私が離婚した理由 2 《楓》

「ごめんなさい、遅くなっちゃった……」


「あははっ、飲み会だし遅くなると思っていたから大丈夫だよ、気分転換になったんじゃない?」


「うん、ありがとう…… 穂乃果は寝ちゃった?」


「ああ、グッスリ寝てるよ」


「そう……」


 笑顔で迎えてくれた大樹くん…… 本当は真っ先に穂乃果の顔を見に行きたいけど……


「人混みに出たし、先にお風呂に入っちゃうね」


 汚れてしまった身体を一秒でも早く洗い流したくて、私は帰宅してすぐ風呂場に向かい、そして着ていた服を直接洗濯機の中に入れ、風呂場へと入った。


 温かいシャワーを浴びていると、自然と涙が流れてきた……

 家に帰って来て安心したのと、それ以上に大樹くんを裏切ってしまったことを悔やんで泣いてしまったんだろう。


 どうしてこんなことに…… 

 普段あまり関わりを持たなかった、あの大学生の子と…… 関係を持ってしまうなんて。


 私の方から積極的に誘ってきたと言っていたが、とても信じられない。

 まだお酒が残っているのか頭はボーッとしているが、お酒のせいだとしても…… 自分がそんな事をするとは思えない。


 ただ、覚えてないがホテルに行ってしまった事には変わりない。

 あの状況で何もなかったとは…… 何もなければどれだけ嬉しいか……


 でも…… 四ヶ月も恋人になるなんて…… どう考えても無理だ。


 私にも生活がある。

 穂乃果だっているし…… そんな時間はない。


 でも断ったとして、それで終わりにしてくれるのだろうか? 『旦那にバラす』なんて言われたら…… 私はどうしたらいいの?


 平穏で幸せな家庭が壊れてしまう……

 そんな想像をすると、恐怖で身体が震えてくる。

 その後、風呂から上がった私は、すぐに寝ている穂乃果のそばに向かった。


「…………」


 幼い頃の私そっくり…… だけど目元は大樹くんに似て…… 

 そんな私達の宝物である穂乃果の頭を撫でながら、これからも過ごしていくため、私は……


 …………


「ごめんなさい、恋人には…… なることは出来ません」


 悩みに悩んだ末、私は断る事にした。


「…………」


 この話をするために出勤をした。

 そしてこのあと、上司にバイトを辞めると伝えに行こうとも考えていた。


 だが、大学生は……


「そうですか…… じゃあ俺は『木下さんに無理矢理ホテルに誘われた』って事になりますね」


 私にそう告げた。


「恋人になってくれるならホテルにのは仕方ないと思ったんですが……」


「ごめんなさい! それ以外の事だったら償いはするんで…… それで許してはくれないですか?」


「うーん…… じゃあ『セフレ』でもいいですよ、四ヶ月間だけの…… 娘さんもいるし、やっぱり恋人は無理ですよね…… あっ、これは関係あるか分からないですけど、そういえば俺が近所付き合いしている人の子供も、木下さんの娘さんの通う保育園に通ってるんですよねー」


 関係ないと言いつつ、何か言いたげにニヤニヤと笑う大学生……

 その顔は『条件を飲まないと、分かってるよね?』という顔をしていて……


 保育園に通っている子供達の親に知られたら…… 穂乃果が辛い目に合うかもしれない、と恐ろしくなった馬鹿な私は……


「……それで黙っていてくれるなら」


 そして、四ヶ月間、週に一度…… 大学生に抱かれることで、過ちを隠そうとしてしまった……


 …………


 過ちに過ちを重ねて…… どんどん罪が重くなる。


 ホテルで八歳以上年下の子に身体を好き勝手にされる。

 気持ち悪さで吐きそうなのを堪えながら応じ、時には大樹くんとはしないような事も……

 それに若さなのか、ホテルに入っては時間ギリギリまで…… 嫌なのに、嫌なはずなのに反応してしまう身体にも吐き気がする。


 そして毎回急いで汚れを落とし、穂乃果を迎えに行っていた。

 綺麗に洗ったつもりでも汚れているような気がして…… でも離したくないと、迎えに行った穂乃果を強く抱き締めてしまう。


『えへへっ、ママいたいよー』


 それと、大樹くんに申し訳なくて…… 本当は触れ合いたいのに、無意識に距離を取るようにしていた。


 それでも家族がいたから耐えられた…… 



「楓さん……」


 少しでもこの時間を早く終わらせるために……


「じゃあ次は……」


 これで四ヶ月耐えれば、また幸せな日々が戻ってくると信じて……


「ははっ、良いですよ」


 ああ、大樹くん、穂乃果…… ごめんなさい……


 

 だけど現実はそんなに甘くなかった。


 

