事か馬鹿な私でも分かる。
……あの時『もう駄目だ』と思ったのは正しかった。
言い訳をしてすがり付くわけにもいかない…… たとえどれだけ苦しい思いをして不貞行為をしていたとしても、私は家族を裏切っていたのは事実。
母親失格…… 妻失格だよ……
もう…… すべてを諦めよう……
誰よりも何よりも大切な…… 大樹くんと穂乃果。
きっとこれ以上私が迷惑をかけたら二人は更に不幸になってしまう。
ああ…… ついこの前まではあんなに幸せだったのに…… 愛する夫と娘がいれば…… それだけで良かったのに。
なのに…… その幸せを守るためにと、幸せを壊した私……
……結局、悪いのは間違った選択をした私だ。
あとは大樹くんの判断に任せよう。
すべて受け入れ、残りの人生はすべて二人への償いのために生きる。
もう、私はどうなってもいい……
その後、大学生と決着がついたのか、今度は私が裁かれる時が来た。
離婚、親権、財産分与や慰謝料、養育費など、大樹くんの出した条件を私はすべて受け入れた。
だけど……
「本当にすいませんでした…… 私には謝ることしかできません、あなたの望むようにして下さい、だけど一つだけお願いします…… 毎月一回でも良いので、穂乃果に会わせてもらえませんか?」
ずっとそばで見守れなくなってしまったけど、穂乃果の成長を…… 遠くからでも、少しだけでも見守らせて欲しい……
その願いを大樹くんは条件付きで承諾してくれた。
そして離婚して一年経ち…… 一ヶ月前にようやく穂乃果と面会することが出来た。
再会した時は涙が止まらなかった。
穂乃果も私を見て泣き始め、二人で抱き締め合いながらしばらく泣いてしまった。
まだ幼い穂乃果にはショックを受けないように『ママは仕事で遠くに暮らさなきゃいけなくなった』と嘘を伝えているので、大樹くんとも仲が良いように見せなければいけない…… それが大樹くんは辛そうだった。
一年で想像以上に成長した穂乃果と少しやつれた大樹くんと久しぶりに三人で食事をして…… その日の面会は終わった。
そして最後にずっと穂乃果に渡そうと思って用意していた穂乃果の服を渡し、二人と別れた。
その後、一人暮らしをしている家に到着すると同時に…… 再び涙が溢れて止まらなくなった。
幸せを壊した私は、二人にどれだけ謝罪しても許されないだろう。
今はまだ大丈夫だが、いつかきっと穂乃果も真実を知る時が来る。
その時、穂乃果は私の事を嫌いになるかもしれない。
後悔、寂しさ、馬鹿だった自分への怒り……
それらをこれからもずっと抱えて生きていく…… これが、私への罰なんだと思いながら。
…………
…………
家族写真を見ながら今までの事を思い出していた。
思い出すたびに涙が溢れてくるが…… 後悔したところでもうどうにもならないんだ。
そう自分に言い聞かせ、涙を拭いて荷物を片付ける。
仕事で来ていたシャツを洗濯機に、晩ご飯用にもらった余り物のお弁当が入ったビニール袋をテーブルに置いて、私はようやくリビングの床に腰を下ろした。
余り物のお弁当というのは、私が離婚してから働いている小さなお弁当屋さんで売れ残った商品で、店主の
給料はそこそこ貰えてはいるが、養育費もあるし、穂乃果の将来のために必要になると思い、少しでもお金を残しておきたいとので、なるべく節約して生活している私にとって、このお弁当はとてもありがたい。
穂乃果だってあと一年もすれば小学生だ…… ああ、入学式も行きたかった。
穂乃果の新しい門出を…… 大樹くんと二人で祝いたかった。
いけない、また泣いちゃう……
「いただきます……」
家族の写真にまた無意味な挨拶をして、私は幕の内弁当に箸をつけた。
……隣の方から楽しそうに話す声がする。
このアパート、壁が薄いのかな? 普段は静かなのに珍しい。
女性の声だし、お隣さんかな?
…………
次の日も朝早くに起きて、軽く身支度をして家を出る。
どうせ誰も見ていないだろうし、最近は化粧もほとんどしていない。
今着ている服だって安いお店で半額になっていた服を何着が選んで買ったもの。
どうせ仕事以外はほとんど外出することもないし、仕事中はエプロンをしているから、おしゃれなんて…… 必要ないし私はしなくてもいい。
そんなお金があったら穂乃果に服を買ってあげたい。
大樹くんは服のセンスがいまいちだからなぁ……
付き合っている頃から服だけは私が選んであげていたけど…… 今は大丈夫かな?
………と、二人のことを考えるたび、そばにいられない寂しさと、自分の犯した罪を思い出し落ち込んでしまう。
「おはようございます」
「あらぁ、楓ちゃんおはよう!」
仕事先である弁当屋に到着すると、店主の杏子さんが既に仕込みを始めていた。
「すぐに準備しますね」
「今着いたばかりなんだから、もう少しゆっくりしてていいのよ?」
「いえ、大丈夫ですよ」
……働いていた方が嫌なことを思い出さずに済むしね。
「楓ちゃんは働き者ねぇ……」
今年五十歳で、旦那さんと死別してからこの店を一人で切り盛りしている杏子さんの方が働き者だと思うけど……
私を可愛がってくれて、でも過去を深く詮索しないで優しく接してくれる杏子さんが好きだから、早く仕事を手伝いたいっていうのもある。
そして私は左手の薬指にずっと付けている指輪を外して、失くさないようポケットにしまってから手を洗い、エプロンを付け、頭に三角巾を巻いてから厨房へと入った。
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