二度目の『特別サービス』

 ……結論から言おう。

『二度とお店に行くつもりがない』

 あれは嘘になってしまった。


「あー! お兄さん、また来てくれたんですね! 一週間ぶりくらいですかー?」


 決して自ら店に足を運んだんじゃない! そうじゃないんだ……


 ……ならどうして店にいるんだ、って?


 それは……


 …………


『木下さん! 木下さん! にゃんにゃん倶楽部に行った次の日、パチンコに行ったんすけど、そしたら大勝ちしちゃいましたよ! ……ああ、ミカンさんは俺の勝利の女神かもしれないっす!』


 モミジさんを避けて会社に小走りで行った日、朝から興奮気味な草薙くんにそんな話しをされた。


 どうやらあの日、草薙くんの指名した女の子、ミカンさん? と色々話していた時に『競馬で勝ったお金で遊びに来た』という話をしていたらしい。


 するとそのミカンさんが、


『じゃあ…… また勝ったらすぐ遊びに来てね? 私が勝てるおまじないをしてあげるから』


 と言って、それから楽しいサービスをしてもらったみたいだ。

 楽しいサービスっていうのが何かは知らないが。


 ただ、その場を盛り上げるための冗談で、それで終わる話だと思っていたら…… 本当にパチンコで大勝ちしてしまって、草薙くんは朝からこの調子だった。


『だから今度の土曜日行きましょうよ! また奢りますから』


 ちゃんと断ったんだよ? でも……


『その日モミジちゃんも出勤してる』

 

『断るなら坪根つぼねさん(年上 結婚相手募集中)に『木下さんが欲望を持て余してる』ってチクリますからね!』


 と脅され、断ることが出来なくなって…… 穂乃果には本当に申し訳ないが、また実家でお留守番してもらい……


 …………


「あはっ、あたし今日はこれでラストですし、お兄さんだけにする特別サービス、頑張っちゃいますから!」


 結局草薙くんに流されてしまったが、あれからもモミジさんが『楓と似たような目をしていた』のがずっと気になってはいたから…… どちらにしても、いずれもう一度足を運んでしまっていた可能性もある。


 仕方ないんだ、と誰に向かって言い訳をしているんだか分からないが…… それよりもまたモミジさんが『特別サービス』って言っているけど……


「……それはありがたいんですけど、何で俺だけに特別サービスをしようとするんですか?」


 何故『お兄さんだけに』と言うんだろう? ハッキリ言ってそんなサービスをされたとしても常連にはなれないぞ?

 


「うーん…… 上手く説明出来ないですけど、お兄さんの『目』ですかね…… とても寂しそうに見えて、あはっ! 何だかほっとけなくなっちゃいました!」


 えっ…… まさかモミジさんもモミジさんで、俺と似たような理由で俺のことが気になっていたとは…… 


「大丈夫ですよ、今日で最後でも、少しでもお兄さんの寂しさが薄れるようにとあたしが勝手にサービスするだけですから…… あっ、でも本番はダメですからね? お店のルールですので……」


 そして……



「……お時間、五分前です」


「……はい」


 本番こそなかったけど、なんとなく…… 本当になんとなくだが、お互いの傷を舐め合うような…… とてもサービスとは思えない濃厚な時間を過ごさせてもらった。


「……ほんの少しでもお兄さんを癒せましたかね?」


「はい…… 癒やされましたよ、ありがとうございました」


 直に女性のぬくもりを感じ…… 確かにほんの少し、この時間だけかもしれないが癒された。

 もう少し一緒にいたいと思うくらいには…… 


 でもこれは恋愛感情を持ってしまって…… とかそういうのではなく、傷を一時的に塞ぐ治療をされた…… そんな感覚に近いかもしれない。


「あたしもサービスする側なのに…… あはっ、お兄さんの優しさに癒やされちゃいました」


 五分前と言いつつ俺達はベッドで抱き合ったまま。

 そして時間ギリギリまでそのまま触れ合い、急いでシャワーを浴びて……


「お兄さん、また…… 来てくれますか?」


「…………」


「……あたしの名刺、渡しておきますね」


 そしてモミジさんは自分のバッグからお店の名刺を取り出し、裏にもう一枚何かを重ねるように手渡してきた。


「それじゃあ…… 今日はありがとうございました」


「はい…… お兄さん……」


 モミジさんは俺を見ながら自分の唇を人差し指でちょんちょんと触っていた。


 最後に…… まるで別れを惜しむ恋人達のように俺達はキスをして…… 俺は店を出た。



 …………



 店を出て、お互いに色々と満足した俺達は現地で解散した。

 草薙くんはこの後『一人で飲みに行く』と言っていたが…… 明日は日曜日で仕事も休みだが、さすがは二十代…… 元気だな。


 俺はもう…… 色々と疲れたから、そのまま真っ直ぐ実家へと急いで帰った。



「パパー! おかえりー!」


「ただいま、起きて待っていてくれたのか?」


「うん!」


 実家に着くと、二十二時を過ぎているのにまだ穂乃果が起きていて、玄関まで小走りで来て俺を出迎えてくれた。


「ありがとな穂乃果、パパもすぐお風呂に入るから、そうしたら一緒に寝ようか」


「わかったー! ……あっ、パパ、いいニオイがするー!」


 ヘっ!? また別れ際にモミジさんを抱き締めたから香水の匂いが移ったのかも……


「あら、今日は早かったのね……」


 か、母さん? そんなジトーっとした目で俺を見ないでくれ! ……何だよ、その『ずいぶんと楽しんできたのね』とか言いたげな目は!


「お風呂の準備は出来ているからさっさと入っちゃいなさい!」


「わ、分かったから!」


 分かったからそんな目で見るなよ!


 

 そして風呂から上がると、穂乃果は少しウトウトし始めていた。


「ほら穂乃果、布団に入って寝ないと……」


「やぁー…… パパといっしょにねるのー……」


「……じゃあ一緒に布団に行こうか」


「うーん……」


 ビールでも飲んでから寝ようと思っていたが、穂乃果の眠くてふにゃふにゃとした可愛らしい姿を見て、俺も布団へと向かった。


「パパぁ……」


 布団に入ると俺にピッタリとくっつきながら…… 穂乃果はすぐに寝てしまった。


 ははっ、眠たいのを我慢して待っていてくれたんだな…… 


 そんな可愛い穂乃果の寝顔を見つめているうちに…… 疲れていたのか、気付けば俺も眠っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る