 残り一ヶ月、週に一度耐えれば終わる…… その事だけを希望に今日もバイト終わりに大学生と……


 いつもはバイト先からかなり遠くにあるホテルへ大学生の車に乗せられ連れて行かれていたが、その日は違った。


「ホテルじゃ金もかかるし時間が足りないから、今日は俺の家に行きましょうよ」


「……はい」


「じゃあ今日は…… 時間を気にせず愛し合いましょうか、はははっ」


 誰があなたなんかと…… 私が異性として愛してるのは大樹くんだけ…… 


 だけど…… あんなに時間ギリギリまで何度も、飽きもせずに私の身体を……

 大樹くんとだって一日に何度もなんてしたことないのに…… しかも毎回避妊はしてくれる……


 本当に彼は私の事が好きだから、あんなに出来るのだろうか……

 あと一ヶ月、これで私の事を忘れてくれるのなら、それで……


 そんな…… 本当に馬鹿な事を考えながら大学生の自宅に連れて行かれた私は……


「ふぅ…… 今日は積極的ですね、やっと乗り気になって来ましたか?」


 ……そんな事はない。

 でも酔っていて覚えてないとはいえ、既婚者の私が誘ってしまい、その気にさせてしまったのならと責任を感じて…… 


 今だから言える…… 『責任』とか感じる必要なんてなかったのに……

 この時の私は…… どうかしていたんだと思う。

 現実から目を背けるため、後腐れなくすべてを終わらせるために…… 残りの一ヶ月は彼の望むようにと……


 本当に私は馬鹿だった。

 この後すぐに今までしてきた事、これからしようとしている事が、すべて無駄だったと理解することになる。

 彼は私を好きでも何でもなかったんだと。

 ただ、私はおもちゃにされていたんだと。

 そして悪意のある男性の恐ろしさを……


「よぉ、来たぞー! ……おっ、やってるやってる!」


「うわっ! 三十歳過ぎてるっていうからどんなのかと思ってたら…… めちゃくちゃ美人じゃん!」


 大学生の家に、二人の知らない男の人が勝手に入って来た……


「いやぁっ! ……だ、誰なの!?」


「はははっ、コイツらは俺の友達ですよ『人妻のセフレが出来た』って自慢してたら『俺達にもヤラせてくれ』って言うから…… 今日はみんなで楽しみましょうよ、良いでしょ? 楓さん」


「そんなの嫌よ! 私、帰る……」


「あーあ、今までせっかく家族にバレずに済んだのに」


 …………


「残り一ヶ月ですよ?」


 …………


「どうせ週に一回しか会わないのに……」


 …………


「人が少し増えるだけで、三ヶ月間してきたことと大して変わらないじゃないですか」


 『私の事が気になっていた』なんて嘘だったんだ。

 そして…… 私はその日…… 幸せな日々を守るため、彼らのおもちゃになる道を選んだ。



 …………

 …………



 何時間経ったんだろう…… 代わる代わる私の身体を貪り、ようやく満足したのか、彼らは私に『帰ってもいい』と言ってきた。


 そして『そのままじゃ帰れないだろ?』と言われ、言われるがまま大学生の部屋でシャワーを浴びて汚れた身体を洗い流し、フラフラとしながら大学生の部屋を出た。


 うっ…… うぅぅ…… 何で、こんな事に……


 時間は…… 何時なんだろう? 連絡もなしにこんなに遅くなって…… 言い訳も思いつかない。


 そしてスマホを確認すると…… 凄い量の着信とメッセージの通知が来ていた。


 その相手はほとんど大樹くんで……


『保育園から穂乃果が熱を出したと連絡が来たから迎えに行く』


『病院に連れて行ったら風邪だった』


『穂乃果が四十度近い熱を出している』


『だいたい何時くらいになりそうだ?』


  

 ……穂乃果!!


 慌てて大きな通りに出て、ようやく通りかかったタクシーを拾い帰宅する。

 今の時間はもう少しで零時になる……


 スマホはマナーモードにしていたし、見る時間すらないくらい…… 


『なるべく早く帰って来れないか? 穂乃果がずっと『ママ』って言いながらうなされているんだ』


 っ!! 


 タクシーの中で大樹くんから何件も送られていたメッセージを確認していると、このメッセージが目に入り…… 涙が溢れてきた。


 私、母親失格だ…… 何より大切な穂乃果が苦しんでいる時に……


 本当は恐かった、逃げたかった…… でも逃げるわけにはいかず、ただただ長い時間を耐えていた……

 


 やっぱり…… 隠し事をせずに大樹くんに謝罪していれば、こんな事には……


 そして自宅に到着した私は……



 無言で睨み付けるように私を見つめる大樹くんを見て…… 『ああ、もう駄目だ』と何となく悟ってしまった。

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